医師の長時間労働、「上限規制」だけでは変わらない現実

医師の長時間労働、「上限規制」だけでは変わらない現実

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「働き方改革」が進むなか、厚生労働省は医師の働き方にもメスを入れようとしている。残業時間に上限を設けることで、長時間労働を解消しようとしているのだ。しかし患者の命を守るという医師の職務の特性上、一筋縄ではいかないようだ。

◆「上限があっても、患者さんの具合が悪いと病院から帰れない」

 厚労省の「過労死等防止対策白書」によると、時間外労働が「過労死ライン」とされる月80時間を超える医師のいる病院が全体の20.4%に上る。月100時間以上も12.3%に上った。

 長時間労働は、医師本人の健康を害するだけでなく、医療ミスを引き起こす可能性もある。医師ユニオンが1803人を対象に医療過誤の原因を複数回答で聞いたところ、56.4%が疲労による注意不足と答えている。

 こうした中、厚生労働省は、2024年4月から勤務医に適用となる残業時間の上限を年960時間とする方向で検討を進めている。ただ、地域医療を担う医師の上限は1860時間とされそうだ。医師の過重労働を解消するためには、上限を引き下げていく必要があるだろう。

 しかしそもそも残業時間の上限を設けるだけで、医師の労働時間を削減することができるのか。そう疑問を投げかけるのは宮崎春香医師(仮名・40代)。専門は血液内科で、これまで大学病院や総合病院で勤務してきた。

「残業時間の上限を設けたところで、受け持ちの患者さんの具合が悪ければ実際には病院から帰れません。大学病院に勤務していた頃は、病棟で10〜20人くらいの患者さんを持っていましたが、常に誰かが熱を出したり、誰かの容体が急変したりするので土日も関係なく仕事をしていました。当直の先生もいらっしゃいましたが、当直の先生1人で全ての患者さんを診るのは無理があります。結局、何かあれば担当の医師が呼び出されることになるわけです。20〜30代の頃は友人の結婚式をドタキャンしてしまったことも何度かありましたね」

 受け持ちの患者の容体が悪いと病院から帰れないのが実情なのだ。実際、一週間病院に泊まり込んだこともあったという。

 医師が病院を離れられないのは、診療のためだけではない。患者の家族への対応も医師の負担になっている。

「患者さんのご家族にも病状を説明する必要があります。家族への説明も大切な仕事の一つなんです。ただ家族の方が夜遅くや土日しか来られないことも多い。患者さんに何かあったときに『この先生はきちんと説明すらしてくれなかった』ということになってしまうので、結局、夜遅くまで家族の方を待っていたり、土日に出勤して対応することになってくるんです」

◆医師の数だけでなく、「医師事務作業補助者」の拡充も

 こうした状況を改善するためには、医師の勤務をシフト制にして、医師の業務時間と業務でない時間を分ける必要があるという。

「主治医がいつでも対応し夜間も呼び出されて診るのではなくて、シフト制にしていく必要があると思います。シフト制にするには医師の人数を増やさねばならないでしょうし、患者さんにも理解してもらわなければなりません。」

 さらに、医師が担っている周辺業務を減らしていく必要もある。「過労死等防止白書」によると、時間外労働の原因は「診断書やカルテなどの書類作成」が57.1%で最も多かった。伝票や保険会社に提出する診断書の作成を、通称「ドクターズクラーク」と呼ばれる医師事務作業補助者が肩代わりしていく必要があるだろう。

◆徹夜で業務の「当直」、労働時間に算入されないことも

 どこからどこまでを労働時間に算入するのかという問題もある。夜間の当直は、本来の業務を行わずに待機しているだけであれば、労働時間に算入されない。しかし宮崎医師によると、当直も普段の勤務と同じように働いているのが実情だという。

「当直は、何かが起きたときに備えて待機している、要するに寝ているということになっているのですが、実際にはほとんど眠ることができません。ちょっと寝ようと思っても、30分経たないうちに呼び出しが掛かったり、救急車が来たりするんです」

 こうした現状にもかかわらず、当直を勤務時間として扱っていない医療機関も少なくない。厚労省は、労働時間に算入されるかどうかの基準を見直しているが、当直が労働時間にならない限り、過重労働の削減は実現しないだろう。

◆「女性はいらない」時代は終わり

 医師の過酷な労働環境は、女性の排除にもつながってきた。医師の転職支援サービスを提供するメディウェルが医師653人を対象に調査を実施したところ、「医療の現場は男性でないと無理だと思う」といった声がいくつも寄せられた。女性の医師は、“体力面で男性に劣る”、“産休や育休を取得するから迷惑だ”と考える医師が少なくないのだ。

 東京医科大学が女性の受験者を一律で減点したことに対しても、「必要な措置」が8%、「良いことではないが必要悪だと思う」が47%で、過半数が容認している。宮崎医師自身も差別にあったことがある。外科を志していたにもかかわらず、「女はいらない」とはっきり言われたという。

 しかし長時間労働を放置して、体力に自信のある人だけが医師になればよいという考えは改めなければならないだろう。女性の医師が産休や育休を取得しても、働き続けられる環境の整備が必要だ。

「最近は男性でもワークライフバランスを求める人が増えてきています。長時間働けない人でないと医師になれない、外科には進めないとなると担い手が不足してしまうでしょう。誰もが長く働き続けられるような環境が必要ではないでしょうか」

<取材・文/HBO取材班>

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