<アカデミー賞最有力候補>車中生活をする高齢者を描いた『ノマドランド』。原作者に聞く

<アカデミー賞最有力候補>車中生活をする高齢者を描いた『ノマドランド』。原作者に聞く

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◆キャンピングカーで生活する60代のファーン

 ベネツィア国際映画祭金獅子賞、トロント映画祭観客賞を受賞し、本年度アカデミー賞最有力候補とされるクロエ・ジャオ監督『ノマドランド』が全国の劇場で公開されています。

 60代のファーン(フランシス・マクドーマンド)は、キャンピングカーに亡き夫との思い出を詰め込んで、長年住み慣れたネバタ州の町、エンパイアを旅立った。かつては大手企業の石膏採掘とその加工工場で栄えていたが、不況のあおりで町そのものが閉鎖され、住民が立ち退くことになったのだ。

 広大な荒野を走り、生活費を稼ぐためにAmazon配送センターで短期の雇用契約の仕事をし、夜になると車の中で眠る。そんな<現代のノマド=放浪の民>としてファーンは生き始めた。

 タイヤのパンク、エンジントラブルなどに見舞われながらもその日を懸命に生き、路上生活を続けるファーン。ファーンは旅を続ける中で、定住よりも路上へ惹かれていく。なぜファーンは路上生活を選ぶのか、その心象風景は――。

 今回は、取材のために自らも3年間にわたってノマド生活をつづけたという同作の原作となったノンフィクション『ノマド 漂流する高齢労働者たち』(春秋社)の著者、ジェシカ・ブルーダーさんにお話を聞きました。

◆リーマンショックは単なるきっかけ

 アメリカの大自然の中をどこまでも走り抜ける1台のキャンピングカ―。運転席に座る夫に先立れたファーンはキャンピングカーを?先駆者″と名付け、引き出しやカウンターを入れてその中を使い勝手の良い空間に変えていた。そして、勤務先のAmazonと寝床のキャンピングカーの往復を続けていたある日、スーパーマーケットで代用教員を務めていた頃の教え子に出会う。

 「先生はホームレスになったの?」と問いかける教え子に対して、ファームは「?ハウスレス″、別物よ」と誇らしげに答える。

 大企業勤務だった亡き夫との思い出を慈しみ、街のスーパーマーケットで教壇に立っていた頃の教え子と出会う。そのシーンだけを見ると、典型的な中産階級の女性の姿に見えるが、彼女は車上生活を余儀なくされているのだ。

 ジェシカ・ブルーダー氏によると、ノマド=車上生活を送るのは、劇中のファーンのような「リタイアできない65歳以上の高齢者」と「20代前半の若者」だという。年齢層は二極化しているようだが、ノマドを生んだ要因はやはり2008年のリーマンショックによる経済破綻なのだろうか?

「ノマドライフを送っている人たちのきっかけは様々ですが、もちろん、リーマンショックも大きな原因です。投資ブームでサブプライムローンを組んで住宅を購入し、リーマンショック後ローンを払えなくなったという人もいます。また、投資していた株が急激に値下がりしてしまったなどの理由で車上生活を余儀なくされている人もいます。

 ただ、リーマンショックによる持っていた資産の低下というのは一つの要因に過ぎないと感じています。女性に多いのは、リーマンショック以前も賃金が安いので元々ギリギリの生活をしていた人たち。ギリギリの生活の中で子育てに掛かる費用や高額な医療費を賄っていたので、経済が破綻した時には貯金がなかった。しかも、高齢なので正社員としては雇われにくい。それでキャンピングカーで短期労働の仕事を求めて放浪するノマド生活に入ったという人たちも多いです。元々車上生活をせざるを得ない潜在的な要因がたくさんあったところに、リーマンショックがきっかけになって一気に貧困状態になったのではないでしょうか。

 一方、20代のノマドたちは、大学を出ても仕事がなかった人たちです。しかも、奨学金が借金になっているんです。また、大学を出ても仕事がないので、大学には行かずに、しばらく世の中の情勢を見ようと、車上生活をしながら短期契約の労働を繰り返しているノマドもいます。

 また、子育て世代である30代から40代にもノマド生活を送っている人たちがいます。彼らは子連れで車上生活をし、子どもたちにはロードスクーリングというプライベートな形での教育を受けさせていますね」

