世論操作は数十セントから可能だった。NATO関連機関が暴いたネット世論操作産業の実態

世論操作は数十セントから可能だった。NATO関連機関が暴いたネット世論操作産業の実態

Image by pixel2013 via Pixabay

 世界中に広まっているネット世論操作だが、それを販売するネット世論操作産業(social media manipulation industry)が実在する。彼らは、アカウントやいいね!やフォロワーを売買する。というといかにもアンダーグラウンドのように聞こえ、ダークウェブ(一般のインターネットと異なり匿名化ツールでアクセスする)で正体不明の業者が暗躍するイメージを持っていないだろうか? そのイメージは完全に間違っていたことが今回のレポートでわかった。

 2019年1月29日にNATO Strategic Communications Centre of Excellenceが公開した『The Black Market for Social Media Manipulation』は、ネット世論操作産業の実態を暴いたレポートだ。ネット世論操作産業の業者の多くは堂々とインターネット上で活動し、グーグルやBingに広告まで出稿していた。本稿では、このレポートの内容をかいつまんでご紹介したい。

◆3つの市場

 ネット世論操作の市場のある場所は3つのカテゴリーに分けられる。

・オープンな市場:ふつうのインターネットでアクセスできる空間。

・ダークウェブでの市場:ただし隠れる必要がないのでオープンな方が安いことが多い。

・オフライン:リアル世界での直取引。

 もちろんSNS事業者はネット世論操作を禁止しているが、それは私企業の利用規約の範囲だ。ネット世論操作という行為が違法になっていない国も多い。彼らは堂々とグーグルやBingに広告を出しているくらいだ。つまりもっとも多くの業者がいるのはオープンな市場なのである。

価格が安価なこともあり、顧客は政府から民間企業まで多岐にわたる。

 ネット世論操作を利用するデメリットは大きく4つある。

1.技術的リスク。SNS事業者に検知され停止される。

2.レピュテーションリスク。露見した時に企業の信用に傷がつく。

3.提供者が信用できない。詐欺の可能性などがある。

4.一時的なものであり、いつでもなくなる可能性がある。

 だが、実際にはメリットの方が上回っている。ネット世論操作はコストパフォーマンスがきわめてよい攻撃方法なのだ。

1.見つかりにくい。

2.わかりやすい商品と価格。

3.幅広い品揃え。

4.成功時の報酬が大きい。

◆ネット世論操作業者の扱う商品

 ネット世論操作業者の扱う商品は、アカウントそのものの販売と、彼らの持っているネット世論操作ベース(ボットネットなど)を使ってのネット世論操作の実施である。

1.フェイクアカウントの販売

 プログラムで自動的に登録したもの、手動で登録したもの、他人のアカウントを乗っ取ったものなどのアカウントが販売されている。アカウントの価格はその内容によって異なる。

 アカウントに付随するコンテンツによって価格は変化する。コンテンツなし、プロフィール写真付き、プロフィール写真といくつかの写真付き、プロフィール写真といくつかの写真付きに加えていくつかの投稿付きといった感じで情報量が多いほど高くなる。

 アカウントの年齢(登録してからの期間)によっても価格は変わる。数日から7年以上まで幅があり、長期間のアカウントほど高い。

2.ネット世論操作の実施

 いいね!、コメント投稿、シェア、閲覧数増加、フォロワー増加などのネット世論操作を代行するサービス。具体的には下記によって実施される。

・フェイクアカウントの利用

・専用のフリーランスの利用(主に発展途上国)

・「いいね! 交換所」の利用

・マルウェアによってPCを乗っ取って操作する

 多くの業者はYouTubeなどのSNSで「トレンド偽造サービス」を行っている。また、ウェブのパネルやアンケート調査、オススメサイトの結果を依頼主の望むものにするためのサービスや競合相手を誹謗中傷するサービスもある。レポートによれば民間企業もこれらのサービスを利用している。

◆ネット世論操作産業。3つのセグメント

 ネット世論操作産業は大きく3つのセグメントに分けられる。3つの違いは利用するアカウントの品質だ。

1.ローエンド

 低価格で低品質。プログラムで登録したアカウント(プロフィールもコンテンツもない)で、ほとんどがボットである。その行動もプログラムによるものなので、検知されブロックされることが多いが、長期間生き残るものもある。ローエンド業者は検索エンジンで簡単に見つけることができる。

2.ミドルレンジ

 プログラムで登録したアカウントだが、検知されにくくするための最低限のプロフィールやコンテンツが用意されている。操作はプログラムによることが多いが、時には人間が操作することもある。買い手から見た場合、高い料金を取るローエンド業者との区別がつかない。

3.ハイエンド

 リアルに存在する利用者のアカウントで、1年以上前に作られており、電話かSMSで認証されている。プロフィールやコンテンツもきちんと用意されている。いいね!やコメント投稿は手動で行われる。依頼主の目的に合うように居住国、性別、年齢などを設定する。これらの業者は紹介者を介すか、特別業界に通じた人間でないと見つけることは難しい。

 このレポートでは、コメント投稿、いいね!、登録者増、アカウントの4つのサービスについてセグメントごとの価格分布を比較検討している。SNSの種類などによって違いがある。

