ワクチン「打つ」「打たない」二元論に作家の知念実希人氏が警鐘

ワクチン「打つ」「打たない」二元論に作家の知念実希人氏が警鐘

作家の知念実希人氏

 ファイザー製ワクチンが遂に日本に到着した。医療従事者への優先接種を手始めに、順次、国民への接種が始まろうとしている。「コロナ」収束に期待が集まる中、ワクチンをめぐるメディア報道も過熱しつつある。「いまこそ正確な効果とリスクの発信を」と警鐘を鳴らすのは小説家・知念実希人氏である。医療を題材にしたエンターテイメント作品『十字架のカルテ』などで知られる同氏は、現役内科医でもある。(聞き手/広野真嗣=ノンフィクション作家)

 * * *
――ファイザーのワクチンが承認され、いよいよ日本でも2月中旬から接種が始まった。

知念:英国で接種が始まってから2か月あまり、すでに多くの国で接種が始まっている中、「ようやく」という思いです。有効な特効薬の開発の目処が立たない今、ワクチンの幅広い投与こそがコロナ禍を終わらせる最終兵器になります。

 私は小説家として作品を執筆する傍ら、都内のクリニックに勤務し、発熱外来に来るコロナの患者さんを診てきました。その立場からすると、昨年11月、発症予防効果が94.5%という、ファイザーの第3相臨床試験の中間報告(最終報告では95%)を知らされた時は、大いなる福音を感じたものです。

 なにしろ厚生労働省が発表した抗体検査では、市中感染が広がってからもう1年も経つというのに抗体を持つ人は、わずか人口の1%程度。

 終息に必要とされる『70%の集団免疫』を実現するためには、何十万人もの国民の死を伴うさらなる感染爆発を受け入れて免疫を獲得するか、あるいは延々と自粛生活を何年も続けワクチン開発を待つか――終わりのないシナリオへの懸念を払拭できないできました。接種の開始によって、ウイルスとの戦いは長いトンネルを抜け、形勢逆転しようとしています。

――発症予防効果95%とは?

知念:ファイザーが4万3000人以上の参加者を対象に行った臨床試験の結果です。単純化して述べれば、ワクチンを打っていない集団(偽薬投与群)で162人発症したのに対し、ワクチンを投与した集団では発症を8人にとどめたという結果が出たというものです。

 インフルエンザのワクチンでは50〜60%の発症予防ができれば御の字ですから、95%というのは、途轍もなく高い数値でした。

 ところが不可解なことに日本では、ワクチンのリスクばかりを強調したり、科学的根拠のない誤情報を垂れ流したりする報道が週刊誌を中心としたメディアで展開された。海外ではありえないことで強い違和感を覚えています。

――どういうことでしょう?

知念:もちろん、アナフィラキシー(注1)のような副反応のリスクは、ゼロではありません。報道が危険性にも目を配り、周知する役割は当然あると思っています。

 ただその場合、本来なら〈打つリスク〉と〈打たないリスク〉の両方について正しい情報を併記し、これによって国民一人一人が打つ、打たない、という判断をできるよう環境を整えるのが使命のはず。しかし実際はデマを織り交ぜて、リスクを強調した見出しの躍る記事がしきりに掲載されています。

【注1:アレルギーの原因物資が体内に入ることで、複数の臓器が強い過剰反応を起こすこと】

「予防にならない」ではなく「データがそろっていない」

――リスクを強調した記事とは?

知念:例えばある週刊誌では、医師へのアンケート調査の回答が「接種する」と「種類によって接種する」を合わせ6割近いのに、あえて「すぐ接種3割」という見出しを掲げて報じた記事がありました。あたかも7割が「接種しない」と答えたかのように誤読を誘う印象操作です。

――ワクチンは通常、「効果」と「安全性」で評価されるが、そうした評価にも誤りがあった?

知念:ワクチンの効果について、別の雑誌が掲載したのは「感染予防にはならない!」と強調する見出しの記事。先ほど、ファイザーとモデルナのワクチンでは90%以上の有効性が確認されたと述べましたが、これは感染症を発症させない、『発症予防効果』についてです。この記事が問題にしているのは他者からの感染自体を予防する『感染予防効果』に関するもので、この点については有望なデータがそろいつつあるものの、まだ最終的なデータは発表されていません。

 つまりは、「予防にならない」ではなく「データがそろっていない」というのが正確なところです。断定的に「感染予防効果なし」とするのは科学的なデータに裏付けられていない言説です(注2)。

【注2:発症しない病原体保有者が多数いるコロナの場合、ワクチン投与群とワクチンを打っていない偽薬投与群を数万人単位で比較して「感染予防」ができたかどうか検証することが難しい、という課題もある】

――安全性の評価では「誤情報」が流れたということでしょうか。

知念:気になったのは、「実験台にされる」という懸念を強調した記事で、〈新しい技術を使う〉という側面が誇張されていることです(注3)。

 確かに、生ワクチンのような従来の技術とは違って実用化は初めてのことですが、治験終了前の技術としては以前から安全性が確立されてもいた。このことも同じように報道すべきです。

