SNSも活用、小沢一郎氏の次の戦略は 成功は少なかった「壊し屋」人生

SNSも活用、小沢一郎氏の次の戦略は 成功は少なかった「壊し屋」人生

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 オリンピック、パラリンピック後の大きな政治イベントが衆議院議員選挙だ。現在のところ、9月に解散が行われる可能性が高いと言われている。

 そこで注目されるのが、立憲民主党の小沢一郎氏だろう。小沢氏の政治手腕は「壊し屋」と呼ばれてきた。その明確な始まりに位置づけられるのが、1993年に起こった政権交代だ。

 この年、野党から宮沢喜一内閣への不信任案が提出され、自民党にいた小沢氏らが賛成したことで可決。宮沢内閣は衆議院を解散し総選挙に。小沢氏は自民党を離党し、新生党を結成し選挙に臨んだ。その結果、自民党は過半数割れを起こし宮沢内閣は総辞職。小沢氏は日本新党の細川護煕氏を首班に立て、野党8党による内閣を成立させる。戦後長らく続いてきた自民党政治を終わらせる政権交代を実現させたのだ。しかし、細川内閣はわずか10か月で退陣。続く、羽田孜氏による内閣も2か月しか持たなかった。

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 小沢氏が関わったもう一つの政権交代と言えば、2009年の総選挙が挙げられる。こちらは民主党が躍進し自民党を下野させた。だが、鳩山由紀夫氏から菅直人氏へと首相が代わると、党は「脱小沢路線」を強める。さらに、小沢氏は陸山会事件を巡って2011年に検察審査会によって強制起訴をされるなど、自身の身の回りにも災難が降りかかる。

 2012年には民主党を離れ、新党である国民の生活が第一を結成。そして、発展的に日本未来の党となる。この政党は脱原発路線を掲げ、民主党に代わるリベラルな政党として一部の期待を集めたが、同年末の総選挙では大敗する。結果、民主党敗退、自民党勝利のオードソックな結果となり、第三党としての躍進はならなかった。

 日本未来の党は生活の党へとなり、2014年の総選挙では政党要件を失うが、無所属の参議院議員だった山本太郎氏を一本釣りするなど土壇場での底力を見せた。山本氏は後に小沢氏の元を離れるが、2020年の東京都知事選では山本氏の野党統一候補化をめざし、小沢氏が尽力したとも伝えられる。

 小沢氏はさまざまなものを「壊して」きたのは事実だが、一方で異なるものをすり合わせる交渉力にも長けていると言える。ただ、大きな成功を見せたのは、実質的に1993年に自民党を飛び出し実現させた政権交代に限られるのが実情だ。

 小沢氏は今年79歳になり、今回の総選挙が最後の挑戦となる可能性もあるだけに、どのような政治手腕を見せるかは気になるところだ。

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