ロンドン再封鎖9週目。少しずつ日常を取りもどしつつも、社会に残るノイズは小さくない。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

ロンドン再封鎖9週目。少しずつ日常を取りもどしつつも、社会に残るノイズは小さくない。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

近所の公園が一方通行になっていた。なるべく他人とのすれ違い≠減らそうという算段。ワクチン接種もまた一方通行。多少ヒステリカルでも別の手段を模索している段階ではない。

◆医療従事者への感謝として経済的支援は必要

「同情するなら金をくれ!」というのがむかし流行りましたが、まさにそんな感じ。

 3月4日、現与党の保守党政府は2021年の予算案を提出しました。国民の青筋が立ったのはNHS(国民保健サービス)はじめ医療関係者への給与1%アップ。関係者のみならず誰もが、うわっ…NHSの年収、低すぎ…? と感じました。そして、そんな予算組を許した政党に憤った。なんといっても1%で充分だと考えた政治家たちが大勢いたということそのものが国民感情を逆撫でしたのです。

 もちろん打ち出の小槌があるわけじゃなし、コロナ禍によって英国が経済的ダメージを受けているのは百も承知。けれど崩壊しかかった医療現場でリスクを顧みず必死に仕事をし続けてきた彼ら彼女らに1%はないでしょ、1%は! なんというか、その1%が最前線にいる人たちの心をぽきぽき折ってしまったんですよね。

 たった一年ではありますが経年劣化でもうすでにみんなの心はかなり脆弱にコッソショーショー気味になっていましたから。女王陛下までおでましで「キミたちこそ国の英雄だ!」と晩の8時に表に出て感謝の拍手を送って湛えていたのが猶更白々しい。

 ほとんど一切の集会やデモが規制され、取り締まりも厳しくなっていますが、NHS職員による賃上げ要求プロテストは「もっともだ」ということで警察に見逃されているくらいです。

 その裏側で検査・追跡システムが見事に失敗。370億ポンドが無駄金になってしまいました(参照:BBC)。国の運営ではなく外部の企業がシステムを作ったわけですが、そこを選んだのは政府。なぜ、そこが選ばれたのか何の説明もありません。税金使ってるのに。海外に目を向ければ成功してる国だってあるのに。

 3月8日にはジョンソン首相が非難に応えて「これがいまの英国ができる精一杯だ」と答弁しました。実際に昨年の賃上げは2,1%でしたから本当にない首はふれないのでしょう。けど、なら、途い道を間違えんなや。首相の右腕だったとはいえロックダウンの禁を破って国民に総スカン喰らったドミニク・カミングスに2,500万円もの退職金渡してんなや。ってことです。

 どう考えても1%では申し訳ない「チームNHS」の献身的努力のおかげもあり、週末で全国民の34.1%が接種を完了したワクチンの絨毯爆撃とみんなの我慢が功を奏してコロナ災害は落ち着きつつあります。何よりも死んだ人の数が週平均で一日190人と、作秋頭くらいにダウンしたのがやはり嬉しいですね。

 総死者数12万5000人と聞くと、やはり愕然とするんですが。新規の感染者5,926人というのはまだ多い。しかし一週間前の平均値と比較すると500人近く減ってはいる。

 ワタクシ事ですが、先週の日記に書いたように1ヶ月前は10万人換算で100人を超えていた我が町Harringayはたった1ヶ月で20人にまで減少(参照:英政府発表)。ちなみにピークは年明けで、1000人以上だったんですから、神様仏様ワクチン様ですよ。

◆学校に子供たちの歓声が戻る

 8日は緩和第一日目。一日やそこらでローカルの風景が変わりはしませんが、学校の前を通ると子供たちの黄色い和音が響いていて嬉しい気分になりました。柵越しに校庭を駆けまわる小さな姿が垣間見えます。わたしはとりわけ子供好きってわけではないですが、それでも胸のあたりが暖かくなりました。この風景だってワクチンありきなんですよね。

 しかしなんなんでしょうね。日本人のワクチン嫌い。アジアは全体的に忌避感が強いようですが、どうしたんでしょうご自慢の「民度」とやらは? フィリピンのデング熱ワクチンのようなトラウマもないはずなのに。メディアも相変わらずアンチ・キャンペーンが絶賛進行中みたいで、わたしは不思議な気持ちで西の涯から祖国を眺めています。

 とはいえ専門家を名乗る先生方の「ワクチン効かない詐欺」はさすがに無理がでてきたと見たか、みなさん「変異株にはワクチン効かない詐欺」に宗旨替えなさっているようです。けど日進月歩で研究が進んでいるから、それもすぐ無理がでてくるんじゃないかしら。タブロイド紙ですが面白い図を見つけたのでご紹介。これまでに発見された変異株図解です(参照:「The Sun」)。

 いつの間にか増えてるねえ。この調子で変異株は雨後の筍状態で生まれてくるようですので、そのうち「でもVUI-202102/04変異株にはワクチン効かない詐欺」とか「毎日完熟バナナ三本食べてからでなきゃVUI-202102/04変異株にはワクチン効かない詐欺」とか始まるんでしょう。

 わたしが思い出すのはギリシア神話「パンドラの匣」の物語。開けてはいけないと戒められていた箱の蓋を好奇心に負けて取ってしまったために、そこに閉じ込められていた災厄が世界に蔓延してしまうという話です。「けれど箱の底には【希望(?λπ??)】が残されていました」というオチがついてます。

 この原典に当たるヘーシオドスの『労働と日々』『神統記』によれば、箱を封印したオリュンポスの神々はこの【希望】なるものが善か悪かの判断がつかず、とりあえず放り込んだということになっています。なぜならそれは最凶の面構えだったからだとか。……メディアや先生方の希望=ワクチン恐怖症は、そんな心理に似ているのかもしれません。よう知らんけど。

