<3.11 未来へつなぐ> 原発事故で奪われた故郷 10年の思い(後編)

 福島第1原発の事故のため、福島県富岡町出身の菅野洋子さんがふるさとを追われて10年の月日がたちました。自宅は2020年に解体され、今はもうありません。菅野さんはことし3月、解体されてから初めて富岡町の自宅跡地を訪れました。「いつの日か、生まれ育った町に帰りたい」と願い続ける女性の10年間の積み重なった思いに迫ります。 ことし3月2日、自宅の解体後初めて自宅の跡地を訪れようとした菅野さんは最初は落ち着いた様子でしたが、しかし…。菅野さんは「駄目だわ。1人では行けない。1人で行くと震えがくるの。だから子どもたちと手をつないで行かないと。1人では行けない。わーっとくる。何十年もの思いが全部のしかかってくる。何回も来たいと思ってもあそこまで行けないの。行く勇気がないか、気力がないかどっちかなの。無理だな。観念はしてるのよ、観念はしているし、そう思ってるけど…つらいね」。思い出が一気に押し寄せてきます。 ふるさとに戻りたい。でも目の前にあるのは戻れない現実です。震災発生から10年。そして、ふるさとを追われて10年…。間もなく80歳になる菅野さんの目には、今も“あの頃”の富岡町が浮かびます。菅野さんは「何かあればすぐ富岡町のことを思い出す。あそこに川が流れていたとか、フキノトウが咲いていたとか…。郷土愛というか、自分の家に対する愛情と富岡町に対する愛情。親戚一同いるから、そういったつながり。また元に戻ってくれたらいいなって切に願っている。それでこそ自分の人生かなと思うんだけどね」と語ります。 菅野さんは「何もなくても、不便でもいいから、この富岡に戻ってきたい」と話しています。すぐに戻れると思っていたふるさとには、いまだ帰れる日のめどが立っていません。