れいわ・安冨歩候補が「子どもを守ろう」とだけ演説する理由

れいわ・安冨歩候補が「子どもを守ろう」とだけ演説する理由

7月4日、秋葉原駅前。右から安冨歩氏、山本太郎氏、筆者

◆「女性装」の東大教授がれいわ新選組から立候補

 参院選の投開票を7月21日に控え、立候補者の熱い演説が全国各地で始まっている。その立候補者の中でも際立っているのが、安冨歩(やすとみあゆみ)氏だ。

 安冨氏は、比例代表候補としてれいわ新選組から出馬した東京大学東洋文化研究所教授で、「女性装」でも話題を集めた人物。

 各地に馬を連れて「子どもを守ろう」と連呼し、楽しく歌いながら有権者ではない子どもたちとも対話を重ねている。このユニークな選挙活動のスタイルは、昨年7月に埼玉県東松山市長選に出馬した時から一貫している。

 しかも、今回の選挙戦では、「当選したら国政調査権を使ってこの国がどう作動しているかを解明したい」としつつも、「選挙期間中はすべての政治課題を判断する基準を『子どもを守れるかどうか』にしようと言いたい」とし、自分に一票を入れてほしいというアピールは一切しない。

 その真意はどこにあるのか?

 7月5日に新橋駅SL広場で行われた安冨氏の演説を引用しよう。(注:読みやすくするために文章を再構成・中略をしています。)

◆エリートコースを歩んだ安冨氏、自身は「虐待のサバイバー」

「私は名前を『あゆむ』から『あゆみ』に変えました。変えたら、名前を呼ばれてもドキッとしなくなりました。なんでドキッとしないのかなと思ったら、『あゆむ』が母親に叱られる名前だったことに気がつきました。

 親とは10数年前、妻と離婚しようとする時に母親が猛烈に妨害してきたので、弟経由で『もう連絡してくんな』と言ったら、それっきりうちの親は連絡してこないんですね。

 なので、振り切っていたつもりでいたんですけれども、名前を呼ばれるだけでドキッとしてしまう。本当に驚きました。子どもの虐待は、ふつうに虐待と思っているようなものだけではありません。私の両親は私を立派に育てました。

 京都大学に入って、住友銀行に入って、大学院に入って博士号を取って、東大の教授になるエリートコースに入ったんですが、その私は虐待のサバイバーだと思っています。

 京都大学に合格した時も、東大に職を得た時も、私はこれっぽっちもうれしくなかったんです。そういった時、いつも私はホッとしていました。成功する人間というのは、そういう人間です。『成果を上げなければ、生きてる値打ちなんかない』って心の底から思ってるから、成果を挙げられます。東大や京大に合格するような勉強のために青春を捧げるのは、まともな人間には無理です。『合格しなかったら死ぬ』って思ってるから合格するんです。そんなふうに子どもを育てるのは虐待です」

 誰もがうらやむような“エリートコース”を歩んできた安冨氏。1997年に出版した『「満洲国」の金融』(創文社)では、日本経済新聞経済図書文化賞を受賞してもいる。しかし、それは「成果を出せなければ、生きている価値がない」と思わされていたからだという。

 現代ビジネスのインタビューでは、親から受けた無言のプレッシャーについて語っている。子どもに過剰な期待をし、「いい大学に行かなければ」「大手企業に就職しなければ」と思わせるのもれっきとした虐待だと安冨氏は主張する。

◆「この国を主導する学歴エリートは、おびえている」

 それは安冨氏だけの話ではない。一流大学に進学し、官僚や大手企業の社員になるような学歴エリートは、みなそうしたメンタリティを植え付けられているという。

「この国は、学歴エリートによって主導されています。私たちエリートはおびえています。誰かに何かを言われるんじゃないかと。とくに、自分に力を振るうことのできる人に叱られるのにおびえています。

 50何歳にもなっても、親と縁を切って10年以上も経っているのに、東大教授で有名人なのに、『あゆむ』という名前を呼ばれただけで私はおびえるんです。子どもを守るというのは、私のような人間を作らないということです。そんな人間に社会を主導させたら、どうなるか想像してください。

 なぜエリートは、原子力発電所のような、最初から安全に運営することなど不可能なシステムを安全に運営できると信じられるのか。彼らは偉い人に叱られるのが怖いので、そう信じられるんです。そういう人々にこの国を任せてはいけません。おびえない人に任せないとダメなんです」

 エリートたちは、子どもの頃から自分より強い立場の人間と戦う勇気を育まれず、不当なことでも黙って従う大人になってしまう。原発を平然と推進できる「エリート」の官僚も、結局は上司が怖いだけの存在だ。そう、安冨氏は説いている。

 そうした人々に国の重要な決定を任せてはいけないという。

「自分自身が自分自身であるということを受け入れてる人、自分がおかしいと思ったら、おかしいと思える人。そういう人にしか重要な決定を任せてはいけません。

 安倍さんは学歴エリートではないです。だけど、彼はもっとすごいエリートの家の出身です。そういう人々もおびえています。お母さんに叱られるのにおびえています。おじいさんの夢を実現できないと叱られるから。

 恐怖にかられて決定を下す人に社会を任せれば、社会は滅亡に向かいます。私たちが必要としているのは、おびえない、やさしい、強い心を持った人々です」

◆「子どもを躾ける権利なんか大人にはありません」

 安冨氏は、そうした現代日本への処方箋として、こう結んでいる。

「楽しいことをやってください。そのための心を取り戻しましょう。私たちは子どもたちに学ばないといけません。子どもを叱るのをやめてください。子どもを躾ける権利なんか、大人にはありません。私たちの狂気を今日断ち切って、子どもたちを守って、本当に楽しい社会を今、作りましょう」

 毎年3000人ほどの東大生が卒業し、戦後70年以上を過ぎて約20万人以上の東大卒が日本社会にいることになる。しかし、貧困も、障害者や難病者の生きにくさも、子ども虐待も、原発依存も、東大卒は官僚になろうが、大企業に入ろうが、研究者になろうが、解決できなかった。

 偏差値で序列化される学力や学歴偏重の人材登用のシステムが、社会を生きやすいものに変えられなかったのは明らかだ。

 彼ら「エリート」の惨状を見据えると、安冨氏が自身のおびえを告白した上での「子どもを守ろう」と呼びかける言葉がずしりと重く響く。

 日本では、全国の児相に寄せられる子ども虐待の相談件数が30年前と比べて約130倍にまで増え続けてきた。だが、子ども虐待防止を強く訴える立候補者は今回の選挙でも極めて少ない。

 れいわ新選組では、比例の1位、2位の特別枠を難病者と重度障害者の候補が占め、3位に代表・山本太郎氏を据えているため、安冨氏の当選を危ういと見る向きもある。

 学歴エリートに支配されない社会に生きたい日本人は、どれだけいるのだろうか?

<取材・文/今一生>

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