 ネットを巡回すれば如何にワクチンが変異株にも有効かを説明した査読済の論文がもはやいくらでもでてきます。感染者を対象にした現実的な数字を提示しているリポートも。断言するには時期尚早というだけでエビデンスは揃っているのです。ネット情報は性質的に偏りがちだし、ワイドショーは視聴率という数字≠求めてセンセーショナリズムに走る傾向が否めません。鵜呑みにしてはいけません。

 難しいのはもはや自分の中で、あり得べき現実――またの名を「陰謀論」があって、その論理武装としてメディアを利用している人が多すぎること。信じたくない情報に出会うと、とたんに見ざる聞かざる喋らざる。頭がよくてもそういうトラップにはまって抜け出せない人も多いようです。彼ら彼女らとどう対話すればいいのか、わたしはずっと悩んでいます。

◆映画なら「人類滅亡」劇の顛末

 先週の日記で死者26万人を数えたブラジルの惨状をピックアップし、渡英したうちのひとりが隔離ホテルから住所も残さず雲隠れしたパニック映画のプロローグめいたエピソードを紹介しました。幸い逃げた乗客はロンドン南部の自宅で自己隔離していたところ確保されました。人騒がせな。これが本当に映画なら彼がペイシェント・ゼロになって人類滅亡の幕が切って落とされるところですが幸運にもクラスタは発生しなかった模様。

 しかし3月6日に極右のジャイール・ボルソナーロ大統領が行った演説(*4)はそんじょそこらのホラー顔負けではありました。「26万人死んだからって、ぐずぐず文句垂れて、いつまでも泣いてんじゃねえよ!」とは、もはや人外の台詞です。以来連日コロナによる死亡者数が2000人オーバー。日本の緊急とは桁が違う緊急事態になりました。とりあえずサン・パウロの2週間完全封鎖(というより隔離)が決定したようですが、さて。

 トランプが続投していたらアメリカもこうだったんですよね。まさに危機一髪でした。これも先週書きましたが、政府の無策、経済優先、ワクチン遅滞、保守政権の膠着、マスコミの忖度姿勢、左右ともに短絡化する傾向、などなど日本もブラジル化する可能性は充分にあった。生活習慣とDNAレベルでの助けで不戦勝だっただけですからね?

 正直な話、週の後半はメーガン妃とハリー王子のアメリカでのTVインタビューの話題で英国は持ちきりでした。あまりにもセンセーショナルで、メーガン妃による「側近いじめ事件」なんか吹っ飛んじゃった。「どんなに肌の色が黒い子が生まれてくることやら」と彼女に言ったのは誰か? という犯人当てが井戸端会議(そうです! 8日から可能になったのです!)最大の話題であります。

 世論は真っ二つ。51%がメーガン寄り。49%が王室寄り。これはワクチン接種肯定派はもちろん否定派でも打ってもらわなきゃ困るって類の話ではないので意見が割れても全然さしつかえ御座いません。モーニングショーの人気司会者が「あなたメーガン嫌いですよね? いつも皮肉ばかり」と指摘されてキレてスタジオを飛び出すなんて事件もありました。

 興味深いのは男女の別やポリシーの左右、人種、貧富、階級(クラス)などではなくむしろ世代でオピニオンが別れているらしい。左派でも「王室とストリートじゃ差別といっても違うわよ」と白けている人もいれば右から「差別に等しい抑圧もきっとあっただろう」と擁護論が聴こえてくるといった具合。

 でも、まあ、あれですよ。何もかもが塩梅よく収まるべきところに収まるなんて稀なんですよ。件のブラジル変異種流入事件からこっち空港でのイミグレーション通過はトンでもない難関になっていて、万全の陰性証明を持った英国籍の英国人が入国するのに7時間もかかったと新聞に載っていました。

◆使用済みのマスクは医療廃棄物と扱うべし

 マスク公害も深刻になってきているようですよ。イングランド北部の人口20万都市ヨークでは昨年12月以降1000枚以上の不織布マスクを路上から回収しており、これからの緩和に従ってポイ捨てマスク増加を懸念しています。一見「なあんだ」みたいな印象だけど存外怖いものを孕んでいるんですよ。これ。

 例えばマスクのみならず毎日大量に廃棄される医療防護具(PPE)を悪徳業者が不法廃棄したら、それが原因でどんなトラブルが起こるやもしれません。物質に付着したウィルスは6時間ほどで空中に散じるとされていますが、それが湿ったマスクの山だったらまったく条件は異なりますよね。

 フィリピンの首都マニラに近い沖合いではサンゴ礁がそれらPPEに覆われているというニュースも読みました。新コロのパンデミックで医療ゴミが通常に加えて一日280トンも累加していると判明したそう。レジ袋 スーパー袋もかくやのトラブルメーカーとなるのは時間の問題でしょう。

◆ 入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns【再封鎖9週目】3/4-10

<文・写真/入江敦彦>

【入江敦彦】

入江敦彦(いりえあつひこ)●1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『イケズの構造』『怖いこわい京都』(ともに新潮文庫)、『英国のOFF』(新潮社)、『テ・鉄輪』(光文社文庫)、「京都人だけが」シリーズ、など京都、英国に関する著作が多数ある。近年は『ベストセラーなんかこわくない』『読む京都』(ともに本の雑誌社)など書評集も執筆。その他に『京都喰らい』(140B)、『京都でお買いもん』(新潮社)など。2020年9月『英国ロックダウン100日日記』(本の雑誌社)を上梓。

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