「陸の孤島」となった成田空港。取り残された当事者が見た現場の惨状

「陸の孤島」となった成田空港。取り残された当事者が見た現場の惨状

チェックインカウンターの荷物を載せるベルトコンベアをベッドにし睡眠をとる人たちも見られました。

 台風15号は、9月9日の未明から明け方にかけて関東地方を襲いました。その日、私は旅行先のタイから成田空港に帰国。その時は、まさか深夜まで空港に閉じ込められることになるとは思いもしませんでした。

◆誰も空港から出られないのに、飛行機がどんどん到着

 9月8日夜、私は大学の友人らとタイ旅行を満喫し、帰国しようとしていました。しかし、台風を理由に飛行機は5時間遅延して出発。台風の被害はネットを通じて把握していたため、仕方がないと諦め、成田空港に到着。しかし、本当に大変なのはここからでした。

 午後3時頃に空港に着くと、あらゆる場所に夥しい行列ができていました。しかも、人が多すぎてどの行列がどの交通機関に並んでいるものなのかよく分かりません。この時点でバス、電車は止まっていましたが、台風は去っているし、夜には帰れるだろうと思い、私達は空港内に座り込んで休憩し始めました。

 しかし、待てども待てども交通機関が復活する見込みはなく、むしろ空港内の混雑は悪化していきます。実は、この時成田空港では台風の影響で遅延していた便が次から次へと到着していたにもかかわらず、空港から都心などに向かうJRと京成電鉄の列車は倒木の影響で運転できない状況が続いていました。そのうえ、高速道路も通行止めになり、バス会社も運転を見合わせていました。要するに、空港から出られない人がどんどん増えているという状況だったのです。

 誰も外に出られないまま、飛行機だけが到着し続け、ついに私たちは自分たちが帰宅困難者になっていることに気づきました。

◆混乱する空港の中で、情報源はツイッター

 空港内はスタッフ不足が深刻で、館内アナウンスなども不十分だったため、情報が錯綜していました。また、トイレに行くのにも人混みをかき分けなければならない程の人口密度だったため、逐一交通機関の運行状況をチェックをするのは難しい状況でした。

 そんな中、多くの人が情報源にしていたのはツイッターでした。ツイッターで「成田空港」と検索すると、同じように空港に閉じ込められた人たちが情報を発信したり、求めたりしており、閉じ込められた人たちが成田空港の様子を表現した「陸の孤島」という言葉は、ツイッターのトレンドにも入りました。

 ツイッターでは「飛行機の国内便を乗り継いで羽田空港まで行くのが早い」「宇都宮行きのバスだけ発車しているからそれに乗ってから別の路線に乗るのが良い」など様々な情報が溢れかえっています。

 交通機関を待ちかねた人たちが「徒歩で成田駅まで移動し電車に乗る」「付近のレンタカー屋を探して乗る」などの方法で空港を脱出していることも分かってきました。さらに「誰か相乗りでレンタカーを借りて脱出しませんか」とツイッター上で空港内の人たちに呼びかける人まで出現。

 とはいえ、ネットで個人が発信している情報のためどこまで信憑性があるか判断することは難しく、情報が錯綜する中で空港内の人たちは混乱していました。

◆スカイライナーが復活するも、期待外れの事態に

 混乱の中、ようやく成田空港と上野駅を結ぶ特急電車のスカイライナーが復活したというニュースが流れてきました。しかし、座席指定有料列車であるスカイライナーは一度に多くの乗客を運ぶことが出来ません。その上、インターネットでチケットを購入しようにも、帰宅困難者の一斉アクセスに耐えきれず、予約サービスのページがダウンしてしまいました。

 なんとかチケットを予約し、列の先頭に4〜5時間といった長時間並んでいた人の中には、乗車出来た人もいたようです。しかし余りの混雑で係員も列の制御と誘導が完全には出来ず、チケットを購入していたのに乗車出来なかった人もいたようです。

 そのため、電車を待っている人は大勢いるのにスカイライナーの車内には空席が目立つという事態が発生しており、緊急事態に対応できない路線であることが露わになっていました。

◆過酷な環境下で空港に一泊

 旅行で疲労も溜まっていた私たち一行は仕方なく、空港内で一泊することを覚悟。空港のローソンの近くに場所を取り、夜を明かすことにしました。

 この時の帰宅困難者は1万人を超えていたため、通路に座るのも一苦労です。フードコートなどの座れる場所は全て席が埋まっており、寝心地の良いマッサージ機は争奪戦になっていました。

 食料や生活品を買おうにも、飲食店はどこも満席。コンビニは長蛇の列ができている上に、品切れも多発しており、食事も満足にとれない状況でした。

 私たちの近くにあったローソンはレジに列が出来ているのはもちろん、客が店内に入りきらず、店の入り口に店員が付き、入場規制を行っていました。

 それでも行列は拡大する一方で、店員達も手が回らなくなり、商品が尽きる前に店は閉店。店員に事情を尋ねた所、「空港のどこの店も人手が足りず店が回っていないから、地下にあるもう一つのローソンにここの店員を移動させてこの店は閉める」との事でした。

 深夜になると、空港の一部に館内放送が入り、水と食料と寝袋が配給されると伝えられました。当然、配給所は長蛇の列で1時間以上は待たされましたが、これで最低限の物資は配られました。しかし、館内放送がかからない場所や配給に気づいていない人も多く、完全に行き渡っているとは言いがたい状況だったと思います。

◆成田空港の抱える課題

 結局、私たちは同行していた友人の一人の父親が夜中に車で迎えに来てくれたため、早朝には帰宅することが出来ました。

 今回、多くの人が成田空港に取り残された原因は、台風という自然災害が発端ではありましたが、空港の交通機関や施設の緊急事態への対応力不足などのシステムが原因であった側面も見られました。

 また、私たち以上に困っていたのは日本語の話せない外国人でした。日本人でさえ、複雑な交通システム、館内の混乱に対応できていなかったため、外国人はよりいっそう途方に暮れていました。私も一度「渋谷まで行きたいのに、どうすればいいのかわからなくて困っている。電車やバスはいつ動くんですか?」と聞かれました。

 これから、東京オリンピックなどの国際的な行事を控えている日本にとって、成田空港がよりいっそう混雑や緊急事態に強い国際空港になれるかが課題であるでしょう。

【茂木響平】

ライター・イベンター。大学のお水飲み比べサークル会長。現在、上智大学4年生。面白そうな場所に顔を出していたら、なりゆきでライターに。興味分野はネット・大学・歴史・サブカルチャーなど。Twitter:@mogilongsleeper

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