眠りに就く大阪のイベント聖地「千里セルシー」――再開発はどうなる?

眠りに就く大阪のイベント聖地「千里セルシー」――再開発はどうなる?

眠りに就く千里セルシー・セルシー広場

◆高度成長期の夢の跡がまた一つ消える

「日本初の大型ニュータウン」に登場した夢の街。

 街の真ん中に生まれたお城のようなショッピングセンターは週末になると芸能人が来館し、溢れる人・人・人――千里ニュータウンの中心・千里中央駅前にある「千里セルシー」(大阪府豊中市)といえば、多くの芸能人がイベントをおこなう「聖地」として全国的にも知られるショッピングセンターであった。

 そんな千里セルシーが50年近い役目を終え、静かに眠りに就こうとしている。

◆日本初の大型ニュータウンに生まれた「聖地」

 大阪・梅田から約10数キロメートル北側に位置するニュータウン「千里ニュータウン」の開発計画が生まれたのは今から約60年前の1958年のこと。

 戦後の人口増加により大阪府などが計画したもので、1962年に1期まちびらきが行われたのち徐々に規模を拡大し「日本初の大型ニュータウン」となった。全体の開発面積は大阪府豊中市から吹田市にかけての約 1,160ヘクタールにも及ぶ。

 その先進的な街づくりは注目を集め、1966年には昭和天皇が行幸されたほか、1969〜1970年には千里地区の公団団地が万博従業員の外国人村となっていたこともある。また、日本初の本格的自動改札機が導入されたのも阪急千里線で、1967年の延伸開業に合わせたものであった。

 千里セルシーが開業したのは、大阪万博直後の1972年。当初はゼネコンの「フジタ工業」(現・大和ハウス工業グループの「フジタ」)傘下の「千里レジャーセンター」により運営され、映画館やボウリング場など娯楽系テナントを中心とした複合商業施設であった。建物は地上6階・地下1階建で、延床面積は約45,305u。北大阪急行千里中央駅(1970年開業)と人工地盤で直結されている。

 その後、リニューアルを重ね、1977年には当時全国で最も勢いがあったスーパーである「ダイエー」が新たな核テナントとして出店。2000年ごろにはゲームセンター「こどものくに」(ハローズガーデン)、スポーツクラブ「ルネサンス」、映画館「千里セルシーシアター」など100以上の専門店が出店し、多くの客で賑わった。

 以降、何度か経営者が変わったのち2000年代からは阪急グループの運営となっており、現在は阪急阪神HD傘下の「阪急阪神ビルマネジメント」が管理・運営を行っている。

 千里セルシーの名を全国に知らしめたのが、中央にある「セルシー広場」だ。

 セルシーの建物はイタリアのコロッセオをイメージして造られており、スリバチ状になった建物の中央に設けられたのがセルシー広場だった。造りの斬新さも然ることながら、その知名度を「全国区」へと押し上げたのはセルシー広場で毎週末行われる「イベント」だった。

 セルシーが生まれた1970年代は、芸能人のイベントといえば都心のデパートの屋上などが多かった時代だ。しかし、セルシーは郊外に位置しながらも「梅田から電車直結約20分」という利便性に加えて「コロッセオ型の建物とその中心に設けられた広場」という構造もあって多くのイベント誘致に成功。2000年代に入ってもきゃりーぱみゅぱみゅや倉木麻衣、矢井田瞳といったソロシンガー、ジャニーズ、ハロー!プロジェクト、AKB48などのアイドルグループ、そして氷川きよしなどのベテラン演歌歌手など、毎週末のように日本を代表する芸能人のイベントが開催され、やがてそれらのアーティストのファンから「聖地」とも呼ばれるようになった。開催日の各フロアのデッキはまさに「コロッセオ」の様相を見せた。(ここでイベント開催時の写真を掲載したいところだが、イベント中は撮影禁止なのである)

 関西エリアの人でなくても好きな歌手やアイドルが居るならば、CDに封入されたイベント案内などで「大阪・千里セルシー広場」の名を見聞きしたことがある人も多いであろう。

 こうした様子は全国各地のディベロッパーからも注目を集め、各地のニュータウンにおける「タウンセンター」の建設に際しても参考にされることとなったという。

◆隠せない老朽化――再開発の決定打は「大阪地震」

 近年まで多くの店が並び、毎週のようにイベントが開催されていた千里セルシー。

 しかし、令和の世を迎えたこの5月、セルシー館内はそんな光景はまるで夢であったかのように静まり返っていた。そして5月31日からセルシーは殆どの区画が「閉鎖」となり、約50年に亘って親しまれた建物は深い眠りに就くこととなった。

 閉館の理由は、端的に言えば「施設の老朽化」だ。

 先述したとおり、千里ニュータウンは「日本初の大型ニュータウン」であり、セルシーも間もなく開業から50年を迎える。

セルシー閉館の動きが最初に明るみになったのは、管理者である阪急阪神グループが一部店舗に対して「老朽化のため契約の更新ができない」と通知したことによるものだった。

 阪急阪神グループは、隣接する百貨店「千里阪急」も運営しているが、こちらも1970年開店で老朽化が進み、折しも建て替えが検討されていた。そのため、「セルシーが阪急建替えの巻き添えにされるなんて」と反対の動きも起きたという。その後、同グループはセルシーを保有していた特別目的会社(SPC)に15億円を出資することで、セルシーの建物自体を管理下に収めた。

