「オウム事件と報道」について、なぜTBSビデオ問題が重要なのか

「オウム事件と報道」について、なぜTBSビデオ問題が重要なのか

TBS特別番組「証言」

◆ビデオの開示から坂本弁護士一家殺害まで

 5月7日に配信した記事、〈茨城大ゼミ「宗教と報道」発表の拙さと「オトナの責任」〉で、オウム事件をめぐる「TBSビデオ問題」に触れた。改めて、当時TBSが放送した謝罪・検証番組をもとに、この問題の重大性を整理してみたい。

 TBSがオウムにビデオを見せた経緯はこうだった。1989年10月26日、オウムは富士山総合本部道場にメディアを集めて、水中に長時間潜る「水中クンバカ」という修行の風景を取材させた。しかし麻原自身は水中クンバカを行わなかった。その際、TBSのワイドショー番組「3時に会いましょう」が教祖・麻原彰晃へのインタビューも行った。そこでリポーターが布施の問題に触れた途端、上祐史浩を含め麻原を取り囲む弟子たちが一斉にリポーターをなじり始めて紛糾。取材終了後も口論が続いた。

 さらに同日深夜、早川紀代秀、上祐史浩、青山吉伸らオウム幹部が東京・千代田区にあったTBS千代田分室を訪れ、プロデューサーらに対して坂本弁護士へのインタビュー映像を見せるよう要求したのだ。

 「3時に会いましょう」は坂本弁護士のインタビューも同じ日に収録していた。主に以下のことを語る内容だった。

・娘が出家して行方不明だという親からの相談を受けた

・多額の布施という名目で借金を背負わされているという相談も来ている

・信教の自由はあるが、社会の中でやっている以上、社会的なルールはある

・宗教を利用したインチキ商法になっているとすれば社会的に断罪されるべき

・オウムは社会的に逸脱しているし金儲けについても疑惑がある

・弁護士としても法律問題として考えざるを得ない

・オウムはウソに基づいて物品を販売しているので詐欺になる

 TBSがビデオを見せた4日後の10月30日、同じ教団幹部3人は坂本弁護士の事務所を訪問し、教団に対する訴訟を避けるため交渉したが決裂。11月4日未明に岡崎一明、村井秀夫、新実智光、早川紀代秀、中川智正、端本悟らによって坂本弁護士一家の殺害が実行された。

◆問題発覚後も事実を否定し続けたTBS

 オウムによる犯行だったことが判明したのは、1995年の地下鉄サリン事件と警察による強制捜査の後だった。TBSがオウムにビデオを見せた事実も、それまで6年間、闇に葬られたままだった。教団への強制捜査後、実行犯の1人である早川紀代秀(昨年7月に死刑執行)がTBSでビデオを見て麻原に報告したと供述。これを1995年10月19日に日本テレビがスクープしたことで、問題が公になった。

 それより前の9月初旬から、TBSは繰り返し東京地検による事情聴取を受けていた。その場で、早川らがTBSでビデオを見たことなどが記された、いわゆる「早川メモ」の内容も示されていた。ビデオを見せたことが、坂本弁護士に対する麻原の殺意形成に関わっている疑いがあったからだ。しかし「社内調査」に対して、「3時にあいましょう」のプロデューサーらは「見せていない」「見せた記憶はない」と主張した。

 検察が「早川メモ」の内容だとしてTBSに示した情報の中には、坂本弁護士インタビューを見ていなければわからないほど内容が一致したものもあった。しかしTBS側は、手書きである「早川メモ」の現物ではなくワープロ打ちのものしか示されていないという理由で、その事実を受け入れなかった。

 検察はTBSに対して家宅捜索も行った。「早川メモ」の内容を日本テレビがスクープしたのは、家宅捜索当日の10月19日だった。TBSは日本テレビに対して抗議した。

 当時の日本テレビ報道局・北澤和基社会部長は、後にTBS自身が放送した検証番組で、こう語っている。

「10月19日というのは、TBSに捜索に入るという話が入りましてね。捜索が入った以上、報道機関TBSだから、これはTBSが自ら放送するだろうと思って、実はこっちが放送に踏み切った。ところが蓋を開けてみたら昼放送の後、いきなり抗議なんですね。複数の局長から抗議の電話がかかってきました。これは驚きましたよ。っていうのは、日本テレビの放送というのは、TBSが(ビデオを)見せたとは伝えてないんですよ。TBSでオウムの幹部が見たという早川被告の供述がされたんですね。これは否定は本来できないんですよね。これは驚きました」

