自衛隊、ハラスメントに揺れる…異例の「全隊員30万人対象」特別防衛監察始まる

自衛隊、ハラスメントに揺れる…異例の「全隊員30万人対象」特別防衛監察始まる

防衛省で木村政務官(右)に面会し、ハラスメント防止を訴える五ノ井さん(8月31日)

 防衛省・自衛隊がハラスメント問題に揺れている。元陸上自衛官の女性が実名でセクハラ被害を訴えたことがきっかけとなり、約30万人の全隊員を対象に被害実態を調べる異例の特別防衛監察が始まった。階級社会の自衛隊は様々なハラスメントが起きやすいとされ、実効性のある対策を打ち出せるか試されている。(狩野洋平)

■「野球拳に参加しろ」

 「私以外にも被害に遭われている方がいる。隊員が安心して勤務できる環境をつくってほしい」。8月31日、東京・市ヶ谷の防衛省で、元陸自隊員の五ノ井里奈さん(22)が、木村次郎政務官にそう訴えた。

 五ノ井さんは、2020年4月に入隊後、郡山駐屯地(福島県)に配属された。22年6月に退職するまで、日常的に先輩隊員から抱きつかれるなどのセクハラ被害を受けたとしている。

 昨年8月には、複数の男性隊員から下半身を押しつけられた。自衛隊内の警察にあたる警務隊が捜査し、強制わいせつ容疑で隊員3人を書類送検した。

 その後、福島地検郡山支部が全員を不起訴にした。五ノ井さんは検察審査会に審査を申し立て、検審は今月7日、「捜査が十分に尽くされたとは言い難い」として不起訴不当と議決。検察が再捜査する。

 「同じような経験をした人はいるはずだ」。五ノ井さんは退職後、ネットで元隊員らにアンケートを実施した。146件の被害を訴える回答が寄せられ、「女性隊員のレントゲン写真を回して眺める」「先輩隊員に野球拳に参加しろと言われた」といった内容だった。

■「お前は脱走兵。死刑だ」

 昨年度、防衛省の窓口に寄せられたハラスメントの相談は、2017年度(326件)の約7倍にあたる2311件に上った。9割はパワハラの相談だった。

 元海自隊員の30歳代男性は、パワハラが原因で退職した。高校卒業後に入隊し、慣れない勤務環境で不眠症を患って通院中、外食のため許可をもらって勤務場所を離れたところ、上官に呼び出された。「お前は脱走兵。死刑だ」と責め立てられ、気持ちが折れたという。「『自衛官は多少のパワハラは我慢すべきだ』との暗黙の了解があり、声を上げにくかった」と振り返る。

 自衛隊は有事に対応する組織で、自衛隊法は「隊員は職務の遂行にあたっては、上官の職務上の命令に忠実に従わなければならない」と規定している。

 吉田圭秀・陸上幕僚長は15日の定例記者会見で、「有事ではかなりの程度、(上官が部下に)意志を強要しなければならない局面があり、ハラスメントが起きやすい土壌はあり得るのかもしれない。しかし、人格を尊重しない指導や人格の否定は断じて許されない」と語った。

■もみ消し恐れる隊員

 防衛省が実態の把握を急ぐ背景には、抜本的な対策を打ち出せなければ優秀な人材が集まらず、防衛力の根幹に影響が出かねないとの危機感がある。

 女性自衛官の採用が進んでいる事情もある。3月現在、女性自衛官の割合は全体の8・3%にあたる約1万9000人だが、2030年度までに12%以上に引き上げる計画だ。

 特別防衛監察では、自衛官や本省の事務官、予備自衛官などに対し、10月末までにパワハラやセクハラ、マタハラの被害を手紙やメールで申告するように求める。個別の事例を調査し、適切な対応が取られていたか検証。防衛相は結果の報告を受け、改善策を講じる。

 同省は被害のもみ消しを恐れる隊員のため、弁護士が対応する相談窓口を開設しているほか、外部の心理カウンセラーと契約を結ぶ。契約費用などとして、来年度の概算要求に約2000万円を盛り込んだ。

■民間は10年で相談1・8倍

 職場でのハラスメントに関する相談や苦情は、民間企業などでも絶えない。

 厚生労働省の統計では、2021年度に全国の労働局が受けた労働相談のうち、「いじめ・嫌がらせ」は8万6034件に上り、10年間で約1・8倍に増えた。人事院によると、21年度に国家公務員から寄せられた苦情や相談のうち、ハラスメント関係は最多の406件(32・1%)を占めた。

 職場でのパワハラ防止に向け、20年6月には改正労働施策総合推進法が施行された。企業に対し、就業規則へのパワハラ対処方針の明記や、相談窓口の設置などの防止策が義務づけられた。当初は大企業が対象だったが、今年4月からは中小企業も義務化された。

 ◆特別防衛監察=防衛相の指示で、防衛監察本部が独立した立場で実施する調査。対象は重大な不正行為や倫理違反が疑われる事案で、南スーダンでの国連平和維持活動の報告書が隠蔽(いんぺい)された問題などで過去5回行われた。ハラスメントが対象となるのは初めて。

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