橋田さんは「名誉市民になることを喜んでいた」…熱海市長「悲しい」

橋田さんは「名誉市民になることを喜んでいた」…熱海市長「悲しい」

節分の豆まきをする「渡る世間は鬼ばかり」の出演者と橋田さん(中央)(2003年2月、熱海市の来宮神社で)

 橋田寿賀子さんが95歳で亡くなった。1970年代の半ばから静岡県熱海市上多賀を執筆の拠点にするなど、静岡との関わりが深い。ゆかりの人々は日本を代表する名脚本家の死去を悼んだ。

 熱海市は今年2月、橋田さんを「名誉市民」とすることを市議会に提案し、全会一致で同意された。橋田さんはこれに先立つ昨年12月16日、受諾の意思を伝えるため市役所を訪れた。斉藤栄市長(58)は「名誉市民になることを非常に喜んでおられた。悲しい」と語った。

 称号贈呈を巡る調整にあたった市の中田吉則経営企画部長(55)は、文化行政担当だった20年以上前から付き合いがあった。橋田さんはクルーズ船での旅行が好きで、最近は「船に乗っていると楽しくてしょうがないの。新型コロナで行けなくて残念」と話していたという。

 橋田さんが例大祭や節分祭に参加してきた「来宮(きのみや)神社」。「渡る世間は鬼ばかり」の出演陣と一緒に豆まきしたことで、「渡る世間の鬼退治」と話題になったこともある。雨宮盛克宮司(52)は「旅行に出掛ける前に必ずお参りに来てくれた。参拝客との写真撮影にも気さくに応じて喜ばれていた」と振り返った。

 橋田さんがよく利用していたという熱海市内の老舗すし店「寿し忠」の店主・柴崎吉彦さん(58)は、30年近い付き合いがある。柴崎さんは「特に『これが好き』というネタがあるわけではなく、全部のおすしを食べてくれた」と語った。

 下多賀のすし店「すしとみ」にも月に数回訪れた。昨夏に閉店したが、元店主の渡辺一平さん(81)は、アジをよく食べていた姿を覚えており、「穏やかで気さく。ひいきにしてくれた」と話した。

 「おしん」のモデルの一人、川根本町出身の丸山静江さん(1908〜84年)は、橋田さんから繰り返し取材を受けた。それが縁で、静江さんの出身地に近い寸又峡を一緒に訪れるなど、親交を深めた。

 次女の千鶴子さん(77)(御前崎市)によると、静江さんは79年頃、出版社が準備した東京都のホテルに3回ほど招かれ、奉公体験などを語った。高齢の静江さんに同行したという千鶴子さんは、毎回2、3時間に及ぶ取材の中、はっきりとした物言いで、てきぱきとこなしていた橋田さんの姿を覚えている。「人をそらさない、感じのよい人でした」と当時の様子を語った。

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