 TBS側は同日夕方のニュース番組「ニュースの森」で、日本テレビに対して抗議した旨を放送し、改めて「ビデオを見せた事実はありません」と表明した。

 放送直前に社会部長からの電話で反論原稿の内容を聞かされたTBSの司法担当キャップ(当時)・真木明氏は、前出の検証番組でこう語っている。

「そんなニュースを出したら、もう大変なことになる。これを出してしまえばもう引き返せなくなると、けっこう声を荒げて反論しました。(それに対する社会部長の反応は)結局のところは時間がないというのと、上の決定だからどうしょうもないと」

 前出の北澤氏は同検証番組で、こうも語っている。

「もっと驚いたのは、これは(オウムにビデオを見せた)ワイドショーの問題ですよね。それを報道局のニュースが否定したっていうことですよね。事実を知ってるなら全てを報道すればいいんですよね。で、事実がよくわからないなら、これは本来は報道はできないはずですよ。それが、筋違いの否定と抗議だけと。これは一方的な社告ですよ。これは報道ではありませんよね。もうTBSさん、いったいどうなっちゃったんだろうと、本当に思いましたよ」

 問題発覚後の対応として、TBSの組織の「上の人」が自社の「報道」をも歪めてしまった。事後対応としての組織ジャーナリズムの問題も含めて「TBSビデオ問題」である。

◆4時間近くに及ぶ謝罪・検証番組

 翌1996年になっても、TBSはビデオを見せていないと主張し続ける。坂本弁護士一家殺害事件に関する早川被告の初公判当日の3月12日、TBSは記者会見を開き、ビデオを「見せていないと確信している」と発表。3月19日に衆議院法務委員会に参考人招致された大川光行常務(当時)も、同じ証言を繰り返した。

 しかし3月23日、TBS側も「早川メモ」を入手。その内容を受けて、曜日担当プロデューサーは社内調査チームに対して「見せた記憶はない」との主張は維持しつつも、「見せたとしか思えない」と言い始めた。TBSは3月25日に一転して謝罪を表明した。

 約1カ月後、TBSは謝罪と検証の番組を放送する。1996年4月30日、夜7時から3時間50分にわたるものだった。〈特別番組「視聴者の皆様へ」〉と題する謝罪が20分間、〈特別番組「証言」─坂本弁護士テープ問題から6年半〉と題する検証が3時間30分。本稿での関係者等の証言は全て、この番組からの引用だ。

 番組の中で、オウムにビデオを見せた2人のプロデューサーも、顔や名前を出さないままインタビューを受けている。曜日担当プロデューサーは、ビデオを見せた事実を坂本弁護士に伝えたと主張した。「見せた記憶はない」はずだったのに、坂本弁護士に伝えたというのだ。そして結局、インタビュー中に、坂本弁護士には伝えなかったと認めている。

◆「見せてない」はずなのに口止め?

 検証番組の中で、番組プロデューサーはこう証言している。

「(オウム側が)インタビューに答えるなら、(坂本弁護士の)VTRを見せてもいいということをぼくは言ったと思います。両方の意見が対立意見があったほうがいいので、交渉事だと思っていました。でもそれは拒否されたんですね」

 検証番組では、ビデオを見せたかどうかについて、番組プロデューサーは「見せていない」、曜日担当プロデューサーは「覚えていない」との立場だ。しかし早川は供述調書の中で、ビデオを見たことは公言しないようにとTBS側から要請されたと語っていた。

 曜日担当プロデューサーは検証番組の中で、こう語っている。

「私が言ったか番組プロデューサーが言ったかというのは、まだ明確じゃないんですけども、そんなことは言ったんではないかなあと、何となく感じるものはあるんですね」

 聞き手から「そう言ったということは、ここで見せていなくても別のところで見せたという認識はあったのでは?」と尋ねられ、曜日担当プロデューサーは「結果的にはそうですね」と答えている。一方の番組プロデューサーは、口止めについても全否定した。

