代表辞任の立憲枝野氏、震災後や結党時は高い人気 評判を落とし続けてきた理由は

立憲民主党の枝野幸男氏が代表辞任 震災時は高い人気も評判を落とし続けてきた理由

記事まとめ

  • 立憲民主党の枝野幸男代表が、衆議院選挙の結果を受け責任を取る形で辞任を表明した
  • 東日本大震災発生時には連日会見をこなし、「#枝野寝ろ」の応援ハッシュタグも出現
  • 次期首相として期待する声もあったが、リーダーシップを発揮できず人気は低迷か

代表辞任の立憲枝野氏、震災後や結党時は高い人気 評判を落とし続けてきた理由は

代表辞任の立憲枝野氏、震災後や結党時は高い人気 評判を落とし続けてきた理由は

枝野幸男氏

 立憲民主党枝野幸男代表が、総選挙の結果を受け責任を取る形で辞任を表明した。立憲民主党は共産党との選挙協力で小選挙区の候補者一本化を進めた。一部の選挙区で結果を残すものの、比例区は惨敗し、結果的に議席数を減らしてしまった。

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 そんな枝野氏だが、かつては高い人気を誇る存在でもあった。特に2011年3月11日に東日本大震災が発生すると、官房長官として連日会見をこなした。ほぼ不眠不休で対応にあたっていたとされ、4日間で1~2時間ほどしか寝なかったとされる。そのため、枝野氏が「変な汗」をかいているとネットで話題になったことも。ツイッターでは「#枝野寝ろ」の応援ハッシュタグも出現した。当時は次期首相に枝野氏を待望する声もあったほどだ。

 2017年10月には、衆院選に向け当時所属していた民進党が希望の党への合流を発表するが、小池百合子東京都知事がリベラル、左派系議員の排除を明言したため、立憲民主党の結成を宣言する。準備は急ごしらえで行われたと見られ、この時も「#枝野立て」のハッシュタグがツイッターで話題となった。

 その後、立憲民主党は野党第一党として頭角を現し、国民民主党などからも合流し、2020年には新党として新たにスタートを切った。だが、最初の試金石とも言える衆院選で敗北を喫してしまった。枝野氏は、国民民主党から合流した小沢一郎氏と距離を置くほか、本多平直氏の「14歳と性交」発言や、横浜市長選挙に立候補し当選した山中竹春氏のパワハラ疑惑報道にも積極的に発言してこなかった。強いリーダーシップを発揮できないまま、徐々に人気を落として行ったと言えるかもしれない。何より今回の選挙で手腕を発揮できなかったことが、決定打となったのは確かだろう。

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