「長期収容をやめ、仮放免を出してほしい」入管収容所で、死を賭したハンスト

「長期収容をやめ、仮放免を出してほしい」入管収容所で、死を賭したハンスト

茨城県牛久市にある「東日本入国管理センター」

◆ハンストを誘発した、長期化する難民申請者の強制収容

 今回のハンストは「本気」だ。

 茨城県牛久市の「東日本入国管理センター」(法務省出入国在留管理庁の収容施設のひとつ。以下、牛久入管)には今、難民認定申請が不許可となった人を中心に約300人の外国人が収容されている。

 ここで1人のイラン人が5月から始めたハンストはみるみる数を増やし、かつてない規模で「死ぬか、生きてここから出るか」という、死を賭した闘いが続けられている。

 彼らが求めるのは「長期収容をやめて『仮放免』を出してほしい」ということだ。仮放免とは、一時的に収容を解く措置だが、絶望的に長い収容生活から脱するため、被入所者が唯一とれる手段がハンストだった。だがその代償は大きく、毎日のように誰かが倒れている。

 求められているのは入管の柔軟な仮放免の運用だ。まずは収容の簡単な説明から。

 難民認定申請が不許可になるということは、その人に「あなたは難民ではない。母国に帰れ」と強制送還命令を国が出すことを意味する。

 だが「弾圧や差別が待っている母国へは帰れない」と、強制送還を強く拒否する人たちもいる。だからといって、法務省はその人たちの日本居住を許すわけではない。そこで「送還の準備が整うまで」ということで収容施設に収容するのだ。

 牛久入管での問題は、収容期間が長すぎることだ。昨年末のデータでは、被収容者325人のうち306人が収容期間半年を超えている。最も長いケースで5年超という人もいる。

◆長期収容常態化の背景には、入管トップの指示

 筆者は牛久入管で、延べ数十人に面会取材を行った。その取材は刑務所と同じようにアクリル板越しで行われる。詳細は省くが、彼らが一様に憤るのは「刑務所ならば、刑に応じて出所時期がわかる。でも、ここではその基準がまったくない。いつ出られるのですか? 私は難民申請しただけです」ということだ。

 彼らが唯一外に出られるのが「仮放免」という措置。逃亡の恐れがなく保証人がいれば、強制送還の前提は変わらないが、一時的に収容が解かれるというものだ。だが、この仮放免がここ2〜3年でなかなか出なくなり、長期収容が常態化している。罪を犯したわけではないというのに……。

 その背景には、法務省入国管理局長(現・出入国在留管理庁長官)が2016年4月に出した「2020年の東京オリンピックまでに、不法滞在者等『日本に不安を与える外国人』の効率的な排除に取り組むこと」という通知や、2018年2月の「重度の傷病者等を除き、収容を継続せよ」との指示がある。これが長期収容の原因であることは疑いのないところだ。

◆ハンスト参加者は100人に達した

 今年5月10日、「出られるかわからないのは冗談ではない」と、もう2年以上も収容されているイラン人シャーラムさんがハンストを開始した。

 シャーラムさんはその1週間後に倒れ、医務室脇の静養室で横になっているのを見た同じイラン人たちがそれに続いてハンストを開始した。その数は、当初は4人だった。

 6月に入ると、イラン人以外にも次々とハンスト同調者が増えていった。同時に体調不良者も相次ぎ、静養室のベッドはすぐに一杯になった。静養室の代わりに、通常は使われていない居住区間のいくつかがそれに代わった。

 筆者は6月中旬、ハンスト参加者の一人でトルコ出身のクルド人Aさんに面会取材をした。彼はアクリル板の向こうからこう言った。

「近々、4人が仮放免されるそうです」

 果たして、それは本当のことだった。6月からハンスト者に仮放免が出されるようになったのだ。すると、7月3日にはハンスト者は23人にまで増え、中旬には約100人に達した。仮放免者も7月9日時点で11人に増えた。

◆「生きてここから出られるか、ここで死ぬか」

 今回のハンストで仮放免がなされるようになったのは、2つの理由があると考える。

 ひとつは、「被収容者が本気で死を賭している」ということだ。牛久入管では過去に何度もハンストが行われている。昨年も2回行われた。だが、数週間がんばっても牛久入管が仮放免を出さないとなると、自然解散のように終息するパターンが繰り返されていた。

