新婚2か月足らずで入管に収容、引き裂かれたクルド人男性と日本人妻

新婚2か月足らずで入管に収容、引き裂かれたクルド人男性と日本人妻

妻のAさん(右)は、入管の許可なく埼玉県を出られないマズルムさん(左)を気遣い、結婚前はいつも埼玉圏内で会っていた

「今まで生きていて、いいことなんて何もなかった」

 そう力なくつぶやくのは現在、東京入管に収容されているトルコ国籍クルド人のマズルム・ウチャルさん(22歳)。狭いアクリル板越しの面会室で、彼は少しずつ過去を語ってくれた。

◆入籍をしてわずか2か月足らず、夫が東京入管に収容

 クルド人はトルコ政府による弾圧の対象になっている。自分の暮らすトルコ南東部の都市・ガジアンテップの小さな村でも、いつトルコ軍が弾圧に来るのかと、緊張する日々があった。マズルムさんは13歳の頃から周りの大人たちに、護身の為に銃を持たされ撃ち方の訓練を受けさせられた。なぜ、自分が銃を持たなければいけないのか。幼心にマズルムさんは、このことに違和感を持っていた。

 こういった落ち着かない環境から、学校に通い続けることはなかなかできなかった。中学ではトルコ語が上手ではないことを理由に、トルコ人教師から体罰を受けることもしばしばあった。

「ここでは暮らしていけない。20歳になれば今度はトルコ軍へ徴兵される。同胞と殺しあう事はとても耐えられない」

 意を決したマズルムさんは、16歳の時に日本にいる親戚を頼り、トルコを後にした。新しい人生をやり直すために。そこで、のちに妻になる日本人女性のAさんと出会う。

 初めはメール交換から始めた。少しずつ親睦を深め、やがて付き合うようになる。マズルムさんは「決してビザ目当てだなんて思わないでほしい。わかってくれるまで、僕は何年でも待つから」と自分の思いを語り、Aさんは心をうたれた。

 Aさんも、彼と一緒になることに一切の迷いはなかった。Aさんの父親は、あまり外国人に理解のある人ではなかったが、思い切って紹介することにした。クルド人特有の、両親や目上の人を気遣う心優しさに、父親もマズルムさんをすっかり気に入った。

 結婚を承諾するばかりか「彼を幸せにしてあげるためにも、早く結婚してやりなさい」とすっかり良き理解者となって、2人が予定していたより3年も早く籍を入れることになった。

 そして2018年9月19日に入籍。幸せの絶頂のはずだった。ところが、それからわずか2か月足らずの11月16日に、マズルムさんは東京入管に収容されることになってしまった。妻のAさんは入管から「収容の理由は告げられない」と言われた。

◆Aさんの看病のため埼玉県から出てしまい、スピード違反で検挙

 収容中のある日、マズルムさんが職員に「自分はなぜ、収容されたのか」と尋ねたところ、「6月にスピード違反をしただろう」という答えが返ってきて驚いたという。

 マズルムさんは仮放免だったため、自分の住んでいる埼玉県からは出られない。ところが2018年6月、当時まだ結婚前で神奈川県に暮らしていたAさんが、40℃以上の高熱に襲われ、立ち上がることもできない状態に陥った。電話で聞きつけたマズルムさんは、いてもたってもいられなくなり、急いでAさんのもとに自動車で駆けつけたのだ。

 数時間看病をして少し落ち着いたところで、マズルムさんは埼玉に戻ることになった。急いで戻らなければならない事情があったため、帰りはスピード違反で検挙されてしまった。本人は反省して罰金を支払い、免許も取り消しになってしまった。しかし、この件はこれで終わったものだと思っていた。

「なぜ5か月もたっていまさら……。いくら悪いことをしたと言っても、それは償ったはず」とマズルムさんは思った。

 埼玉から神奈川に無許可で移動してしまったが、それはどうしようもなかった。大切な人が病気で辛い思いをしているのに、放っておくなんてできるわけがない。無期限収容となってしまった彼の絶望は深い。

◆夫のため、妻は嘆願書に100人分のサインを集める

 1人残されたAさんは、少しでも早く解放してもらうために、入管に仮放免の申請書を提出しようとした。ところが6階の受付で「彼は退去強制令書が出ているので、受け取るわけにはね……本当は帰ってほしいんですよ」と書類の受け取りを拒否されそうになり、愕然とした。

 そう言われても、Aさんは夫のために「はい、そうですね」と諦めるわけにはいかなかった。泣きながら夫の解放を訴え、なんとか申請書を受け取ってもらうことになった。

 この件だけでもAさんは大きく消耗してしまったが、夫の解放のために無我夢中で動いた。友人たちから嘆願書に100人分のサインをしてもらい、父親からは「自分はマズルムさんを責任もって預かる」という誓約書を書いてもらい入管に提出した。

◆マズルムさんは収容施設の中で静かに耐えている

 面会の受付は平日の15時までなので、Aさんは保育士の仕事を何度か同僚に代わってもらって面会に向かった。しかしそれが続いたことで、2019年4月をもって職場を退職させられることになる。この現実はAさんをさらに苦しめている。長年勤めた幼稚園では、もうすぐで学年主任に昇格するところだった。Aさんの今までの仕事への努力は水泡に帰すこととなった。

 Aさんはこう訴える。

「収容されて苦しむのは彼だけじゃない。その家族も痛みを背負うことになります。私たちは、新婚生活をまったく味わうことができませんでした。マズルムは収容されて10kg近く痩せてしまい、見た目がずいぶん変わってしまいました。苦しくて、泣かない日はありません。どうか、彼を人として、人間性を見てあげてほしい」

 マズルムさんは筆者との面会で「今まで生きてきて、良いことなんて何もなかった」と語ったが、その後に「ただ一つ、妻との出会い以外は……」と続けた。彼は今も収容施設の不衛生で劣悪な環境の中で、職員に逆らうことなくじっと静かに耐え続けている。

 運命の人と出会ってやっと掴めた幸せが、腕をすり抜けていった。この若い男女に、平穏で幸福な日々が訪れるのはいつの日だろうか。

<文/織田朝日>

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