「仮放免」になっても、たったの2週間。再び収容される難民認定申請者たち

「仮放免」になっても、たったの2週間。再び収容される難民認定申請者たち

記者会見に臨むサファリさん(左)とデニズさん(右)

◆「長期収容」批判逃れのため!? 短期仮放免の後に再収容

 8月13日、東日本入国管理センター(茨城県牛久市。以下、牛久入管)から仮放免(一時的に収容を解く措置)された2人の外国人が東京都で記者会見を開いた。その2人とは、デニズさん(トルコ出身のクルド人)とサファリ・ディマン・ヘイダーさん(イラン人)。

 牛久入管では、次のような「かつてない」事態が起きている。

●「生きてここから出るか、死ぬか」といった死を賭したハンストが5月から続いている。ハンストが始まった理由は、ここ2〜3年のうちに1年を超える長期収容が常態化し、いったいいつ外に出られるのかがまったくわからない状況に置かれているからだ。

●被収容者の3分の1に相当する約100人が、水だけを飲むハンストに参加している。ハンスト者の多くが体重の激減に加えて、吐血・昏睡などを経験し、体調不良に陥っている。

●その結果、6月あたりから仮放免を勝ち取るハンスト者が現れている。しかし、その仮放免期間はわずかに1〜2週間(通常は2か月)。その更新のために東京出入国在留管理庁(以下、東京入管。東京都品川区)に出頭すると「不許可」が告げられ、即日で牛久入管に戻されて再収用となってしまう事態が続いているのだ。

 デニズさんの横に座った大橋毅弁護士も「入管関連の問題に携わって25〜26年になりますが、今回のような『短期仮放免+再収用』というのはかつてないことです」と明言した。

 この背景の一つとして、入管当局が「東京オリンピック開催に向けて、安全な日本社会を実現するために『社会に不安を与える外国人』を管理せよ」、はたまた「重病者を除き、収容を継続せよ」といった在留資格のない外国人の無期限収容を2016年以降に打ち出したことがある。

◆仮放免中のルールを守っていても、理由なく「更新不許可」

 以下、それぞれのケースについてこの問題を書いてみる。

 筆者が牛久入管でもっとも多く面会取材してきたデニズさんは、もともとトルコ国内でのクルド人差別に耐えられず、来日して難民認定申請をしている。牛久入管では、じつに3年2か月もの長期にわたって収容されている。

 刑務所ならば犯罪に応じていつ出所できるのかがわかるが、それが一切わからないのが入管の収容所だ。デニズさんも6月からハンストに参加。毎日水だけを飲み、体重は減り続けた。医務室脇の静養室で横たわることもたびたびだったが、ついに仮放免許可が出ることになる。

 ここで牛久入管が、デニズさんに仮放免を出す条件としてあげたのは「ハンストを中止すること」「血液検査を受けること」の2点。デニズさんはこの指示に従った。

 そしてハンストをやめ普通に食事をしながら仮放免を待っていると、5月に最初にハンストを始めたイラン人で、7月に2週間だけの仮放免で外に出たシャーラムさんが「更新不許可」となり即日で牛久入管に戻ってきた。

 仮放免中にやってはいけないことは2つある。「就労」と「許可なき移動」だ。だが、シャーラムさんはこれを遵守したのに仮放免更新が不許可となったのだ。不許可の理由は一切明かされない。

◆入管職員「仮放免の人たちは戻ってくる可能性があるよ」

 記者会見のなかでデニズさんはこう証言した。

「私は彼が帰ってきたことに驚かなかった。というのは、職員から『仮放免の人たちは戻ってくる可能性があるよ』と聞かされていたからです」

 そして今、シャーラムさんに続く短期仮放免者も一様に更新が不許可となり、牛久入管に続々と戻されている。だからこそ、仮放免されたデニズさんは今、自分の問題としての不安を隠さない。

 デニズさんは8月2日に仮放免されたが、やはり自身の仮放免延長が認められないのではと怖れている。仮放免更新手続きは8月16日朝9時。難民認定申請中の人物に対して3年2か月も収容し、わずか2週間の仮放免ののちに、再収用するのか?

 筆者は、デニズさんが収容されているときに5回ほどの面会取材をしている。アクリル板の向こうのデニズさんからは、精神状態の不安定さが感じとられた。自分ではどうにもならない憤りを私にぶつけてきたこともある。仮放免後に精神科を受診したデニズさんは、「拘禁反応の疑い」があると診断された。精神のバランスを取り戻すには長い治療が必要だ。だがそれも受けられないまま、その症状を悪化させる場所へと戻るのはどれほど不安なことか。

 デニズさんは自分たちを動物のように扱う入管職員の姿勢に憤りを表していた。その暴力についてはここでは省略するが、デニズさんは再収用への恐れから、会見中に涙を流した。

 

◆「仮放免は2週間だけど、逃げないで帰ってきてね」

 サファリさんもイランでの迫害に耐えかね、1991年に来日。難民認定申請をしていたが、デニズさんとほぼ同じ3年1か月収容されていた。そして今回のハンストで、何度も吐血や昏睡を経験し、体重が15Kg落ち、仮放免後の今も摂食障害に陥っている。

 サファリさんは7月31日に仮放免されるが、そのとき、職員から以下のことを言われた。

「今回の仮放免は2週間だけど、逃げないで帰ってきてね」

 つまり今回の仮放免は初めから再収用することが決まっている措置としか言いようがない。仮放免を喜ぶどころか、むしろ不安に襲われたサファリさんは、精神科を訪れて「抑うつ状態」との診断を受けた。彼を抑うつ状態にした原因は、3年以上もの長期収容だ。治療を受けないままその場所に戻ることに、支援者の一人は「サファリさんはもう収容に耐えられなくなっちゃうよ!」と、怒りと悲しみを見せていた。

◆被収容者たちは、ハンストを続けるしかなくなっている

 加えて仮放免翌日の8月1日、サファリさんは数年前から申請していた難民認定申請の結果を受け「不許可」となった。このタイミングというのは、堂々と彼を再収用するための準備なのだろうか? 筆者は記者会見のあと、サファリさんと話した。

――入管は、被収容者を極限の状態に置くことを続けることで、被収容者から『母国に帰ります』と言うのを待っているのでしょうか?

「その通りだと思います。でも私は1991年に23歳で来日して以来、人生の半分以上を日本で過ごし、生活の土台も日本にあります。今イランに帰っても家も知人もほとんどなく、迫害の恐れもあります。帰れないんです」

――失礼ですが、もし明日の更新手続きが不許可となった場合、牛久に戻ることになりますが、ハンストにはもう関わらないのですか?

「いえ、私はすぐにハンストをやります! それしか私のとるべき道はないんです。生きてあそこを出るか、死ぬかのどちらかです」

 サファリさんに同席していた駒井知会弁護士は「誰も、彼らにハンストなんてやってほしくない。でもこういう状況になって、彼らはハンストを続けるしかなくなっている」と悲しい気持ちを隠さなかった。

 サファリさんは8月14日、再び収容された。そして16日、デニズさんが仮放免更新に臨む。2人の望みは、「支援のため、16日朝9時に、できるだけ多くの人に東京入管(港区)に集まってほしい」ということだ。世間が騒げば状況は変わるかもしれない、との一縷の望みをかけて。

<取材・文・写真/樫田秀樹>

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