◆ノマドたちのリアルな心情は

 劇中にはノマドの言わばメンターな立場にあるボブ・ウェルズ本人が登場する。「私の目的は救命ボートを出して多くの人を救うことだ」と宣言するウェルズは、ラバートランプ集会(Rubber Tramp Rendezvous)を定期的に開き、大勢のノマドたちと交流する。焚火を囲んで語り合う彼らは「定住」という常識に縛られて、死ぬ時に後悔したくないと口々に語る。劇中のファーンもこの集会を訪れ、交流を楽しむ様子が映し出される。

 ボブのwebサイト『安上りRV生活』(Cheap RV Living.com)にはリーマンショック以後、失業した人、貯金を失った人、家の差し押さえが決まった人たちからのeメールが毎日届いたという。ボブは困窮した人たちに「普通の暮らしを捨てて車上生活を始めれば、ぼくたちをはじき出す現在の社会システムに異を唱える?良心的兵役拒否者″になれる。ぼくたちは生まれ変わって、自由と冒険の人生を生き直せるんだ」と語りかける。こうしたメッセージに多くの人々が励まされ、ノマドライフに突入したという。

 取材のために2014年から3年間のノマドライフを実行したというジェシカさんは当時、どのようなことを感じていたのだろうか?

「確かに、ノマドたちは自分たちの生活を肯定的に捉えていますが、必ずしもそれが全てではないと思っています。ノマドのメンターであるボブにも取材しましたが、彼は離婚で月収の半分の生活費を前妻と2人の息子に生活費を渡すことになって、自分の家を借りられなくなり、止むを得ず車上生活をすることになりました。その頃は毎晩泣きながら『ホームレスになってしまった』と嘆いたそうです。

 ホームページや集会で発する彼のメッセージはポジティブです。でも、それは充実したノマドライフが送れているからこそのこと。ノマドライフをせざるを得なくなり、その生活に入ったばかりの頃は誰もが明るいわけではないと思います。

 私自身は、ノマドライフを送る中で、いろんな人に会って話を聞くことでポジティブになれました。しかし一方で、何かトラブルがあった時に頼るべきシェルターもなく、車さえも失う人が出て来るのではないかという心配も感じていました。

◆政治に関心がないノマド

 ところで、ジェシカさんが取材を開始したのは2014年からの3年間。ちょうどアメリカ大統領選でトランプ前大統領が選ばれた頃と重なるが、ノマドたちは共和党と民主党、どちらを支持していたのだろうか?その点について質問をするとこんな答えが返ってきた。

「私が会ったノマドたちは政治の話をしなかったのでどの党を支持していたのはわからなかったです。彼らは政治を諦めているということを感じましたね。政府は自分たちの問題の解決法を見出してくれない、自分で何とかしなければならないと考えているからこそ、ノマドになったのではないでしょうか。

 本が出版されたのは2017年ですが、アメリカはその後も経済的な格差が広がり平等が失われてきています。最近でも、大企業のCEO達は、一般の人たちの賃金の320倍を受け取っているというレポートが公表されました。パンデミックが起きてからも一部の大企業は利益を出し続けているのに、一方では大量の失業者が出ている。今のアメリカ社会は非常に二極化が進んでいます。しかも、賃金が低いまま家賃だけが上がっています。負債ばかり増えている人が、今後もより多く車上生活に入っていくのかもしれません」

◆ラストシーンに何を思うか

 かつては夫と定住し、幸せな家庭を築いていたファーン。その生活に未練がないのはなぜか。同じ愛情のある生活を送ることはできないとわかっているからなのか、それとも車上生活の経験で定住ゆえの「しがらみ」が透けて見えてしまったからなのか。

 原作者のジェシカさんも気に入っているというラストシーン。実際にノマドライフを経験して、最後はファーンと同じような気持ちになったという。この映画は「ノマドライフ」を過剰に美化することも否定することもしていない。ただ、人生という「旅」の様子を淡々と描いているのだ。

 「何が本当の幸せなのか」という問いを突き付けてくるこの作品。自分がラストシーンで何を思うのか、それが自分の幸福に対する考え方を試すリトマス試験紙と言っても過言ではないだろう。ぜひ、劇場に足を運ぶことをお勧めしたい。

<取材・文/熊野雅恵>

【熊野雅恵】

くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。

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