 たとえばYouTubeでは価格と品質にはっきりした関係があった。ハイエンド業者は高く、ローエンド業者は安い。しかし、それ以外のSNS(フェイスブック、ツイッター、インスタグラム)についてはセグメント間での価格の違いはほとんどなかった。つまりローエンド業者で高価格なこともあれば、ハイエンド業者でも安いこともある。

 また、SNSごとにサービスの価格順位は異なっていた。フェイスブックではいいね!は登録者増(友達増)よりも安かったが、インスタグラムでは逆にいいね!の方が高かった。

◆ネット世論操作ソフトウェアによるネット世論操作

 ローエンドからミドルレンジ業者が扱うサービスで、金目的には有効である。選挙などの場合はハイエンドのサービスがよいらしい。

 サービスには包括的なナレッジベース、動画チュートリアル、24時間365日対応のカスタマーセンター、開発要員は20名。ロシアの銀行に口座を保有。顧客の多くは企業や個人。

 レポートではソフトウェアの実例が紹介されており、その内容は下記のようになっていた。

2つのモードを持っており、アシストモードはアカウントの運用をSNS事業者に検知されないようパラメーターなどの範囲を自動的に調整する、テクニカルモードはアカウントを制御、運用するモードで情報収集(主として競合相手のアカウントから)なども行う。

購入時には下記のサービスがついてくる。

・アカウントの登録

・狙ったSNSアカウントの情報収集

・収集した情報へのアクセス

・一括してのいいね!やフォローの実行。このソフトウェアは一般利用者からのいいね! やフォローも予想することができる。

・大量コメントの投稿

 このパッケージは複数の下請け業者によって支えられており、リセラーも存在する。

●ハイエンドサービス

 ハイエンドサービスではSNSの種類で見るとYouTubeのネット世論操作がもっとも高く、インスタグラムが一番安価である。サービスの種類では登録者(チャンネル登録者、友達など)やフォロワーを増やすのが安価でコメント投稿が高い。

●DDoS

 DDoS攻撃(大量のアクセスによってサーバーをダウンさせる)も請け負っている。価格は非常にリーズナブルで小規模なサイトなら5ドル、中小規模でも200ドル程度だった。

●DDoS2.0

 ネット世論操作の主戦場はフェイスブックなどのSNSであり、これをDDoS攻撃で落とすのは至難の技である。そのため新しい攻撃が行われている。サーバーを落とすのではなく、アカウントあるいはページを見れなくする手法で、効果としてはサーバーごと落としてコンテンツが見られなくするのと同じになる。

 方法は簡単でボットあるいは手動で狙うアカウントあるいはページが規約違反であるというウソの申請をSNSプラットフォームに送りつけ、一時的にアカウントあるいはページの公開を停止させるのだ。主に人権団体やジャーナリストに対して用いられている。

●キャンペーン・マネジメント

 ハイエンドサービスではネット世論操作全体のキャンペーン・マネジメントを行うこともある。クライアントは政治家か起業家であり、ネット世論操作を使うことに良心の呵責を感じていないという。

 ボット、サイボーグ、トロールを使い、ブログやニュースサイトあるいは影響力のあるジャーナリストなど多数の情報チャネルに情報を流して目的を達成する。同時により広い人々に影響を及ぼすためSNSの広告も利用する。

 旧メディアである新聞やテレビに取り上げられるようフェイクニュースを作り、ファクトチェックの記事が目立たないように、紹介記事を流したりもする。

 このレポートに書かれている内容の多くはロシアのネット世論操作機関IRAがやっていたことと同じだ。(くわしくは『ロシアのネット世論操作の手法と威力。英米2つのリポートで明らかに』2019年2月18日HOBL)

●フリーランス

 こうした業者は社内の人間だけで処理するだけなく、外部委託も行っている。1時間1ドル以下で仕事を引き受ける個人がいくらでもいるのだ。トップクラスのフリーランスを見つける時はUPworkなどのフリーランス紹介サイトを使うこともあるようだ。このレポートのリサーチャーは1日に超愛国的な投稿を最大10本行う仕事の募集記事を発見した。報酬は1本当たり1.5ドルから50ドルだった。

 日本でも同様の募集記事がクラウドワークスやランサーズといったサイトに掲載されたことがある。

◆市場はロシアの業者がほぼ独占

 SNSプラットフォーム各社の努力にもかかわらず、いまだにネット世論操作は安価で効果の大きい方法であることが今回のレポートで明らかになった。このレポートを作ったリサーチャーたちは、想像以上に大きい産業規模と、あまりにもオープンな市場(堂々と広告を出し、外注フリーランスを堂々と募集するなど)であることに驚いたという。たとえばYouTube上のネット世論操作を仕掛ける業者がYouTubeの親会社であるグーグルに堂々と広告を出稿していた。

 皮肉なことにダークウェブはもっとも心配のない領域だった。堂々と表で商売できなるらダークウェブを使う必要性はないのだから。

 もうひとつ重要な発見として、この市場はロシアの業者が独占していることが書かれていた。主なソフトウェアやインフラ提供業者はロシア由来と識別できたという。

◆シリーズ連載「ネット世論操作と民主主義」

<取材・文/一田和樹>

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