【注3:ファイザーとモデルナのワクチンに共通するのは、メッセンジャー(m)RNAを使う点である。ウイルスの表面に突き出ている「とげ(スパイク)」の部分のタンパク質の遺伝情報(設計図)を投与することで、体にこの設計図を読ませてスパイクタンパク質を作り、さらにこのタンパク質に対する免疫反応を誘導する】

 また今回、米国ではジョー・バイデン大統領や英国ではボリス・ジョンソン首相といった各国のトップが率先して投与を受け、84歳の教皇フランシスコや94歳の英国女王エリザベス2世のような高齢のVIPも続きました。すでに1回目の接種を済ませた人は1億人を超えています。

 外国人に安全でも日本人にも同じとは限らない、と言う人がいますが、米国では、日系を含む何万人ものアジア系の住民も接種していて、彼らに特異的に副反応があったという報告も出ていません。ファイザー製のワクチンについては日本人を対象にした治験も行われました。もはや『実験台』などという表現は当てはまらないのです。

――1年で治験を終えるのは早過ぎではないか、という印象もある。

知念:確かに、通常ならワクチン開発には10年はかかる。今回が異例の開発スピードであったことは事実だと思います。ただ、経過を見るとそれには理由があると思います。

 第1に、各国政府が思い切った資金を投じ、製薬メーカーは経営上のリスクを考える必要がなく、短期間で治験にまで持ち込めたこと。第2に、昨年夏以降、英米などで感染爆発が起きたこと。皮肉なことですが感染者が増えたことでワクチンの効果を検証する治験が一気にはかどり、効果を確認できた。そうでなければ、接種開始はもっと遅くなっていたかもしれません。

ワクチンは弱者のためにある

――なぜ知念さんは、メディア報道の検証に力を注いでいるのでしょうか。

知念:ワクチンは弱者のためのものです。接種した人の体だけを守るものではなく、一人でも多くの人が打つことで集団免疫を獲得することに大きな意味がある。これによって救われるのはこの流行で弱い立場に立たされている人たち――重症化リスクの高いお年寄りがそうですし、部活ができない高校生や学費のためのアルバイトができない大学生もそうです。

 不条理を終わらせ日常を取り戻すためにも、1人でも多くの大人が接種を受けて『免疫の壁』を作ることが、ウイルスを社会から排除できるほぼ唯一の道と言っていい。

 メディアが権力が暴走しないよう監視することは大切だとは思います。しかし、その視線はワクチンそのものというよりワクチンを調達して体制を整えた政府の手続きに不備はなかったか等に注がれるべきではないでしょうか。ここまで述べた一部の週刊誌報道はその意味で、力を入れるポイントがズレているように感じます。

 チェックすべきは、日本でなぜここまで接種が遅れたのか。メーカーとの正式契約でワクチンの納品の期限が半年も後ろ倒しになったのはなぜか(政治家に手抜かりはなかったか)。そもそも危機管理のための基礎研究に資金を注いでこなかった政府は、準備が足りなかったのではないか――といった点です」

――ワクチンを巡って改めてメディアによる医療情報の中途半端な理解やいい加減な報道が目立っている。

知念:私たち医師が発信する場合、基本的には英語の論文を読み、その根拠としています。単に読むだけではなく、論文に掲示されている統計の取り方やデータの解釈におかしいところはないか、吟味した上でなければ発信は控える。なぜならばその発信が一度でも誤ってしまえば、人の死に直結しかねないからです。

 以前、血圧が220という状態で診察に来られた患者さんがいました。「このままだと命に関わるから」と何度伝えても「雑誌に血圧は下げるなと書いてあった」と降圧治療にあらがった。その人には大きな病院も紹介したのですが、紹介先でも平行線が続き、その数か月後に脳出血で亡くなりました。

 正しい情報を伝えても信じるのは本人の自由で医師でも強制はできない。それだけメディアの信頼度というのは高いもので、だからこそ報道する側には信頼に足るだけの情報の正確さへの感度を持っていただきたいのです。

――本日のインタビューは、現場医療者の立場としてのお話をうかがった。改めて、医療を題材にする小説家として心がけていることは?

知念:間違った医療情報を流さないことです。僕が書くエンターテインメント小説でも、そこで誤情報を流すと、その知識を信じた読者の健康被害につながる可能性があるから。

 たとえば、ミステリー小説における警察の描写(捜査手順や犯人造形)などにフィクションが入るのは許されると思っていますが、医療情報に関してはそうはいきません。できる限り最新の知識を仕入れ、論文や参考書を読む。エンターテインメントを提供しているはずが人を不幸にするなんていうことはあってはいけない。そこはとても気を使っています。

【プロフィール】
知念実希人(ちねん・みきと)/1978年沖縄県生まれ。東京慈恵会医科大学卒。2011年「レゾン・デートル」で島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞。翌年同作を『誰がための刃』と改題しデビュー。内科医として従事しながら、医療ミステリーを中心とした小説作品を執筆。2018年より、『崩れる脳を抱きしめて』『ひとつむぎの手』『ムゲンのi』で3年連続本屋大賞ノミネート。最新作は『十字架のカルテ』。

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