 坂本弁護士一家殺害事件が発生した11月4日から11日後の15日になって坂本弁護士一家「失踪」事件として神奈川県警が公開捜査に踏み切ると、「3時にあいましょう」内の報道局によるニュースコーナーで坂本弁護士のインタビュー映像を約10秒流した。しかし音声を消し、語った内容は放送されなかった。後のTBSの社内調査により、「3時にあいましょう」から報道局に映像が渡された時点で音声が消されていたことがわかっている。ワイドショーである「3時にあいましょう」はTBSの社会情報局、ニュースは報道局の担当だ。

 11月24日の「3時にあいましょう」では、坂本弁護士インタビュー映像のうち、オウムを名指しで批判する部分ではない箇所が音声つきで放送された。その時点では他のメディアはオウム真理教の名を報じずに「宗教団体」と言った表記で、坂本弁護士一家「失踪」事件に関する疑惑を報じていた。

 11月30日。麻原はドイツのボンで会見を開き、坂本事件との関係を否定した。これを受けて翌12月1日、「3時にあいましょう」は、坂本弁護士のインタビュー映像のうちオウムを批判する部分を音声つきで放送した。ところが、社内ではこの映像はその後使用禁止となり、同局の他番組も含めて使用されることはなくなった。

 その理由は不明だ。そもそも番組プロデューサーと曜日担当プロデューサーがビデオを見せたことについて「ない」「覚えていない」と主張している以上、ビデオを見せたり放送を中止したりした理由、ほんの一部とは言え一度は放送した映像を以降「お蔵入り」にした理由を、彼らが語るわけがない。

◆オウムとのバーター疑惑

 ワイドショーである「3時にあいましょう」(TBS内の社会情報局が担当)のオウムに対する対応に関連して、同社の報道局(ニュース担当)もからんでのオウムとの「取引」があったのではないかとの疑惑もあった。

 麻原はボンでの会見直前にTBS報道局の単独インタビューに応じている。坂本事件発生後初の単独取材だ。これについて早川は、坂本弁護士インタビューの放送を中止してくれた「お返し」として「スクープさせてあげた」と供述している。

 単独インタビューの交渉にあたった当時の報道局・西野哲史記者は検証番組の中で、坂本弁護士インタビューの放送中止への関与や、単独インタビューが「見返り」だったことを全否定。

 西野記者は「3時にあいましょう」や社会情報局とは別途、独自にオウムへの取材を試み、取材交渉などのやりとりをしていた。しかし「早川メモ」には、こんな記述もあったとされる。

「西野さんのルート 五分五分だと思った

やめたことはTBSの判断

録画を見せたことは公言しない

紳士的である」

 坂本弁護士インタビューを放送しないようオウム側から依頼があったかどうかについて、西野記者は検証番組内で「記憶にない。仮にあったとしても、自分から『3時にあいましょう』に対して放送中止を求めることは口が裂けても言えない」という趣旨の発言をしている。

 オウム側が、社会情報局と報道局といったTBS内の組織を理解しておらず混同していた可能性も、もちろんある。「3時にあいましょう」の対応を報道局の西野記者による「配慮」だと勘違いした可能性だ。しかし仮にそうだとしても、「3時にあいましょう」が放送を中止したことで、オウムに「マスコミは単独取材などを条件にしたバーターで操ることができる」という成功体験を与えた可能性は否定できない。

 ボンでの記者会見前日、曜日担プロデューサーが担当ディレクターに「千代田(分室)にオウムが来た。坂本さんのテープを使わないことで話をつけた。オウムとは今後とも上手くやりたいので、質問はお手柔らかに頼む」と言ったという。これが事実なら、TBS側もオウムとの関係を意識して忖度しており、オウムとの間で少なくとも「暗黙のバーター」が成立していたことは間違いなさそうだ。

 いずれにせよ、放送中止に報道局が関与したかどうか、その見返りについての約束や実行があったのかどうか、検証番組ははっきりした結論には至っていない。

 前述のように、「3時にあいましょう」の番組・曜日担当の両プロデューサーがビデオを見せたことについて「ない」「覚えていない」と言い張っているのだから、バーターの有無や内容についても語るわけがない。

