「私たちは人間です」。入管施設の悲惨さを訴え、被収容者が飛ばした紙飛行機に書かれたメッセージ

東京入管の収容者が紙飛行機にメッセージを書き悲惨さを訴え 「私たちは人間です」

記事まとめ

  • 東京入管前で収容されている外国人を支援するグループによる入管抗議行動が行われた
  • すると、建物から支援者の名を力強く叫ぶ声が聞こえ、紙飛行機が落ちてきたという
  • 3通のみ回収することができ「助けて下さい。私たちは人間です」など書かれていたそう

「私たちは人間です」。入管施設の悲惨さを訴え、被収容者が飛ばした紙飛行機に書かれたメッセージ

「私たちは人間です」。入管施設の悲惨さを訴え、被収容者が飛ばした紙飛行機に書かれたメッセージ

収容者たちが入管の建物の窓から支援者に向けて投げた紙飛行機

◆「外から聞こえる激励の声が唯一の楽しみ」と語る被収容者

 3月1日、港区にある東京入管前で、収容されている外国人を支援するグループSYI(収容者友人有志一同)による入管抗議行動と、被収容者に対する激励行動が行われた。

 長期収容による精神的ストレス、病気やけがをしてもなかなか病院に連れて行ってもらえない医療ネグレクトの問題。給食が冷たくて(時には腐っていて)、虫や髪の毛がたまに混入しているような劣悪な食事。難民として逃げてきたり日本人配偶者がいたりするなど、母国へ帰れない理由がある人々にまで「帰れ」と強要する姿勢。どれをとっても問題が大きい。

 収容中は何もすることのない被収容者たちの多くは「たまに外から聞こえてくる激励の声が唯一の楽しみになっている」と、筆者が面会に足を運ぶたびにそう話してくれる。この日も、いつものように声の限りを尽くし支援者たちは、鉄格子の見える入管の建物の窓に向けてエールを送っていた。

 すると、建物から支援者の名を力強く叫ぶ声が聞こえた。見上げると、どこからともなく紙飛行機が落ちてきた。全部で6通あったが、いくつか窓のサンなどに引っかかってしまった。地面を探し回り、なんとか3通のみ回収することができた。

◆「どうぶつみたいにあつかっているとしか思えない」

 この紙飛行機にはメッセージが書かれていた(原文ママ)。

「収容でされている人はこの生活すごして1年いじょう。とてもつらい、くるしい生活を送っている。それでも入国管理局の人たちや局長は私たちの事がどうぶつみたいにあつかっているとしか思わない。

 家族や友だちがそとでまってくれている大事な人たちは、私たちとおなじくらいつらい想い日々すごしていると感じます。

 そのせいで私たち収容でされている人たちがいこく人はじさつを考えじっさいになくなっている方もいる。それは私たちで収容されている人の家族や友人を考えると、とんでもなくくるしみ、つらいとしか想わない。それもこわいです。

 いつか私たちおいこまれてくるしんで生きていくじしんをなくなり、自分の人生あきらめていく(かもしれない、と考えながら過ごす)日々はこわいです。助けて下さい。助けて下さい」

◆「助けて下さい。私たちは人間です」

 そのほかの2通にも、それぞれメッセージが書かれていた(原文ママ)。

「入国管理局で日々すごしているがいこく人は100%の自由のないまま日々すごしてストレスを沢山たまって、おおくのがいこく人はせいしん、あたまおかしくなりくるしんでいます。

 この生活の中でやる事は何もありません。だから毎日、家族や友人の事、自分の事を考えるしかありません。その生活の中で考えると、それにこたえる事が出来ない入国管理局長が、私たちはどうぶつみたい、メシをあたえておわり。びょうきになったら薬、ちゃんとしたてつづきはない。生きるかしぬの日々をすごし、いつこの生活がおわるのだろうと日々考え、つらいでくるしい毎日。

 私たちは人をころしていません。もちろんけいむしょ行った人もいます。でもちゃんとはんせいしている人もいる。それだけやない。なんみんの人もいる。それを考える入管かんけんしゃは心はまったくありません。どうか、助けてください。

 私はFREE USHIKUやODAさん中村さんのおかげで、おくのがいこく人が頑張っている。私はその中の一人でかんしゃします。これからもよろしくお願いします。助けて下さい。私たちは人間です」

「ヒトラ のやりかた やめろ! いのちを まもろ! 私 つまと うまれたばっかりの赤ちゃん 二日れんらくない。いのちち たすけて。かぞく ばらばらしないでください。にんげん まもろ! 私も さいせんてき(精神的)に だめになってる」

◆被収容者と支援者の、目には見えない深い絆

 その後、筆者が面会に入ると、ある被収容者はこう話した。

「いつも外から私たちのために頑張ってくれているから、自分たちも話し合って何かしようと決めました。日本語を書ける人たちで、みんなの気持ちを書きました」

 フリータイムの部屋に、手首がなんとか出せる程度の隙間があって、そこから投げたそうだ。「入管の前で抗議行動をしても無意味」ともいう人もいる。言いたいことは良くわかる。しかし、このように被収容者と支援者の間で、目には見えない絆が深まることもある。

 和田雅樹入国管理局長(当時)は昨年2月28日付、「送還の見込みが立たない者であっても収容に耐えがたい傷病者でない限り、原則、送還が可能となるまで収容を継続」と、全国の収容施設長らに文書を送った。このことにより収容が長引くようになり、仮放免が出ることはほとんどなくなってしまった。その背景には東京オリンピックの開催があると言われている。

 彼らの悲痛の訴えを乗せた紙飛行機を、すべて拾うことができなかったのが心残りでならない。せめてこの3通の手紙を、できるだけ多くの日本人に見ていただけたら幸いである。

<文/織田朝日>

関連記事(外部サイト)