産後うつで苦しんだ経験を書籍に。「子育てしやすい社会のために生かしたい」

産後うつで苦しんだ経験を書籍に。「子育てしやすい社会のために生かしたい」

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「『たすけて…もう限界…だれか…たすけて…。』わたしは繰り返し携帯で電話をかけていました。夫に。母に。けれども仕事中の彼らからの返事は、ありません」

 産後に心身のバランスを崩した20代女性の言葉だ。読むだけで切迫した状況が伝わってくる。

「産後うつ」は、出産した女性の10人に1人に発症のリスクがあると言われる。妊娠・出産で疲弊したところに育児のプレッシャーがのしかかる。誰かに助けを求めようにも、「母親なんだからしっかりすべき」という母親像を押し付けられ、限界を迎えてしまうのだ。

 冒頭で紹介した文章を綴ったのは、3年前に産後うつと不安障害を併発したリトマムさん(@Little__mom)だ。家族や友人の支えで回復した体験が誰かの助けになると信じ、書籍『もしもママがうつになったなら? 〜インターネットできぼうをつくろう〜』の出版に向けて今年7月からクラウドファンディングをスタートした。

◆母親だから、しっかりしないといけない

 リトマムさんが第一子を出産したのは2017年。里帰り出産を選択し、夫婦の自宅がある関東を離れ、近畿地方にある実家に身を寄せていた。実母は仕事をしており、帰宅は午後6時〜7時くらい。平日の昼間はリトマムさんがひとりで子どもの世話をしていた。そのため、「日中がひとりなのは変わりないし、夫のところへ帰って一緒に暮らそう」と考え、産後3週間ほどで夫のもとへ向かい、新しい暮らしを始めた。

 しかし、実母と違って夫の帰宅は早くて午後8時。遅いときには午後11時に及び、育児の協力はとても望めなかった。完全なる「ワンオペ育児」の生活がスタートした。

「夫はもともと子どもが好きな人で、子どもと触れ合うのを楽しみにしていました。でも夫の職場は長時間労働が当たり前で、男性が家庭や育児を理由に仕事時間を削ることを快く思っていませんでした」

 ここで再び実家に戻るという選択肢もあったはずだが、リトマムさんにその考えは浮かばなかった。「母親だから、しっかりしないといけない」「ちゃんと子育てをしなければダメ」という思いが頭から離れなかったためだ。

「行政から配られたパンフレットには『育児の心得』みたいな感じで、すべきこととそうでないことがリスト化されていました。それらを読んだとき、自分は母親としてしっかりしないといけないというとてつもない責任感を抱きました。いつしかそれは耐えがたい重荷にも感じられるようになりました」

 また夫からも「自分は平日には仕事がある。リトマムは母親だし、育児をしっかりね」などと言わてしまう。本当は辛いと思いつつも、無理をして家事と育児をする日々を送った。

◆育児はまるで、罰ゲームのようだった

 夜中の授乳で睡眠は細切れで、食事をゆっくりとる時間もなかった。常に緊張して過ごすうちに、リトマムさんの心に異変が起こる。

「最初におかしいと思ったのは、周りにある何の変哲もないものが異常に怖くなったことです。『たとえば赤ちゃんの横におもちゃを置いておくと、寝返りをして窒息したり誤飲するんじゃないか』と不安になる。しかもその不安は生活に支障をきたすレベルでずっと消えないんです。

 あとは、『子どものおもちゃに見えない悪い成分が付いていて、将来的に子どもに悪影響があるんじゃないか』と延々と考えていて日が暮れたこともありました。普通の状態なら気にしない、気にしてもすぐに忘れてしまうようなことがずっと頭から離れなかったんです」

 リトマムさんの場合、子どもが可愛くないと思うことはなかったため、子どもを怒鳴ったり手をあげたりはしなかった。しかし「自分はダメなお母さんだ」「おしっこがオムツから濡れてしまったのは自分のせいだ」などと、何かあるとすぐに自分を責めるようになった。「育児はまるで罰ゲームのようだった」と振り返る。

 夜も眠れなくなり、子どもを寝かしつけた後には誰もいないキッチンの床に座り、午前3時、4時くらいまで呆然としていた。生活リズムは乱れ、心身の調子は悪化の一途を辿った。

