満員電車から子どもを守りたい。「子育て応援車両」で子育てしやすい社会をつくる

満員電車から子どもを守りたい。「子育て応援車両」で子育てしやすい社会をつくる

mits / PIXTA(ピクスタ)

 満員電車にベビーカーで乗車した際、周りから「邪魔だ」と暴言を吐かれたり、ベビーカーを蹴られたりした、という話を聞くことがある。そのため、利用をためらう保護者もいる。

 この状況を変えようと今年1月、保護者団体「子どもの安全な移動を考えるパートナーズ」が発足。子どもや子連れが安全に移動できる「子育て応援車両」の設置と「子どもを安全に移動させるための啓蒙活動の実施」を求め、2月に東京都の小池百合子都知事に要望書を提出した。

 団体の代表を務めるのは、都内で夫とデザイン会社を経営する平本沙織さん。行動の背景には、自身が鉄道利用時に体験した不快な経験がある。

◆みんなのための交通機関で、子どもが危険にさらされている

 平本さんは2年前、最寄りから数駅離れた場所にある一時保育を利用するため、当時0歳の長男とともに満員電車に乗車した。そこで中年男性から「ベビーカーで乗ってくるな」などと言われ、平本さんはとっさに「抱っこ紐だったら子どもが死んでるわ! ベビーカーも歪むのに」と言った。

「ぎゅうぎゅう詰めの車内で、ベビーカーが場所を取ることはわかっています。でも、抱っこひもでは他の乗客が子どもを圧迫し、危険です」(平本さん)

 昨年12月、平本さんが当時のことをツイッターに投稿したところ、予想を超えた反響があった。「税金つかってでも育児用車両作るべき」「似た経験がある」など賛同のコメントがあった一方、「満員電車にベビーカーはやめてほしい」「ラッシュの時間帯に利用しなければいい」など、批判的な意見も目立った。

 ラッシュ時間帯の電車に乗らずにすめばいいが、都心の保育園事情は厳しく、自宅から離れた保育園を利用しなければならないことがある。その場合、満員電車を使わざるをえない。

 平本さんのように、電車やバスで子連れの母親はしばしは「邪魔者扱い」される。平本さんは何度も車内で「子連れは邪魔だ」と言われたり、エレベーター待ち中に「お前は後から乗れ」などの発言をされたりした。

 電車は公共交通であり、みんなのために存在するはずだ。しかし、現状では子どもや子連れ利用客に対して優しくはない。

「そもそも現在の駅や電車のつくりは、健常の成人をベースにデザインされています。抱っこ紐やベビーカーを押す親にとっては、ちょっとした階段すら移動が困難です。

 さまざまな人が利用できるよう設計されるべきなのに、今のままでは使いにくかったり、危険にさらされたりする人がいる。子どもが安全に公共交通を利用できる環境を整えないといけないと感じました」(平本さん)

◆「うるさい!」と怒鳴られ、トラウマになる保護者も

 平本さんの行動は早かった。「不満を抱くだけでは、現状は変えられない」との想いで、今年1月には「子どもの安全な移動を考えるパートナーズ」を立ち上げる。

 そして15歳までの子どもを持つ保護者を対象に「子どもの安全な公共交通機関利用に関するアンケート」を行い、子育て当事者がおかれる状況の把握に努めた。

 アンケートでは、約9割が「電車は子どもにとって危険な状況だと思う」と答えた。混雑した車内で邪魔者扱いをされたり、乳幼児の場合は乗客から押しつぶされそうになったりするリスクがある。小学生は背が低いため、周りにいる大人の視野に入らず、ぶつかられて怪我をするおそれもある。

 また、「車内が安全ではない」「子どもが騒いで、周囲の迷惑になる」といった理由から、電車や地下鉄ではなく他の交通機関利用を選択する人が多いこともわかった。

 ほかにも、

「子供が2才になりたてのとき車両内で騒いだら、初老の男性に頭ごなしに怒鳴られたのがトラウマになっています」

「子供を連れているのを不快に思う人はわざと子供に当たってきたり、子供乗せるなよ。と呟く人もいたりして、その時は電車を降ります」

 など、保護者からさまざまな苦悩が寄せられている。

 平本さんは、「これだけたくさんの人が、電車や地下鉄に使いづらさを感じています。とりわけ『電車が子どもにとって危険』との事実は見過ごせません。いま子どもたちが抱えるリスクを取り除かなければならないと思いました」と話す。

◆子ども用の座席がないのはおかしい

 アンケートでは8割の人が、子ども優先スペースのような「子ども専用車両」を望んでいることもわかった。「子ども運賃もあり、鉄道会社は子どもの利用を想定しているが安全確保が不十分。全ての列車に実装すべき」といった意見が出ている。

 平本さんは結果をもとに、「子育て応援車両」設置を求めた要望書を作成。小池百合子東京都知事に提出した。都知事からは、「国会議員時代には、女性専用車両設置を実現した。その立場の人間として、前向きに検討したい。子育て応援車両が一両でもできたら、東京がもっとよくなると思う」との回答があった。

 子どもに配慮すべきとの議論は以前からあり、都営大江戸線では今夏から一部の車両に「子育て応援スペース」の設置を決めている。座席をなくし、ベビーカーや抱っこひもで子どもと利用する乗客のための空間を設ける。

 平本さんは子育て応援車両のイメージとして、JR九州が運行する「特急あそぼーい」を挙げる。車内には、子どもが座りやすい座席や絵本を読める図書スペースなど、子どもが楽しく利用できる工夫が凝らされている。特急電車の事例だが、「都心の在来線でも、子どもをひとりの乗客として尊重した機能の実装を求めます」と平本さんは意気込む。

「子育て応援車両が、子育てを取り巻くすべての問題を解決するわけではありません。しかし最寄りの保育園に入れず、満員電車に乗らざるをえない人たちや、ひとりで電車に乗る子どもたちが直面するリスクは減らせます」

◆乗客同士が思いやれる社会が理想

 平本さんは、子育て応援車両の設置を「期間限定の措置」ととらえる。

「子育て応援車両がなくても、乗客同士が自然と思いやれる状況が理想です。もちろん、子育てをしてみないとわからないことはあります。当事者になれなくて、いま子どもや子連れ利用者が電車で危険を抱える事実の意識はできるはずです。子どもを社会の一員として受け入れる社会を目指します」

 親が子育てしやすい環境を訴えると、「好きで産んだんだろ」「わがままを言うな」といった自己責任論で批判する人が出てくる。しかし、加速する少子化を食い止めるためには、子どもと一緒に暮らしやすい環境整備は急務だ。

 子育て応援車両に反対意見を唱える人はいるが、子どもや子連れ利用者の心理的、身体的安全を保障する車両の設置は、極めて大切だ。今後の動向に注目したい。

<取材・文/薗部雄一>

1歳の男の子を持つパパライター。妻の産後うつをきっかけに働き方を見直し、子育てや働き方をテーマにした記事を多数書いている。

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