ZOZO田端信太郎が「過労死は自己責任」とツイートし炎上!「高プロ」にも通じる新自由主義者のグロテスクな本音

ZOZO田端信太郎が「過労死は自己責任」とツイートし炎上!「高プロ」にも通じる新自由主義者のグロテスクな本音

田端信太郎Twitterより

 田端信太郎氏が「過労死は自己責任」とツイートし、大炎上している。

 田端氏といえば、LINEの元上級執行役員で今年3月から「ZOZOTOWN」運営の株式会社スタートトゥデイ(10月1日からZOZO社名変更)のコミュニケーション室長を努めているが、本サイトでも既報の通り何でもかんでも自己責任論をぶち貧乏人を攻撃してきたことでも有名だ【http://lite-ra.com/2018/03/post-3876.html】。そんな田端氏が、6月2日夜こんなことをツイートしたのだ。

〈過労死には本人の責任もある。なぜならば物理的な拘束はなく、使用者側に殺意もないから。使用者の過失責任はあるかもしれないが、本人の責任もゼロではないというのが私の見解です。36協定もない一方的な残業強制が違法ということは同意OKですよね?だとしたら組合や従業員代表の責任もゼロではない。〉

 過労死は自己責任――。当然ながらこの暴論ツイートには批判や疑問が殺到したが、それでも田端氏は〈鎖で繋がれて鞭打ちされるような奴隷でもなけりゃ、本人の責任も、ゼロとは言えません。日大危険タックルのアフメト選手が自己責任を否定しなかったのと一緒。過労死のほとんどは、自分で自分に危険タックルしてるようなもんです。〉〈自殺だから一義的に自己責任なのは当たり前でしょうが。上司が屋上から物理的に突き落としたりしたのですか? そんなに追い込まれても、会社なんて辞めて生活保護受ければいいわけです。〉などと強弁し続けた。

 物理的な拘束がないから本人の責任とは、労働者の実態をまったく無視している。雇用の流動性が低い日本で、給料という日々の生存を左右する職場の上下関係は、たとえ物理的な鎖ではつながれていなくても、精神的な拘束力は非常に強い。上司から残業を命じられても多くの人は断れないし、残業を断ったり、残業しないために「仕事量を減らして欲しい」「期日を延ばしてほしい」などと言えば、ほとんどの者は「仕事ができない」「空気が読めない」などと烙印を押され職場で居場所を失う恐れもある。しかも電通の高橋まつりさんのケースがそうだったように、実際、労働者を精神的に追い込むパワハラがセットの事例も少なくない。

こうした精神的プレッシャーは、安倍政権下の官僚たちや日大アメフト部を見れば明らかなように、犯罪まがいの行為ですら断れないほど強いものだ。ましてや、過労死した労働者たちは、犯罪行為をはたらいたわけでもなんでもなく、ただ仕事を引き受けただけだ。

 それを、「日大のアフメト選手も自己責任を否定しなかった」などと一緒くたにして、「鎖で繋がれていないから」「鞭で打たれていないから」「突き落としていないから」本人の自己責任などというのだから、このひと、まともな知性があるとはとても思えない。

●自分の子どもが過労死で自殺したら?と問われ「リスク分散で3人つくった」

 田端氏は、使用者側に殺意がないというが、長時間労働をさせれば健康に異常をきたし場合によっては死にも至ることは、様々な調査が指摘しているし、何よりこれまで起きた数々の過労死事件が証明しているではないか。死に至る危険性を知りながら長時間労働をさせることは、単なる過失などと矮小化できるものではない。そもそも過重労働の危険性を認識していないとしたら、経営者失格だ。

 仮に直接的な死因が自殺だったとしても、まともに睡眠すらとれない過酷な長時間労働のなかで、精神的に追い詰められ、正常な判断力を奪われた結果、自死に追い込まれているのだ。体を壊されるのが先か、心を壊されるのが先だったかの差に過ぎない。実際、1991年に当時24歳の男性電通社員が過労自殺した事件で最高裁は電通側の責任を全面的に認めており、その後の過労自殺訴訟、労災認定に大きな影響を与えている。

