なぜ北朝鮮は多くの人を拉致したのか 北朝鮮による拉致問題、あなたはどこまで知っている?

なぜ北朝鮮は多くの人を拉致したのか 北朝鮮による拉致問題、あなたはどこまで知っている?

なぜ北朝鮮は多くの人を拉致したのか 北朝鮮による拉致問題、あなたはどこまで知っている?

なぜ北朝鮮は多くの日本人を拉致したのか・・・。「拉致問題は解決済み」という姿勢を貫く北朝鮮。あなたはこの拉致問題について、どこまで知っていますか?(写真:横田めぐみさん)

拉致問題とは北朝鮮が日本に暮らす人々を本人の意思に反して強制的に連れ去った国家レベルによる犯罪行為だ。その目的は北朝鮮の工作員の日本人化教育などにある。教育を受けた工作員が日本に潜入し被害者らになりすまして暮らすことも・・・

政府はいま、2002年に帰国した5人を含む17人を拉致被害者として認定。北朝鮮による拉致の可能性を排除できない行方不明者、いわゆる「特定失踪者」は全国で876人(2020年時点)にのぼっている。被害者の人たちの多くは1970年代から80年代にかけ、帰宅途中の道すがらや、親子で買い物に向かう途中、さらにはカップルでデート中に突如として行方不明になっていた。捜査や北朝鮮工作員の証言により拉致の疑いが高まり、日本政府は追及してきたが北朝鮮側は否定し続けていた。

拉致問題が大きく動いたのは今から19年前の2002年のこと。小泉純一郎首相(当時)が北朝鮮の平壌を訪問し、金正日総書記(当時)と初めての日朝首脳会談を開催。北朝鮮は拉致を認めて謝罪し、5人の拉致被害者とその家族が24年ぶりに日本に帰国することになったのだ。

しかし、問題はこれで終わらない。北朝鮮は残る認定被害者のうち8人は死亡し4名は北朝鮮に入国していない、と主張したのだ。この主張には疑わしい点が少なくないとされている。それぞれの死についても、死因も不自然死が極端に多いほか、遺族側が納得する裏付け証拠はまったく提示されていないからだ。

また北朝鮮側は横田めぐみさんらのものとする2人の遺骨を返還したが、日本側によるDNA鑑定の結果、別人のものであると判明。さらにめぐみさんについては1993年に自殺したと主張したが1994年に生存していたことが帰国者の証言から明らかになっている。

北朝鮮側は拉致問題について真相究明のために徹底した調査を再開する、としていたが、その後大きな進展はなく「拉致問題は解決済み」との姿勢を貫いている。

めぐみさんは政府認定の拉致被害者17人の中で最も幼い13歳で拉致された。1977年11月15日、中学校のバドミントン部での練習を終えて帰ってくるはずがそのまま行方不明になったのだ。奇しくも、その前日は父・滋さんの誕生日だった。めぐみさんは滋さんに櫛をプレゼントしていたという。「これからはおしゃれに気をつけてね」との言葉を添えて・・・。

それから30年以上にわたり滋さんと母・早紀江さん、そして家族らは、めぐみさんの行方を探し続けてきた。北朝鮮による拉致の可能性が浮上してからは、積極的に講演会などを重ねた。その数、のべ1400回以上。2014年にはめぐみさんの娘・ウンギョンさんとの面会も果たした。

父・滋さん

「丸顔で同じ家系なのかなという感じを受けました」

滋さんは嬉しそうな表情をこぼした。

生きているうちにもう一度会いたい。そんな思いを胸にしながら活動を続けてきたが叶わなかった。滋さんは生前、めぐみさんからもらった櫛を肌身離さず持ち歩いていたという。

母・早紀江さん

「北朝鮮に拉致されためぐみを取り戻すために主人と2人頑張ってきましたが、主人はめぐみに会えることなく力尽き、今は気持ちの整理がつかない状況です」

2020年の滋さんの死を受けコメントした早紀江さんも85歳(2021年10月時点)になる。

安倍晋三首相(当時)

「全力を尽くして参りましたが、そのことを総理大臣としてもいまだに実現できなかったこと断腸の思いでありますし、本当に申し訳ない思いでいっぱいであります」

拉致問題が起きてから半世紀近くが経とうとしている。いまなお、故郷に戻れない被害者たちは多くいるはずだ。拉致問題の一刻も早い解決が求められている。