登戸の通り魔事件で取りざたされる「高齢ニート」は一括りで語るべきではない<不動産執行人は見た33>

登戸の通り魔事件で取りざたされる「高齢ニート」は一括りで語るべきではない<不動産執行人は見た33>

事件が起きるとやたらと矛先を向けられる高齢ニートだが……

◆助長され兼ねない「高齢ニート」への偏見

 来日中だった米トランプ大統領が帰国の途につこうかという5月28日午前7時45分頃、神奈川県川崎市の登戸駅付近で痛ましい事件が発生した。

 51歳の男が手にした包丁で付近の小学生ら19人を次々と襲い、小学6年生の女子児童と外務省勤務の男性が命を奪われるという凄惨な通り魔事件だ。

 この通り魔事件では加害者である男の素性として「引きこもり状態」とする報道が日本中を駆け巡ることとなり、昨今の高齢ニート問題と相俟って彼らに対する憎悪や危険視、偏見といった意見が助長されている。

 報じられる情報やイメージのみを頼りとした分析から、そのような感情・感覚を抱くことは仕方のない流れと言えるのかもしれないが、差し押さえ・不動産執行で多くの「高齢ニート」や「高齢引きこもり」を目の当たりにしていると、一元的な論調には疑問を禁じ得ない――。

「実際の高齢引きこもりは罪悪感から身動きが取れない」

「インターネットが高齢ニートに悪影響を与えている」

「高齢引きこもりはコミュニケーションロスから社会への憎悪を抱えている」

 これらは何らかの識者から出されたコメントとしてインターネット上を浮遊するものの要約だが、極めて異質な一部分を切り取った見解とも言えるのではないだろうか。

「高齢ニート」「高齢引きこもり」に対する“主たる傾向”として扱ってしまうには、少々イビツさが否めない内容にも感じられる。

◆「高齢ニート」は想像以上に多く、それだけ千差万別

 まず念頭に置かなければならないのは、「高齢ニート」「高齢引きこもり」と言われる状況のものが、思い描く以上の家庭に存在しているということ。

 それだけ人数が多いということは、現状に至るまでの理由も様々で、病気や発達障害にうつ症状、コミュニケーション障害やイジメ被害を原因とするものもいれば、親からのネグレスト、セルフネグレスト、逆に親からの溺愛や過保護からくるもの、他には人に語れる理由もとくになく流れ流され現状に至ったというものも少なくない。

 家族との接し方も千差万別。

 これまで出会った事例を分類すると、家族との円滑なコミュニケーションを取りながら暮らすものが大半となり、次いで家族との軋轢は抱えながらも家庭内には良き理解者を持つもの、そして何らかの看病を受けながら暮らすものが続く。

 一般的にイメージの強い、家族とコミュニケーションを全く取らない事例や、暴力的な言動が目立つという、家族の身動きが困難なほどの“困った事例”は全体の極少数だ。

 実際このような“困った事例”に出会うことももちろんあるのだが、比率として“困った事例”が大多数であれば、現状とは比較にならないほどの社会問題になっていたことだろう――。

◆「コンビニに行くのは初めて」と言った40代ニート

「一緒について行っていいですか? コンビニ」

 20年ほど新調していないであろう着古したジャージを寝巻き兼部屋着にしている40代の高齢ニート男性が興味津々で切り出す。

 その発言の矛先は、不動産の登記図面が見つかったためコピーとりを命ぜられた私に向けられていた。

 断る理由もないため「構いませんよ」と彼の家から徒歩1分ほどのコンビニへと2人で向かう。

「淹れたてのコーヒーが、買えるんですね!? いや、聞いてはいましたけど」

 自動ドアが開くなり、今では当たり前とも言えるコンビニ店頭のコーヒーマシーンに大きな声をあげる。そんな自身の声に驚いたのかこう続けた。

「すみません。初めてコンビニに来たもんで……」

 今や日常生活で最も入店に関する敷居の低い店とも考えられるコンビニに来たことがない、この告白自体も衝撃ではあったが、その理由について訪ねた際の答えもまた私にとって衝撃だった。

「いや、行く理由がなかったもんで」

 “引きこもり”という能動的な言葉から、我々はどうも積極的に家や自室から“出ないぞ”と強い意志で引きこもる彼らの姿をイメージしがちだが、“出る理由がない”というなんとも受動的な理由から行動範囲を限定しているものも少なくないのだ。

 また、そんな「高齢ニート」「高齢引きこもり」の多くは、世間的に悪者にされがちなインターネットに救われているフシがある。友だちを作り、外界の知識を得て、セドリなどで収入を得るものに、趣味を作るもの。インターネットを通じて知り合った人物とのオフ会や交際といった事例まである。

◆人それぞれに違う「常識」に思いを寄せること

 我々はどうしても自分の手元にある“常識”という公式を当てはめ、対象となる人物に関する回答をアバウトに導き出しがちだ。

 ところが実際には人それぞれが持つ“常識”も違えば、考え方も違う。「高齢ニート」「高齢引きこもり」と一括りに考えてしまって良いものではなく、我々と同じく一人ひとりに異なる事情がある。

 まずは対象となる人物のもつ“常識”や考え方に価値観、このようなものに思いを寄せてみることが重要なのではないだろうか。

 自分の持つ“常識”を一方的に当てはめての計算ではもちろん割り切れない部分が出てくる。そんな割り切れない部分を切り捨て、自分にとって都合の良い部分だけを誇張し“回答”として提示する。

 そのような切り口で他者を語ること、それは差別や偏見との誤差も少ない“近似値”と言える表現方法なのではないだろうか。

<文/ニポポ(from トンガリキッズ)>

2005年、トンガリキッズのメンバーとしてスーパーマリオブラザーズ楽曲をフィーチャーした「B-dash!」のスマッシュヒットで40万枚以上のセールスとプラチナディスクを受賞。また、北朝鮮やカルト教団施設などの潜入ルポ、昭和グッズ、珍品コレクションを披露するイベント、週刊誌やWeb媒体での執筆活動、動画配信でも精力的に活動中。

Twitter:@tongarikids

オフィシャルブログ:団塊ジュニアランド!

動画サイト:超ニポポの怪しい動画ワールド!

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