ロンドン再封鎖11週目。桜を観ることができるような心理的余裕によって気づく社会の軋轢<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

ロンドン再封鎖11週目。桜を観ることができるような心理的余裕によって気づく社会の軋轢<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

もしかしたら英国人たちはただただ群れたいのかもしれない。コロナ以前は閑古鳥が啼いていた青空市場がいまは鮨詰め。皆マスクはしているが警戒心の強いツレは決して入場しない

◆一年ぶりに自宅近くの公園で桜を愛でる余裕

 ここはロンドンですから日本晴れとは参りませんが、曇天と小雨と陽の目がマーブルのように混ざって目まぐるしく入れ替わる、ある意味とても英国の春らしいお天気のなか、桜が散ってしまわないうちにてくてくお花見してきました。目指すはphilip noel baker peace garden。ノーベル平和賞を受けた軍縮運動の父≠ノちなんで「ピースガーデン」の名があります。

 自宅から普通に歩いて行ける距離なのですが、昨年はここにすら来ることができなかった。一年がかりでやっと辿りつけた気分です。来年こそは友人たちと満開の下にブランケット広げてバラ寿司をぱくつき、お薄を点てて春景を寿ぎたいもの。あるいは日本で、京都で大好きな桜を訪ねて回りたいもの。

 それでもこの庭の桜が観られたのは着実にコロナ禍がある種の終着に近づきつつある証しでしょう。花見する気になれるだけの心理的な余裕ができたんですね。日本では意地のようにブルーシートを広げて酒盛りしている人たちもいるようですが、やはり大半は例年通りという気持ちにはなれないみたいですから。でも、それでいいのだと思います。

◆【義】なき主張は人々の耳に届かない

 英国に暮らす成人の半分が新コロナのワクチンを接種終了しました。死者の数も100人を越す日はめったとありません。ただそれだけに様々な軋轢で生じた歪みが目に見える形になって社会に現われはじめています。名所(セント・ポール寺院広場やケンジントン公園のアルバート公記念碑など、ロンドンにもいくつかあります)が花見客でごったがえすくらいならいいんですが、なかなか剣呑な様子。

 3月の21日にはイングランド及びウェールズで抗議デモを官権が規制する権限を拡大する内容を含んだ大型法案の審議が始まったことを切っ掛けに、英南西部都市ブリストルで一波乱ありました。そう、前回の日記で紹介した件の奴隷商人コールストン像倒壊事件のあったあの街です。

 暴動化するデモ隊。警官隊との衝突で8人が逮捕。12台のパトカーが破壊され、警官が中にいるのを知っていて火をつけた者もいます。コロナを理由に悪法を通そうというのは太い考えですが、その抗議活動の結果がこれでは逆効果。#BLM時の興奮が悪い形で影響を及ぼしているのを観察することができます。

 出鱈目なヒロイズムに酔い、妄想に憑かれているという点で、ワシントンDCで国会議事堂に乱入したトランプ信者、陰謀論信者と同じ臭いしかしません。

 その前日20日、ロンドン中心部で無許可に催されたロックダウン抗議デモも醜悪でした。誰もマスクしていない、ソーシャルディスタンス守っていない集団というのは、もはやそれだけで腐肉に集る蛆虫のような悍ましさを感じさせます。とりわけ、あれだけ滅私奉公しているNHSや医療現場スタッフへの悪口バナー掲げてたりすると、かなり怒りが湧きます。

 警視庁は、少なくとも30人以上を感染対策違反で逮捕したと報道されていましたが、市内中心のハイドパークから議事堂まで、この行進の参加者は警察の予想をはるかに超えて5000人に昇りました。

 現実にはこういった野外のデモでクラスタが発生するケースはいまのところ稀なようです。ただリスクが高いだけ。個人としては右傾化、というより『一九八四』的な監視社会(管理ではなく)は怖い。とても怖い。軍靴の響きと同じで、聞こえてきたら万全を期して排する動きをすべきだと考えています。けれど、いまのタイミングであんな荒んだデモをしても主張は届きません。なぜって【理】だけで【義】がないから。

◆「ロックダウン」を終わらせないのは誰なのか?

 これまでのリサーチで判ってきたようにこのウィルスはまず病人やお年寄り、貧しい人たちを襲います。犠牲になるのはそんな社会的弱者なのです。今回のデモに参加した人々は「知ったこっちゃないわ」と言っているように見える。「そんなの≠謔闖d要なのは政府の横暴の阻止よ!」

 わたしはそんなの≠ノ属する人間ですから、監視社会同様にコロナに支配された社会も恐怖なのです。 

 ちょっと、このツイートをご覧ください。英国のコメディアンで俳優、文筆家であり映画監督としても活躍するスティーブン・フライの投稿。

 どうやらロシアの「ドッキリカメラ」らしき映像で、背中にOKHRANA(セキュリティ)と書かれた屈強な制服の男性がマスクをしていない人を見つけると問答無用で警棒を使って殴りつけるというものです。それを見ていた周りの通行人が慌ててマスクをつけだすという内容。いろいろ考えさせられます。

 もちろん棍棒はおもちゃだし、ふたりとも役者であるのは明らか。しかしロケーションがロシアなだけにものすごいリアリティがあるのです。騙された一般の人たちも、そのリアリティゆえに「あり得べき」ことだと思って一斉にマスク着用するわけで。そして、みんなつけてなくても所持しているということは公衆の場では口元を覆うべきと知ってはいるわけで。

 わたしはこれを見て、ゾッとすると同時に、なんとなく「やっちゃえ! やっちゃえ!」っぽい爽快感も覚えてしまって、それに対してすごく後ろめたい気持ちになりました。そんなふうに感じてしまう自分が許せないというかなんというか。

 ロンドンのデモを眺めながら「そんなことしてるからロックダウンが終わらへんのちゃうん!? ロックダウンを招いてるのは、そこ歩いてるアンチのせいちゃうん!?」と憤ってしまうのに、とてもよく似たジレンマです。難儀ですね。

◆ワクチンパスポートはニューノーマルになるのか?