 実際、牛久入管の職員は筆者に「どうせハンストが終われば、また普段の生活に戻りますから」と話し、ハンスト行動を重視していないようだった。

 ところが、Aさんは「今回のハンストは今までと違う。みんな『生きてここから出るか、ここで死ぬか』しか考えていない。だってこのままなら、ずっと収容されるだけでしょう」と語っている。今回のハンストは死を賭しているのだ。

 面会行動をする市民団体からの情報によれば、牛久入管では毎日のようにハンスト参加者の誰かが倒れ、血を吐いたり意識朦朧となったりしているという。

 7月4日に一人のクルド人が仮放免されたが、その1週間前にハンストで拒食症になった彼を診察した収容所外の病院医師が「このままでは死ぬ。内臓の問題ではなく心の問題だ」と診断した。こういった死亡予備軍が増えている事態に、牛久入管も動かざるを得なくなったと推測する。

 もうひとつの理由は、6月24 日に長崎県の大村収容所でナイジェリア人サニーさんが死因不明で(3月から続けていたハンストが原因との情報もある)死亡。山下法務大臣の会見にまで及んだことだ。

 3年7か月にわたって収容されていたサニーさんは、今年3 月から2か月間、仮放免を求めたハンストを続けていた。そのためか単独房に隔離され、体調不良を起こして死亡した。

 7月2日、山下法務大臣は記者会見でこの件に触れ「人道上の観点から仮放免制度を弾力的に運用する」と声明した。その声明が実質的な命令となったのかもしれない。

◆再収用の理由を明かさない東京入管

 7月9日。5月に最初にハンストを始めたシャーラムさんなど4人が仮放免された。だが支援団体はその仮放免に喜べなかった。というのは、仮放免の期間はわずかに2週間だったからだ(通常は2か月程度)。

 そして7月22日、驚くべき知らせが入ってきた。シャーラムさんともう1人のイラン人が2週間の仮放免を更新しようと、東京出入国在留管理庁(東京入管)に赴いたところ、「不許可」の裁定を出されてそのまま入管のバスに乗せられ、牛久入管に直行したというのだ。

 仮放免者が守らなければならないルールは2つ。「就労禁止」と「居住する都道府県から外に出るときは許可が必要」ということだけだ。だがシャーラムさんはこのルールを守っている。ではなぜ再収用されたのか? 東京入管は「個別の案件には答えられない」として理由を明かさない。

 7月25日、Aさん(前出)から電話がかかってきた。

「私の仮放免が決まりました。シャーラムさんたちが戻ってきたのは、私たちをビビらせるため。つまり、入管は集団ハンストの解体を狙っています。でも逆にみんな怒っていて、ハンスト参加者はさらに増えています」

 死を賭したハンストを行って仮放免されたとしても、被収容者たちはボロボロの体と精神状態で一般社会に放り出されてしまう。しかし、長すぎる長期収容を是正する手段として、取りうる手段はハンストしかないのも事実だ。

◆日本は「戦争のない平和な国」と思って難民申請したが……

 7月24日15時からは、支援団体の「牛久入管収容所問題を考える会」がつくば市内で緊急記者会見を行った。そこに同席したのが、牛久入管で15日前からハンストを続けているクルド人のピロル・イナンさんの妻スナさんと3人の子どもたちだった。

 この日、家族は牛久入管でピロルさんに面会した。いちばん日本語が達者な10歳のO君が切々と窮状を訴えた。

「お父さんと遊んだりサッカーをしたい。でもお父さんは帰ってきません。今日会ってもすごく痩せていて、かわいそうでした(ピロルさんは体調悪化のため、車いす生活になっている)。学校の友だちから『お父さん、どこ?』と聞かれても、僕は恥ずかしくて何も言えません。お母さんも泣いています。入管の人たちは、こんなことを何もわかってくれません」

 シャーラムさんもAさんもピロルさんも、不法就労が目的で来日したのではない。本国での差別や弾圧があったからこそ「戦争のない平和な国」である日本で難民認定申請をしただけだ。

 例えば、ピロルさんはトルコでテロリストと勘違いされ、警察で拷問を受けたこともある。彼らが難民認定申請をすることが、何年も収容するほどの悪事なのだろうか。収容するにしても、数か月にとどめるなどの措置が必要なのではないだろうか。牛久入管でのハンストは、このままでは収まる気配はない。

<文・写真/樫田秀樹>

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