「トリチウム」の生物への影響は? 東電対応の何が問題なのかピーチクパーチク指摘する

「トリチウム」の生物への影響は? 東電対応の何が問題なのかピーチクパーチク指摘する

大阪府民・大阪市民は府知事や市長がどのようなものを大阪湾に流そうとしているのか、知っておいたほうが良い。photo by ISO8000 / PIXTA(ピクスタ)

◆「トリチウムの生物への影響は少ない」は確かなのか?

 東電福島第一原子力発電所、ALPS不完全処理水問題について昨年から通算三期六回目(※本サイトでご覧の場合、記事欄外下記に過去記事をまとめました)となりました。今回は、前回に引き続きトリチウムとは何かについて解説します。

 今回は、トリチウムの生物への影響について概説します。あくまで入り口としての概説ですのでより詳しくは、レファレンスほかより詳細な資料をご覧ください。

 トリチウムについてはその生物、人体への影響について放射性物質の中ではかなり詳しく研究がなされてきたもので、繰り返し述べてきたように影響は90Sr(ストロンチウム90)などに比すれば遙かに小さいことは常識として良いです。それが故に、原子力・核開発においてトリチウムは莫大に発生し、処分法がないにもかかわらず一定の合意の元で海洋、内水(池や河川など)、大気への排気が認められてきたと言えます。

 一方で、近年の研究の進展によって従来見落としていた生物への影響があるという指摘もあり、条件、化学形によっては、科学的合意のやり直し、新たな科学的合意の必要性が生じているとも考えられます。

 なお、ここでは純粋なトリチウムについて概説しますが、東京電力福島第一原子力発電所で問題となっている「処理水」=「ALPS不完全処理水」について述べるものではありません。100万トン余りの「処理水」なるもののうち約80万トン存在する「ALPS不完全処理水」については、一般の告知限度を大幅に超える放射能汚水として議論せねばなりません。

◆トリチウムの生物、人体への影響

 トリチウムの放射能は、たいへんに弱いのですが、一方でその多くはHTO(トリチウム化水)として存在しますので、きわめて人体に取り込まれやすく、代謝系に入り込みますが、速やかに汗や尿によって体外へ排出されます。一方で、有機結合型トリチウム(Organically bound tritium; OBT)と言う形でも存在し、こちらは体内に長く滞在します。なお、水素状トリチウム(HT)は、体内に吸収されません。

 トリチウムの生物半減期を列挙するとこうなります。

・トリチウム(HT):肺から吸収されない

・トリチウム水(HTO):生物半減期は平均10日

・有機結合型トリチウム(OBT):平均40日だが、ごく一部は1年

 放射性物質が人体に与える影響を評価するには、放射能量を表すBq(ベクレル、1秒あたりの壊変数)をSv(シーベルト、線量当量)*に変換する必要がありますが、それは「実効線量係数」(Sv/Bq)としてそれぞれの放射性物質について化学形、三態(気体、液体、固体)、摂取経路などによって細かく定められています。

<*よく間違われるが、Svは物理的単位ではなく、社会学的単位である。Gy(グレイ)やBqといった物理単位に、放射線荷重係数や実効線量係数をかけることで算出するSI組立単位である。Svは、重要な単位であるが、社会的要求によって科学的、人文社会学的、医学的、政治的、経済的合意の元で定められた単位である。そのため、ICRP(国際放射線防護委員会)によって概ね20年弱の間隔で科学的、医学的、疫学的知見の変化、社会的要求の変化に従い、改訂が行われている。Svのように、単位に一意性、恒久性がないものは、例え組立単位とはいっても異例と言える>

 トリチウムは原子力・核施設から大量に発生し、分離・除去が実用という意味ではきわめて困難*ですが、一方できわめて弱いβ核種であること、その大部分を占めるHTOとしては、体内に取り込んでも速やかに排泄されること、特定の体組織に集まらないこと、生物濃縮しないことから、放射毒はきわめて微弱であると考えられてきました。

<*PHWR(加圧重水炉)であるCANDU(カナダ重水ウラン)を採用しているカナダと韓国では、大量に発生するトリチウムを除去し定着させる研究開発と実用化が最も進んでおり、とくにカナダでは一部実用化している。しかし、福島核災害発生トリチウムは桁違いに膨大であり、カナダの技術でも処理速度が少なくとも二桁は足りない。日本国内での開発も同様であり、カナダより大きく劣り、後進的であることに変わりない。また、キュリオン社などが日本政府に提案した技術はあるが、見積もりの段階で中型原子炉が一基作れるほどの費用を要する>

 実効線量係数を図に示しましたが、これを見れば分かるように、例えば極端な例でプルトニウム239とトリチウムを比較すると、100倍から100億倍の差でトリチウムは影響が小さいです。セシウム137と比較してもトリチウムは100倍から1000倍の差で影響が小さいことが分かります。

 トリチウムの放射毒は、その化学形によって大きく変化し、マウス胚子では、T-チミジンやT-アルギニンといったDNAヌクレオチドやアミノ酸では、HTOに比して1000倍の放射毒性が知られています。これらのことから、トリチウムの放射毒としての標的はDNAと言うことが分かっています。

