桜田五輪担当相の池江選手への無神経発言は安倍政権の五輪至上主義が生んだ! 斎藤工主演映画の五輪描写にもクレーム

桜田五輪担当相の池江選手への無神経発言は安倍政権の五輪至上主義が生んだ! 斎藤工主演映画の五輪描写にもクレーム

桜田五輪担当相公式HP

 安倍内閣の閣僚からまたもやとんでもない発言が飛び出した。

 12日、東京オリンピックでの活躍が期待されている水泳の池江璃花子選手が白血病と診断されたことを明かしたが、桜田義孝五輪担当相は、池江選手の闘病に対してこのように述べたのだ。

「金メダル候補ですから、日本が本当に期待している選手ですから、本当にがっかりしています」
「オリンピック担当大臣としては、オリンピックの水泳の部分には、非常に期待している部分があるんです。一人リードしてくれる選手がいると、みんなその人につられて全体が盛り上がりますからね。そういった盛り上がりが若干下火にならないか、心配しています」

 当然、桜田五輪担当相は猛批判を浴びている。その結果、「配慮を欠いた」として発言は撤回したが、野党の辞任要求に対しては拒否し続けている。

 今日の国会では「五輪憲章を読んでいない」という発言もあり、そもそもオリンピックを担当する閣僚としての資質に疑問を感じざるを得ないが、それでも安倍首相は桜田五輪担当相の罷免を否定している。

 桜田五輪担当相は「配慮を欠いた」と言っているが、「盛り上がりが若干下火にならないか、心配しています」という言葉は、彼の本音だろう。そしてそれは、桜田五輪担当相のみならず、安倍政権の本音でもある。

 オリンピックのためなら、アスリートだろうが国民だろうが、単なる「駒」でしかなく、彼ら・彼女らの健康や命がどうなろうと、「代替可能な消耗品」程度にしか見ていない。そんな、安倍政権のグロテスクな心性が桜田五輪担当相の言葉には集約されている。

 こうした安倍政権のオリンピック至上主義を表すような騒動が、もうひとつ起きている。

 斎藤工主演、白石和彌監督のタッグで話題を集めている映画『麻雀放浪記2020』(4月5日公開)が、自由民主党の議員によるクレームで公開できなくなるかもしれないという話が浮上しているのだ。

 この映画は1月31日に自由民主党の有志議員による「頭脳スポーツとしての健全で安全な麻雀を推進する議員連盟」(以下、「麻雀議連」)を対象とした試写会を行っているのだが、ここで国会議員からクレームが入ったというのだ。

『麻雀放浪記2020』は公開までにマスコミ向け試写会を予定していないが、その背景には、この国会議員を対象としての試写会でのクレームの影響があるという。

 ニュースサイト「デイリースポーツonline」(2月12日付)には、2月12日に行われたイベントの席で斎藤工が「設定自体がお叱りを受けています。試写をしてしまうといろんな指摘を受けて、(公開予定が)ゼロになる可能性もあるので、強行していきたいなということですよね」と、状況を語ったと報じられている。

 麻雀議連はスポーツとしての麻雀を広めようとする組織で、甘利明氏や岸田文雄氏が発起人。麻雀が2022年の北京オリンピックの正式種目にすることを目指しているという。

 斎藤工の発言について炎上商法ではないかとの声もネットではあるが、この麻雀議連からのクレームは実際に存在している。1月31日に行われた試写会では、映画が2020年の東京五輪が中止なった近未来を描いていることについて、秋元司・内閣府副大臣から「一番腹が立つのは、皆様が楽しみにしているオリンピックが中止になってしまうということ。東京選出の議員としても腹立たしい」(ニュースサイト「映画ナタリー」/1月31日付)とのコメントが出たという。

●東京五輪公式アカウントがアリアナ・グランデに糞リプを飛ばす!

 麻雀議連の一員として麻雀の描き方に対する批評があるのならばまだ理解できるが、試写会の趣旨とは何の関係もないオリンピックの描き方について、国会議員が「腹立たしい」などという強い表現で非難することが、圧力につながりかねないのは明らかだ。

 オリンピック中止を描くフィクションなんていくらでもあるし、フィクションでなくてもオリンピックを批判したり中止を呼びかけるような言論は、まともな民主主義国家なら当然あるものだ。しかし日本では、椎名林檎の「国民全員が組織委員会」発言に代表されるように、オリンピックに批判的な言論を許さない風潮がどんどん強くなっているが、こうした風潮をつくり出しているのは、この映画をめぐる騒動でも明らかなように、安倍政権の五輪至上主義体質によるところが大きい。

 そもそもオリンピックの価値を棄損しまくっているのは、他ならぬ安倍政権や日本オリンピック委員会(JOC)、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のほうだろう。

 つい先日も、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が世界中に恥を晒したばかりだ。アリアナ・グランデが「七輪」と彫ったタトゥーに対して日本人から容赦ない嘲笑を受けたことにより「日本語のレッスンを辞める」と表明した騒動で、あろうことか東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の公式アカウントが、手の平にマジックで「五輪」と書いた写真と共に〈五輪じゃなくて…〉とアリアナをあざ笑うようなリプライを投稿したのだ。この投稿は大炎上したが、組織委員会はいまだに謝罪も釈明も行っていない。

 オリンピック東京大会の開催が決まってから、数々の問題が浮上し、それらを挙げていけばキリがない。また、時にはオリンピックが安倍政権の野望のために政治的な利用をされることすらあった。

 コンパクト五輪を目指していたはずが予算はどんどん膨れ上がり、参加者にブラック労働を強いるボランティアの扱いは結局変わらぬまま。

 オリンピックにおけるテロ対策を名目に共謀罪を強行採決させ、また、一時はオリンピックを理由に海外ではとっくに時代遅れとなっているサマータイムの導入まで強引に押し進めたのも記憶に新しい。

 そういった問題は最近でも続けて起きている。

 東京オリンピック招致を巡る贈収賄疑惑における、JOCの竹田恒和会長に対するフランス司法当局の調べはいまでも続いている。

 オリンピックのためなら権力者はどんな無法なことをしても許されるし、国民は財産や命を喜んで差し出すべきだ──東京オリンピック開催にあたっては、そんな振る舞いが何度も何度も繰り返されてきた。桜田五輪担当相の池江選手に対する「がっかり」「下火にならないか心配」発言も、決して桜田大臣個人の資質だけの問題ではなく、こうした五輪至上主義の延長線上に出てきたものだ。こんなオリンピックにいったいどんな価値があるというのだろう。
(編集部)

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