池袋暴走事故から2年 遺族の男性「妻子への思いを胸に“生きる”」

 東京の池袋で車が暴走し親子2人が死亡した事故から2年がたちました。愛する妻と娘を失った男性が抱える葛藤を取材しました。 豊島区東池袋で2019年4月、暴走した車に通行人らが次々とはねられる事故が起きました。この事故で松永真菜さん(当時31)と娘の莉子ちゃん(当時3)が亡くなり、10人がけがをしました。遺族となった松永拓也さんにとっては絶望の淵に立たされながらも妻と娘の2人のためにどう生きていけばいいのか葛藤し続けた日々でした。 事故からちょうど2年となったことし4月19日、松永さんは「2年前の4月19日の朝までは確かに生きていた妻と娘がこの世から去って、本当に悲しみと苦しみの中で生きてきた2年間。悲しみと苦しみの中で必死に自分はどうやって生きていけばいいのか、何をすべきなのか、苦しみながらも葛藤しながら生きてきた2年間だったと思う」と語りました。 松永さんは事故から2年を迎えるに当たって17日、豊島区立南池袋公園へと向かいました。家族3人の思い出が詰まった「妻と娘と毎週のようにピクニックなどで遊びに来ていた公園」です。そして、松永さんが私たちに見せてくれたのは、いつものように3人でこの公園を訪れた時の様子を写した動画です。そこには、真菜さんの声に合わせてかわいらしい踊りを披露する莉子ちゃんの姿がありました。松永さんは「僕は普段、仕事で莉子の成長を見られなかったから、真菜が『莉子はこんなに上手に踊れるようになったんだよ』と言って『お父さん見ててね』と踊りを見せてくれたもの」と語ってくれました。日々できることが増えていく莉子ちゃんの成長を優しい真菜さんと見守っていくことは、“あの日”まで松永さんにとっての“当たり前の日常”でした。 松永さんはこれまで、交通事故をなくすために精力的に活動してきました。事故後の2019年8月には運転手への厳罰を求めて署名活動を行い、1カ月間でおよそ40万人分の署名を集めました。さらに、交通事故を防ぐための要望書を国交相にも提出しました。 そして事故からおよそ1年半がたった2020年10月、初公判が始まりました。車を運転していた旧通産省・工業技術院の飯塚幸三被告(89)は松永さんと親族に対して謝罪はしたものの起訴内容を否認し、無罪を主張しました。今後は松永さん本人が証言台に立ち、飯塚被告に質問をする予定です。松永さんは「(2人や遺族に)思いをはせたことはあるのか。今のところ私にはそう見えないので聞きたい。本当の真実を知っているのは飯塚被告しかいないので、しっかりしゃべってほしい」と語ります。 「やれることは全てやる」と話す松永さんですが、最愛の2人を亡くした喪失感が癒えることはありません。事故から2年となった19日、松永さんは現場近くで報道陣を前に「生前の2人だったら僕のことを心配していると思うので、生きていくと決めたから心配しないで、2人に胸を張っていつか会えるように生きていくから心配しないで、そして誰かの命が守られるようにこの先も生きていくから、と伝えた」と語りました。 「2人の死を無駄にしたくない」──その一心で、松永さんは今後も交通事故を減らすため、活動を続けます。

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