 それらのデモ問題と並んでこれからひと悶着ありそうだなーと想像できるのは先月から膾炙(かいしゃ)されているワクチンパスポート(*1)についてです。政府が現在二度目のワクチン接種を終えた国民に対して旅券(的役割を果たすカード)を配布しようと計画してるという話は折々に触れてきましたが、いよいよ本格的にそれが始動しそうなのです。

 こちらについても前述したような1984的不安から疑問視する声はあとを絶ちません。こういう形で施政者に個人情報を把握されることへの恐怖を拭い去るのはどれだけ理路整然と諭されても難しい。けれど外部ではなく政府直属の機構が統括するのであればわたしは反対しません。だってワクチンについてはもはや是非を論議する段階はとっくに過ぎてますから。

 23日、ジョンソン首相はこのパスポートの利用法として例えばパブに入店するときに提示を義務付けるつもりだと発言しました。これには国中の飲兵衛から「えーっ!」という声が上がった。しかし思うのです。国民全員が接種を受容するモチベとなるのならばなんでもやればいい。いや、やるべき。

 7月末までに成人全員に接種を済ませたい政府としては「若いから必要ないもーん」とワクチンを拒否して平然とウイルス・スプレッダー化するであろう若者を取り込む方策を立てなければならない。そんなとき注射しなきゃ飲めないというのはかなり効果的なはず。パブだけでなくクラブやバーでも一杯やれなくなっちゃうだろうし。

 もちろんワクチンを打っていれば安全な人かといえばそんなことはない。というかいまのところまだ立証されていない。でも重症化を食い止める効果は確実なのだから、よしんば感染させられたとしても手の施しようがある。肝心なのはそこなのです。

 おそらくワクチンパスポート法案は国会を通過するでしょう。ずっと閉鎖されていた劇場やライブハウス、コンサートホールを開く最良の鍵となるのは間違いないからです。映画館や美術館、博物館などでも必要になってくるかもしれません。ジムやカルチャー教室の類も然り。なんならカフェや飲食店全般に敷衍(ふえん)していただいてもかまいません。

◆日本国内のワクチン接種こそが五輪へのパスポート

 そういえば民意無視でオリンピック・パラリンピック開催が決まったような雰囲気ですが、はっきり申し上げて五輪がやれるとしたら英国以上のワクチン絨毯接種の先にしかありませんでした。まだまともに接種が始まってない国に、悪化しないだけで保菌者がうようよしているかもしれないのに喜び勇んでやってくるアスリートがどれだけいるでしょう。

 カナダが不参加表明というのはデマだったようですが、どこの国がオミットしても不思議じゃありません。それにしても来ない国に対して「反日」呼ばわりとは、なんて気持ちの悪い考え方でしょう。まるでどこかの専制主義国家のようです。

 昨年の8月28日、政権が突如幕を下ろしたその日、

安倍前首相は国民全員分のワクチンを確保できるよう契約した。予算も確保したと発表しています。(参照:日経新聞)これがすんなりと進んでいれば、いまごろ「開会式までにはほとんどワクチン済んでるんでやりまーす」と胸を張って宣言できたのにね。

 ていうか、バイデン米大統領が代わりにオリンピックするつもりなのか? という勢いで接種を進めています。やろうと思えばやれるんですよ。1日に約250万回ですって。就任100日以内に2億回目標ですって。本気で国民のことを考えている政治家ってのがまだいるんですね。すごいや、この人。ちなみにトランプよりよほど中国に対しても強硬姿勢です。

 冒頭の公園が名前を冠したフィリップ・ノエル=ベイカーも偉大な政治家でした。労働党員でありながら明晰さを買われて保守党のチャーチル内閣で運輸相を務め、次の労働党政権でも大臣職を歴任するという

特別な人。国連創立の立役者でもあります。

 ガーデンそのものは歿後(ぼつご)に企画され亡くなってから二年後の84年にオープンしました。59年ノーベル賞以降は一貫して核兵器廃絶運動に携わってきたゆえでしょうか、作庭家の意図はわかりませんが、ここにある二本の桜は広島8万9千人、長崎7万4千人の原爆犠牲者の慰霊碑なのではないかという気がしてなりません。

 東雲色の樹冠を広げるオオヤマザクラを眺めつつ、一服の茶を点て、ゆっくりと啜り、コロナで逝った英国12万5千人の鎮魂としました。

◆入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns【再封鎖11冊週目】3/18-24

<文・写真/入江敦彦>

【入江敦彦】

入江敦彦(いりえあつひこ)●1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『イケズの構造』『怖いこわい京都』(ともに新潮文庫)、『英国のOFF』(新潮社)、『テ・鉄輪』(光文社文庫)、「京都人だけが」シリーズ、など京都、英国に関する著作が多数ある。近年は『ベストセラーなんかこわくない』『読む京都』(ともに本の雑誌社)など書評集も執筆。その他に『京都喰らい』(140B)、『京都でお買いもん』(新潮社)など。2020年9月『英国ロックダウン100日日記』(本の雑誌社)を上梓。

関連記事(外部サイト)