SNSによって脆弱になった民主主義が、世論操作とハイブリッド戦の餌食になる

SNSによって脆弱になった民主主義が、世論操作とハイブリッド戦の餌食になる

maxx-studio / PIXTA(ピクスタ)

 前々回、前回と、ロシアのIRA(インターネット・リサーチ・エージェンシー)がアメリカ大統領選で行ったことを中心に話を進めてきたが、最初のニューヨークタイムズの記事のように世界中に同じことが、異なる仕掛け人によって起きている。

 こうした変化の原因の多くはインターネット、特にSNSの普及である。SNSはしょせんネットサービスのひとつにしかすぎないと考える方もいるかもしれない。しかし、正しくはインフラ化したインターネットのコミュニケーション機能であり、世界でもっとも普及しているものだ。影響力が肥大化するのは当然であり、場合によっては社会を変化させ、崩壊させることもある。

 以前、紹介した『民主主義の死に方―二極化する政治が招く独裁への道―』(スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジラット)でも同様にSNSは民主主義の死に手を貸していると指摘している。そして世界で進行中のハイブリッド戦においてはもっとも強力な武器となっている。

 民主主義を崩壊させるまでになったSNSがハイブリッド戦の主役になっていることを考えると、3つの課題が浮かび上がってくる。そもそも、まず兵器であるにもかかわらず、兵器として規制されていない。次に今後世界で進む変化によってさらにその影響力は増大すると考えられる。そして、対策が追いつかないくらいの速度で不可視化されていっているのだ。

◆SNSが民主主義を壊す時代の3つの課題

1.監視資本主義の危険性。強力なデジタルマーケティングは兵器だが、兵器として規制されていない

 SNSが発達し、インフラとなり、多大な経済的影響力を持った社会は、監視資本主義と呼べる。

 監視資本主義社会において、デジタルマーケティングは社会のインフラを直接操作する行為であり、敵対する国に向ければ干渉=兵器となる。

 しかし現在、デジタルマーケティングは兵器としては定義されていない。政府が対策組織を作り、立法化し、SNSプラットフォームにも対策を求めるのが基本的な処方箋となっている。加えて民間のファクトチェック団体への支援もあるだろう。一見、適切な対応にも見えるが、兵器として扱っていないことで致命的に脆弱となる。

 ロシア、イラン、中国は兵器としてネット世論操作を行っている以上、対応する側も同様だ。

 しかし、自由主義圏ではそれはほぼ不可能である。なぜなら、自由主義の原則のひとつである言論の自由、表現の自由など基本的人権の侵害に当たる行為となるからである。これは根本的な課題であり、今のところ解決策は見つかっていない。見つかるまでは、その場しのぎの対症療法を重ねるしかなく、厳しい局面が続くだろう。

 また、欧米以外の民主主義がもともと根付いていない国々では容易に既存政権の道具となり、政権維持のためにネット世論操作が用いられるようになっており、次のステップはそれを国外に対して使うようになる。そしてSNSプラットフォームにはそれを止める方法が事実上ないに等しい。なぜならそれは完全な内政干渉になり得る可能性を秘めているからだ。

 この点に関してはすでに『フェイスブックがポリシーを変えるとアジアで政権が倒れる!? SNSに左右される社会と言論』で解説した。

 日本にも民主主義は根付いておらず、ネット世論操作が行われているため、他人事ではない。

◆人種偏見を生む「誤解」は世論操作の温床

2.社会を分断化する脆弱なポイント(特に人種、思想の対立など)が存在し、今後も増大する

 人種の対立は今後も進むことが予想される。その要因のひとつが移民の増加だ。移民の増加によって、国内での人種、民族の対立が起こりやすくなる。ただし、その多くは誤解に基づいている。これは解決の可能性を示唆する(移民を減らすことはで難しいが、誤解は解くことができる)とともに、誤解である以上ネット世論操作の格好のターゲットにもなり得ることを意味している。