 医療機関で治療を受けたものの、授乳中のため投薬を拒み、カウンセリングが中心だった。

「適切な薬があれば気持ちが落ち着いて眠れたり、不安が和らいだりしたかもしれません。でも私は薬を飲むのが嫌だという強いこだわりがあったので、、自分でどうにかして気持ちを落ち着かせるしかありませんでした」

◆自分の言葉が、誰かの勇気につながるかもしれない

 実はリトマムさんには、心身のバランスを崩し始めた当初から大切にしていた習慣があった。心を包み込む不安な気持ちを文章として綴っていたのだ。ネガティブな考えでも、文字にすることで、ホッとできたという。

「辛い気持ちを話す相手がいなかったので、メモ帳が話し相手のようでした。キッチンの床に座り、スマホのメモ帳に気持ちを書いていました」

 それまでSNSに消極的だったリトマムさんだが、ブログを立ち上げて自分の気持ちや状態を綴った。

「今までだってそうでしょう。

心配してもそのどの一つも

自分が思うほどひどいことにはならなかったでしょう

だから元気出して今日は早く寝よう

また面白いドラマを観て忘れよう」

(ブログより一部引用、原文ママ)

 発信を続けるうちに読者がつき始め、リトマムさんは「自分にも価値がある」「自分の体験が世の中の役に立つかもしれない」と思い始める。

「自分への手紙を書き続けることで、私は自分の気持ちの変化を見つめることができ、希望が持てました。辛くて暗い体験でも、誰かの役に立つことがある、無駄なことなんてないんだと思えたんです」

 「自分の言葉がきっかけで、誰かが勇気を出してくれるかもしれない」との気持ちから、書籍の出版を決意。7月8日から1か月間、出版に向けたクラウドファンディングをEXODUS(※)で挑戦中だ。もし1000冊購入されれば、出版となる。

※幻冬社とCAMPFIREがクラウドファンディングを利用して提供する出版プラットフォーム。新しい出版モデルとして注目されている。

 書籍には、リトマムさんがこれまで体験した苦しみのほか、その状態から立ち直るまでの経緯や心境の変化が書かれている。

「この本に書かれた私の体験を生き方のひとつのヒントとしていただけたらなと思うんです。母親という理由で、ひとりで頑張りすぎる必要はありません。子どもを産んだからといって、何でもできるスーパーマンにはなれませんから。

 自分の体験を世に発信することで、従来の母親像が多くの女性を苦しめていること、現在の子育てのあり方では負担が大きいことなどを問題提起し、考え直すきっかけになることが望みです」

◆子育ては家庭だけでなく、コミュニティーでする

 リトマムさんの願いはただひとつ、「子育てをいまよりもずっとしやすい社会」だ。育児の負担を一身に背負い、家事や仕事もする生活は相当に過酷だ。夫や周囲のサポートを得られなければ、孤独感がどんどんと強まる。ひとりで苦しみ抜いた結果、最悪の場合は虐待や自殺に発展してしまう。

「社会には『育児=母親の務め』という考えが強いことは、本当によく感じます。あるとき、仕事で保育園のお迎えが少し遅くなったことがあったのですが、保育士さんから『お母さんなら、仕事よりも子どもが大切に決まっていますよね』と言われてしまって悲しい気持ちになりました。

 子育ては母親がひとりでするものではなく、夫婦が一緒にとか、地域が一丸となってというふうに、『みんなでするもの』が理想だと思うんです」

 「みんなでする子育て」の第一歩として、リトマムさんはクラウドファンディングのリターンとして、「子育てシェアリングコミュニティ(仮)」をつくる予定だ。

 オンラインサロンのようなイメージで、メンバー同士が気軽に子育ての悩みを相談しあったり、近くに住む人同士が育児を助け合ったりできる仕組みを整える予定で、詳細を構想中だ。

「ひとりで子育てをするのって、本当に時間がないし、ちょっとしたことで余裕がなくなってしまいます。でも、みんなで助け合えたら、もっと楽しく、楽になると思います。そんな社会を目指していきたいです」

<取材・文/薗部雄一>

【薗部雄一】

1歳の男の子を持つパパライター。妻の産後うつをきっかけに働き方を見直し、子育てや働き方をテーマにした記事を多数書いている。

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