<3.11 未来へつなぐ> 「再び夢を」原発事故で避難、新天地での挑戦(後編)

 東日本震災の発生から10年を迎えます。福島第1原発の事故で一変してしまった町・福島県富岡町で被災し、ふるさとも夢も一瞬で奪われた男性は、いまだに帰ることのかなわないふるさとに思いをはせながら、再び夢を追い掛けて新たな土地で歩みを続けています。 福島県富岡町で被災し、栃木県那須町で再スタートを切った高橋佑治さん(77)の心の中には「ふるさとに帰りたいけど帰れない」という葛藤がありました。高橋さんは「富岡町に戻りたいという気持ちはあるが、この年で戻ってどうするんだという気持ちもある。半ば諦めてここに永住しようかと思っているんだけど、富岡町に家を建てて戻れないのかと思うことがある。だから栃木で死ぬというのはぴんとこない」と話します。 「いつかは富岡に」──。そう思いながら、栃木で花見山の完成を目指す高橋さんは「完成がすごく楽しみ。早く春にならないかなと思いながら冬を過ごす。そして、みんなが集まれるような場所になれば一層いいなと思う」と語り、完成後には離れ離れになった東雲の会のメンバーとの絆になることを願っています。 そして、もう一つ大切にしているのは、一瞬でかけがえのないものを奪う「津波の恐ろしさ」を伝えることです。高橋さんは「海の近くの浪江町ではみんな車で逃げようとして大渋滞し、びた一文動かなかった。車がずらりと並んでいたのが全部流された。俺の教え子もしばらくたってから『津波にさらわれ、遺体になって発見されました』と報告がきた。あれはショックだった」と話してくれました。 「100年後に震災で死ぬ人を出したくない」──。その悲しみを教訓に変えて高橋さんは前を向きます。高橋さんは「自然災害の時は『みんながこうするから怖くない』では駄目。まずは命を大事にして逃げること。そのためには情報をしっかりつかむこと。記念碑を建てるだけではだんだん時間がたつと『あれ、何これ、なぜこんな古びたものがあるの?』という感じになってしまうだけ。1年に1回ぐらいは、子どもたちに伝え続けるといったことがあった方がいいと思う」とカメラの前で話してくれました。 高橋さんのかつての自宅は今も帰還困難地域に指定されていて、3年後に解除される予定ですが、夢である「花見山」の完成も3年後を予定しているということで「ふるさとに帰りたいが、花見山の完成を見届けたい」という葛藤は続きます。