 現在、移民は増加しており、今後もその傾向は続くと考えられている。このことは移民に関連する問題が大きくなることを意味しており、特に気になるのは心理的な要素が考えられていた以上に大きいことだ。2018年8月にニューヨークタイムズに『Migrants Are on the Rise Around the World, and Myths About Them Are Shaping Attitudes』という記事が掲載された。簡単に内容を紹介すると下記になる。

・世界で移民は増加しているが、移民に関する誤解が根強くあり、それがネガティブな態度につながっている
・誤解その1 人口に占める移民の割合について、ほとんどの国の国民が2倍から3倍多い割合(国によってはそれ以上)で認識している。同様に無職の移民の割合についても過大に認識している。また、移民が元の国民よりも多くの政府補助を受けとっていると誤解している。
・誤解その2 移民はグルーバル・サウスからグローバル・ノースに移動していると誤解する人が多いが、ほとんどの移民は近隣国に移動している。
・誤解その3 貧困や政治的不安定以外の新しい移民の原因が増えている。たとえば地球温暖化による伝統的農業の崩壊である。資産に余裕のある移民も増加している。

 これらの誤解によって実態とかけ離れた移民のイメージが形作られ、ネガティブな態度が形成されるのだという。今後も移民の増加が見込まれる以上、誤解が生まれないように正しい情報を広げ、移民との交流の機会を増やすといった対策が必要になってくる。しかし、多くの人間はネガティブな情報により強く反応してしまうため、正しい情報よりも誤解の方が広がりやすい。効果的な対策を生み出さないと、ネガティブな誤解は国民の間に亀裂を生み、ネット世論操作が有効に働く土壌となる。

 今後の日本においても移民の増加で人種問題などが大きくなり、ネット世論操作が今以上によく効くようになることは確実である。

3.ネット世論操作の不可視化の進行

 ロシアのIRAを典型として、さまざまなネット世論操作部隊はSNSでトロール、サイボーグ(プログラムに支援を受け、人が運用するアカウント)、ボット(プログラムで運用されるアカウント)を操作し、広告を出稿し、インフルエンサーを利用して作戦を行ってきた。その作戦においてもっとも重要なことは現地の人間を自分が作戦に参加していることを気づかせないまま巻き込み、自然発生したものとして根付かせることだ。

 だが、その手法は知れ渡り、検知され、排除されるようになった。そこで作戦をより不可視にし始めた。

・現地の人間をリクルート
 現地の人間をリクルートして作戦を遂行させる。雇われる側は作戦の目的を知らないこともある。人間が操作しているアカウントであること、現地の人間であることから検知は難しくなり、場合によっては規約上アカウントを排除することも難しくなるだろう。

・目に触れにくいメディアを利用

 フェイスブック、インスタグラム、ツイッターの場合、そこでの活動は特別に鍵をかけたり、見られたくない相手をブロックしたりするなどしないと、誰からでも見えてしまう。WhatsAppなど一般から見えないメディアを使ったり、ディープウェブを使ったりするなど見えにくいメディアを利用するようになっている。

 この傾向はこれからも強まり、なにが起きているかと補足することは難しくなるだろう。不可視化することは難しくない。そして、日本のLINEは格好のツールになるだろう。

 ネット世論操作は民主主義、特に不完全な民主主義の脆弱性を突く。だが、前出の『民主主義の死に方―二極化する政治が招く独裁への道―』にみ書かれているようにこれまで民主主義が理想的な形でうまく運用されてきたわけではない。明文化されず、規制や法律になっていない部分が民主主義を守ってきたのが皮肉な現実だ。

 システムとしての民主主義は定義通りに運用できないものであった。それを定義にはない人間の良識や良心が支えてきた。新しい時代になって、その良識や良心がもはやかつてのようには機能しなくなり、民主主義は崩壊しつつある。だから、手を尽くしてなんとかしようとしても建て直すのは難しい。なぜなら定義の外の部分が崩れたからだ。定義通りに民主主義が行われるように努力するのは徒労になる可能性が高い。なぜなら、うまくいっていた時も、そういではなかったからだ。

 今、すべきことが新しいシステムとルールの構築であり、機能不全に陥った仕組みの再生ではない。

◆シリーズ連載「ネット世論操作と民主主義」

<取材・文/一田和樹>
いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。近著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている

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