◆「報道の教科書」

 TBSビデオ問題が事件の決定的な原因となったかどうかについては、断言はできない。しかしオウムにビデオを見せない、あるいは見せたことを坂本弁護士に伝え、放送もするということをしていれば、坂本弁護士がいつも以上に身辺に気を遣うなどして事件を防ぐことができた可能性はある。

 というのも、坂本事件では犯行当日、たまたま坂本弁護士の自宅の鍵がかかっていなかったとされている。ゆえに実行犯らは物音を立てずに侵入し、坂本弁護士に抵抗の余地をほとんど与えずに実行できた。「いつも以上に身辺に気を遣う」だけで結果が大きく変わった可能性が指摘されるのは、このためだ。

 あるいはTBSが、事件発生後に一瞬だけ使ってお蔵入りにしてしまうなどということをせず、疑惑追求の参考情報として活用できるものとして世に示していたら。坂本弁護士一家殺害事件を防ぐことはできずとも、早期に解明され、オウムによる以降の事件は起こらなかったかもしれない。

 「たら・れば」ばかりだが、そう考えたくなってしまうほど、多くの人々にとって悔しさが残る「事件」だ。

 なぜ、TBSはビデオを見せたことについて警察に通報するなどしなかったのか。その点について、検証番組内で、サンデー毎日の元編集長・牧太郎氏は、こう語っている。

「ケースバイケースなので断言はできませんが、ぼくは全て報道することによって、読者に知らしめることによって、全ての仕事がやり遂げ(られ)ると思っているんです」

 メディアにとっての「通報」とは報じることである。報道をせずに警察等にだけ取材内容を伝えるとしたら、それはそれで、権力から独立した存在であるはずの報道が警察の下請けに成り下がってしまう。警察に直接伝えようが伝えまいが、報道することが報道の原点だ。

 報道とは、直接には記事や放送として世に出たものを言う。しかし報道がどうあるべきか考えるとき、何についてなぜ報道しないのか(報道しないことが正しいのか)も考える必要がある。取材対象との関係の作り方等、記事や放送の内容だけからは必ずしも見えない部分もある。自社の問題が指摘されている場面において自社の報道媒体を「社告」として使うのか、その場面においてもなお報道の挟持を維持できるのか、という問題もある。TBSの対応姿勢に異を唱える社内の意見が活かされない組織の問題や、会社幹部らの判断能力の欠如といった問題もあるだろう。

 報道、特にテレビや新聞のような組織ジャーナリズムのあるべき姿は、こうした様々な側面を考えなければ探求することができない。

 その全て詰まっているのが、「TBSビデオ問題」だ。その点で、報道に関する教科書と言ってもいいかもしれない。TBSの謝罪・検証番組は、十分な検証がなされたとは言い難いものの、通常であれば知ることができない報道の舞台裏を知ることができる。検察とのやり取りをめぐる部分には、国家権力に対する報道サイドの論理や感覚もよく表れている(決してそれ自体が全て否定されるべきものとは限らない)。

 検証番組の内容はもとより、当時おそらく相当な絶望感や屈辱の中でこの番組を作ったのであろうTBS関係者たちの努力そのものも、報道のあり方に対する問いかけなのではないか。

 TBSをいい悪いと言うための道具としてこの問題を蒸し返すのではなく、大きな教訓を含んだ貴重な歴史資料として、この検証番組をぜひ多くの人に見てもらいたい。前回の記事で触れた茨城大・村上信夫ゼミの学生たちにも、だ。

 著作権との関係から言えば問題がありそうなので大きな声では言えないが、いまもYouTube上で見ることができる。報道の勝利を描いた『ペンタゴン・ペーパーズ』の逆バージョンで、「報道の自滅的敗北の歴史」として映画化でもしてもらえれば、多くの人に勧められるのだが。

<取材・文・写真/藤倉善郎(やや日刊カルト新聞総裁)・Twitter ID:@daily_cult3>

ふじくらよしろう●1974年、東京生まれ。北海道大学文学部中退。在学中から「北海道大学新聞会」で自己啓発セミナーを取材し、中退後、東京でフリーライターとしてカルト問題のほか、チベット問題やチェルノブイリ・福島第一両原発事故の現場を取材。ライター活動と並行して2009年からニュースサイト「やや日刊カルト新聞」(記者9名)を開設し、主筆として活動。著書に『「カルト宗教」取材したらこうだった』(宝島社新書)

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