 そうしたなか、大きな転機となる出来事が訪れる。それは2018年6月18日に起きた大阪北部地震だ。

◆2018年の大阪北部地震が「とどめ」に

 震度5強の揺れに襲われた千里セルシーは建物の損傷を理由に休館を発表。一部では「再開発を進めたい阪急側の思惑によるものだ」とも囁かれたが、建物には外から見ても分かるほどの亀裂が発生しており、セルシーは通路も含めて立ち入り禁止となった。

 その後、セルシーは低層階の一部で営業を再開したものの、「老朽化」による危険性が現実のものとなったことで、大部分が営業を休止。核店舗であるダイエーも休業を続けたままだ。

 そして、セルシーは地震から約1年を迎える2019年5月31日限りで館内の大部分や自由通路を閉鎖。6月からは飲食店5店舗、学習塾1店舗、パチンコ1店舗のみが残る状態となっている。阪急阪神ビルマネジメントは撤退交渉について「引き続き誠意をもって協議してまいります」としているが、再開発までの道はまだまだ遠いものと思われ、残念ながら当面は「廃墟を晒す」ことになる可能性もある。

 かつて多くの人で賑わったセルシー広場からエレベーターシャフトを見上げると、最上階のデッキとの接続部分にはひび割れが見え、簡易的な保護ネットがかけられているのが見えた。

◆再開発はどうなる?――隣接地に続々「ライバル施設」

 さて、それでは千里セルシーは今後どうなるのであろうか。

 阪急阪神ビルマネジメントは今回の閉館に際して「隣接する千里阪急と弊施設(セルシー)との一体開発検討につきましては、現在も検討中であり、今後も取り組んでまいる所存」だとしており、近い将来の再開発は確実であろう。

しかし、セルシーが再び「大阪を代表する商業施設」の1つとなれるかどうかは不透明だ。

 セルシーの隣接地には、2017年に文化教室や銀行などを再開発して生まれた複合商業施設「SENRITO」が開業したばかり。「SENRITO」はよみうりグループ、関西電力などにより開発されたもので「イオンモール」が運営に参画。館内にはイオングループのスーパー「光洋」を核店舗に、アパレルの「GU」、「studio CLIP」、紳士服はるやまが運営するスーツ専門店「Perfect Suit FActory」、イオン系シューズ専門店「ASBee」、雑貨店「セリア」など約30店舗が出店。

 そのなかには「無印良品」や「ライトオン」、「田村書店」などのようにセルシーから移転した店舗も複数あった。光洋は2020年からダイエーの運営となることが決まっており、セルシーの核テナントである「ダイエー千里中央店」の行く末は既に決まっていたともいえる。

 また、それに隣接する「旧・千里大丸プラザ」も2013年に全面改装されて大丸松坂屋百貨店が運営する複合商業施設「オトカリテ」となっており、こちらはイオングループの食品スーパー「ピーコックストア」を核店舗にアパレル店の「GAP」、「ユニクロ」、「アーノルドパーマー」、「アーバンリサーチ・ドアーズ」、手芸店「ユザワヤ」、眼鏡店「Zoff」など約30店舗が出店している。さらに、千里中央駅の北側には2008年に新築されたヤマダ電機を核店舗にレストラン街などを備える複合商業施設「LABI千里」も開業している。

 かつては大阪有数の商業施設であったセルシーであったが、末期にはこうした隣接する「新たな商業ビル」に対して後塵を拝する状況となっていたことは言うまでもない。

◆セルシーの魅力だった「コト消費」を再開発で維持できるか?

 しかし、これらの施設とかつてのセルシーでは大きく異なっていた要素がある。それは「アミューズメント性」だ。

 現在のライバル店である新たな商業ビルはあくまでも近隣住民をターゲットにした「生活密着型」であるのに対し、セルシーはその広い面積を活かしてイベント広場のみならず「映画館」「ボウリング場」「プール」「スポーツクラブ」「ゲームセンター」、そしてフードテーマパークである「千里中華街」「ラーメン名作座」(これらの出店年代は一致しない)など、娯楽性の強い施設を多数出店させることで広域的集客を実現させてきたという経緯がある。

 阪急阪神グループは2018年にセルシーと千里阪急を一体再開発し、延床面積10万平方メートルを超える巨大施設を建設する方針を示している。しかし、千里セルシーがほぼ閉館したにも関わらず、具体的な再開発計画については2019年6月時点は完全に「未定」だという。

 セルシーがかつてのような複合商業施設としての存在感を示すには、大阪都心にも負けないような有力テナントを誘致しつつ、かつてのようなイベント広場はもちろん、高いアミューズメント性をも備えた「コト消費型」施設とすることが必須であろう。

 かつてセルシー広場で行われていたようなアーティストによるイベントの多くは、現在は「あべのキューズモール」(大阪市阿倍野区・天王寺駅前)など大阪市内の都心型ショッピングセンターで行われるようになっている。

 千里セルシーの再開発が完成した暁には、再び多くのアーティストが「千里中央」を訪れ、そしてこの地が再び「聖地」と呼ばれる日が来るのであろうか。阪急阪神グループのお膝元での大型開発であるだけに、その手腕に期待したい。

<取材・文・撮影/淡川雄太 若杉優貴(都市商業研究所)>

【都市商業研究所】

若手研究者で作る「商業」と「まちづくり」の研究団体。Webサイト「都商研ニュース」では、研究員の独自取材や各社のプレスリリースなどを基に、商業とまちづくりに興味がある人に対して「都市」と「商業」の動きを分かりやすく解説している。Twitterアカウントは「@toshouken」

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