しかも「36協定もない一方的な残業強制が違法」ならば、「組合や従業員代表の責任もゼロではない」って。違法であるにもかかわらず残業を強いている使用者の責任をまず問うべきなのに、それよりも止めなかった組合が悪いって、どうしてこの人はそこまでして経営者を免責したいのだろうか。

 さらに田端氏は、自分の子どもが自殺したらどうなのか?と訊かれ、こんなふうに答えた。

〈自分の子どもが、イジメや過労死で自殺したら?ですか。。。自分の教育がもしかしたら悪かったけど、一義的には、子供とはいえ、他人の人生で、親が100%コントロールできるわけもないから、しょうがないなー、と思うだけです。そういうときのために3人も子供作ったのよ。リスク分散。〉

"自分の子どもであっても新自由主義を貫くオレ"を気取っているだけのこんなセリフにまともに付き合うのもバカバカしいが、しかし、子ども相手に「リスク分散」などという言葉を平気で使えてしまうというのは、やはり田端氏がすべての人間を取り替え可能なコマ、コストくらいにしか考えていないからだろう。

「鎖でつながれているわけじゃない」「屋上から突き落としたわけではない」という発言も同じだ。おそらく本人は、新自由主義の英雄だか伝道師だかのつもりで、わざと挑発的なことを言っているつもりなのだろうが、その挑発の言葉の中に、グロテスクな本質が露わになっている。おそらく、田端氏はきっと心の底で、経営者は刑法を犯しさえしななければ、社員に対して何をやってもいいと思っているのだろう。

●過去には貧乏人に「保険金自殺」を薦めるツイートも!

 実際、田端氏がこうしたグロテスクな自己責任論をぶつのは、これがはじめてではない。

 たとえば今年3月にも、〈誰か、高額納税者党を作ってほしい。少数派を多数派が弾圧する衆愚主義じゃないか〉(2018年3月10日のツイート)とツイートして、炎上している。

また、2017年5月には〈テレビって見てる視聴者は、常に善良で勤勉な市民で被害者という仮定を置いてるよね。そんなにバーキン欲しいなら視聴者どもよ、自分が金稼げ!って思うけどなー〉という発言が炎上。さらに、こんなツイートまで放っている。

〈まず生命保険に入りましょう。そして洗面器を用意し水を張ります。水に顔をつけて10分もすれば!凄い時給でお金が貰えます!!〉(2017年5月のツイート)

 そもそも、保険金目的の自殺は免責事由になるので、洗面器の水で意図的に溺死したとしても〈凄い時給でお金〉はもらえないと思うのだが、それはともかく、「貧乏人はさっさと死ね」とでも言わんばかりの発言には、"これが大の大人の言うことか"と頭がクラクラしてくる。

 いや、田端氏だけでなく、こんな人間をコミュニケーション室長室長の椅子に座らせているZOZOTOWNの神経も疑いたくなるではないか。

 しかし、ここまでグロテスクな本音をさらけ出す人は珍しいとはいえ、労働者を人間と見ず人間を働かせているという雇用者の責任を一切顧みることなく自らの利益だけを追求する新自由主義的発想そのものは、何も田端氏に限ったものではない。多くの経営者たちの本音だろう。

 実際、田端氏が語り大炎上している「過労死は自己責任」という暴論は、今まさに法律で正当化されようとしている。

それが、先週衆院で強行採決された"定額働かせ放題法案"こと「高度プロフェッショナル制度」法案だ。周知のように、高プロは、年収1075万円以上の一部専門職を対象に労働時間の規制から除外するもので、残業や休日労働に対しても割増賃金が一切支払われないというシロモノ。このトンデモ法案について安倍政権は「働いた時間でなく、成果で評価するため」などという欺瞞的な説明を繰り返しているが、実際は労働時間の規制をなくすことで、残業代も払わず過労死ラインを超えるような過重労働を、企業が合法的に強いることを可能にする、というトンデモない法案だ。

「過労死は自己責任」という田端氏のグロテスクな暴論が許されないのはいうまでもないが、いまそれがこの国のスタンダードとなりすべての人にその攻撃の矛先が向けられようとしている。
(編集部)

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