自己啓発セミナーと化すヨガイベントの恐怖。組体操まがいの動きから「隣の人と褒め合いましょう」まで

自己啓発セミナーと化すヨガイベントの恐怖。組体操まがいの動きから「隣の人と褒め合いましょう」まで

某ミッドタウンなどでも、集団ヨガが始まるシーズンであるが……(写真は本文と関係ありません)

 スピリチュアルの異様な広がり、そしてスピリチュアルと自己啓発セミナーの接近・合体する現状を以前報告した*が、一般公開されたイベントでも自己啓発に浸食された事件があった。

<*参照:”妻がいつのまにか教祖・信者に!? 個人が新興宗教化する時代”-HBOL>

◆高級マンション街のヨガイベントで……

 毎年このシーズン、高級レジデンスが立ち並ぶ港区の某所では野外ヨガのイベントがある。ヨガと聞くと女性を連想しがちだが最前列には男性がずらり。ヨガブームを反映してか男性参加者の多さに驚く。筆者もここに参加してみた。

 だが、今年は異常な雰囲気だった。まず異様なまでに撮影に厳しく、開催中も含めて係員が見回った。そして、さらなる問題はヨガ開催中に起こった。

 今回、いきなり「隣の人と手をつないで足を上げてバランスを取りましょう!」などという、一歩間違えば大けがに繋がるポーズを公式撮影のために何度もやるように呼びかけられた。

 なぜ赤の他人と手をつながなくてはならないのか。しかもマスゲームのような多人数で一斉に行う集団演技を要求される。マスゲームを写真撮影したいという開催側の意図に至ってはまるでかの国の競技会を連想させた。

◆組体操まがいの動きはヨガにはないはずなのに……

 マスゲームは言わずと知れた集団思想の育成方法のひとつだ。都内でも組体操による事故が多発している状況で一列に40人もの人の手をつながせて片足でバランスを取る必要はヨガ自体にはない。

「集団づくりに効果がある」として取り入れられるマスゲームや組体操をヨガイベントに組み込む意味をぜひ伺いたい。

 しかも、参加誓約書に開催中の時間内に起こった怪我には責任を持たないという一文がある。

 それにもかかわらず、事故が起こりやすいバランスの取れない足上げポーズを連発させるのは危機管理に問題があるといわざるをえない。野外ヨガはほとんどが個人参加、隣はあくまで赤の他人である。

◆「隣の人と褒め合いましょう」ってヨガに必要?

 十分にうんざりさせられたが、比較のために他の日にも参加してみた。そこでは、もっと酷い惨状が繰り広げられていた。

 タレントと思われる女性がヨガ講師としてその日は檀上に立った。開口一番、「隣の人と挨拶して自己紹介しましょう。そして自分の良いところを褒めあいましょう」と彼女は言う。

 自己啓発セミナーで最初にやる、「例のシェア」である。ここはヨガイベントであって、自己啓発セミナーの技を繰り広げる必要はない。

 このご時世、他人に個人情報を漏らすなど持ってのほか。それをイベントで無理やりさせられるのだからたまらない。その後も、隣の人と触れ合わせたい内容が続いた。ヨガも、「挨拶した隣の人の足の裏を持ってあげましょう」などと隣の人との無理やりな交流を強要する。

 しかもヨガ講師で壇上に講師として来ているにもかかわらず、ヨガの定番ポーズを「腕立て伏せ」と呼んだりと、素人丸出し。参加していた中央部の参加者数人が、「そのポーズはチャトランガ」と突っ込んでいた。あまりにも素人すぎて「足を足のほうに延ばして」という説明には苦笑するしかなかった。

 最後の最後にも「隣の人と自分を称えあいましょう」という調子だったので、筆者は早めに席を立つことにした。

◆自己啓発セミナーの下地をヨガで刷り込まれる

 そういったおかしな風潮を、世間を知らない若い受講者はそのまま受け止めてしまう。危険視するべき自己啓発セミナーの下地をヨガに通っているだけで刷り込まれてしまう。危険な兆候だ。

 それにしても自己啓発に染まりすぎた内容を「ヨガ」として開催する主催者の意図はどこにあるのか。

 たまたま居合わせた赤の他人との協調を押し付ける姿勢に、疑問を感じ得ない。

 ベテランヨガ講師に現状を聞いたところ、「独立起業のためにコンサルタントがヨガ講師に自己啓発セミナーは行くように勧めている場合もある。知らずに通ってしまうので危険と知らずにハマる人がいるのは仕方がない」という。

 あちこちに怪しいスピリチュアルや自己啓発セミナーが潜んでいる昨今、家人や恋人がヨガを熱心にやっていると思っていたら、いつのまにか自己啓発セミナーに足を突っ込んでいたとならないことを祈りたい。

<取材・文/小手平走歌>

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