◆長期大量摂取被曝事故では労働者の死亡事例がある

 トリチウムでは、長期大量摂取被曝事故による労働者の死亡が知られており、長期間トリチウム雰囲気に暴露され続けることは避けるべきと合意されています。トリチウムは、生物半減期が短いものの、常時トリチウムに暴露されると、排泄が取り込みに追いつかないものと考えられます。

 チェルノブイル核災害では、遠隔操作機械も放射線で壊れてしまう過酷環境で作業した兵士にウォッカが加配されたことが有名ですが、加配の理由はともかく利尿作用の強いアルコール類の摂取によって排尿を多くすることは理にかなっています。日本人なら、とりあえずビールでしょうか。但し、被曝後にアルコールを摂取して良いかは存じません。

 HTOについては、一般公衆の受けるリスクとしては他の放射性核種と比して遙かに小さいものと考えられていますが、それには、公衆がトリチウムという人為的に作られた放射性元素に有意な濃度で常時暴露されないという大前提があります。

 尤も、低線量被曝については他の多くの核種と同様に科学的な合意はいまだ十分に得られていません。

 環境中に放出されたトリチウムは、その大部分がトリチウム水(HTO)として存在しますが、一定量が有機結合型トリチウム(OBT)になります。

 OBTは、主としてHTOから光合成によって合成されます。従って、海水中では植物プランクトン、海藻が合成に寄与し、食物連鎖の中に取り込まれます。生物濃縮については、無いだろうという考えが主流でしたが、生物濃縮についての研究報告も近年では幾つか存在しており、生物濃縮の有無については科学的合意がなされているとは言い難くなっています。

 ここで杉の年輪から検出されるトリチウム濃度を図示します。植物は、トリチウムを大部分水(HTO)として取り込みますが、光合成によって有機結合型トリチウム(OBT)を合成します。HTOは、外の環境のトリチウム濃度と平衡状態になりますが、OBTは組織に取り込まれ、その組織が出来た時点でのトリチウム濃度を反映すると考えられます。

 図から分かるように、杉年輪には、過去の大気圏内核実験によるトリチウム濃度の増減が反映されています。このことは、植物を介して食物連鎖にOBTがとり込まれ、生体内で固定する可能性ことを示しています。

 なお、動物が取り込んだHTO(トリチウム水)も消化などの代謝機構によってOBTとなることが分かっていますが、食物連鎖に取り込まれるトリチウムの多くは光合成によるOBT化によるものです。

 一方で、ヒトや動物が経口摂取したOBTは、他の有機物同様に消化、燃焼され、その50%近くがHTOとして短時間で排出されます。残る50%のOBTが生物半減期40日で滞在し、240日後に1/100以下まで減少します。そして、ごく一部のOBTの生物半減期が1年となり長期間体内に滞在します。

 存在量の多い放射性物質について生物半減期のみを見て事を判断することは誤っています。リスクが無視できるほどに排泄されるまでに半減期を何度経る必要があるかが大切です。また、継続的に放射性物質に暴露される場合は、生物平衡に至る日数と生物平衡の放射能濃度が重要となります。

 大切なことは、トリチウムにおいては、従前、「生物への影響はほとんど無い」という事で合意を得られているとしてきた一般向けの説明は厳密には成立しておらず、低線量被曝による長期影響やOBTの生物濃縮、とくにOBTの生物への影響については、いまだに未解明であることがあり、科学的合意は十分には得られていないと言うことです。

 但し、他の放射線核種に比べれば、トリチウムの放射毒性がずっと弱いことに変わりはありません。

◆最大の問題は「膨大な量」とトリチウム以外の核種を含むこと

 一般には、きわめて弱い放射能であり、生物への影響は微々たるものだと「信じられている」トリチウムですが、放射毒がたいへんに弱いと言うことでは科学的合意がなされているものの、低線量被曝影響や有機結合型トリチウム(OBT)の挙動や生物濃縮、被曝影響について科学的合意が十分に得られているとは言いがたいと繰り返し述べてきました。そして困ったことに、その弱い放射性物質が約1PBq(一千兆ベクレル)を超えるという莫大な量且つ不安定な状態で福島第一原子力発電所に存在しているのです。

 福島核災害におけるトリチウム問題は、その量が余りにも膨大でありかつ、貯蔵状態が不安定なことがその核心です。そして、問題解決を極めて困難にしている原因は、「トリチウム水」=「処理水」とされてきたものの80%前後が、告示濃度を大幅に超えるトリチウム以外の核種を含んだ「ALPS不完全処理水」であって、国際的常識、慣例、法規制において環境放出できないものと言うことです。

◆福島第一原子力発電所「ALPS不完全処理水」への対応へ求められる最低限のこと

 福島第一原子力発電所には、100万トン余りの「処理水」が存在し、そのうち8割の約80万トンの「ALPS不完全処理水」が存在し、現在も増え続けています。またそれらの液体は、恒久保管を考慮していない、小型タンクに仮保管されている状態です。結果それらは脆弱な状態にあります。

 この大量の「ALPS不完全処理水」には約1PBqを超えるトリチウムと、告示限度を数倍から2万倍超過する多種の核種が含まれています。

 トリチウムのみに注目すると、その莫大な量が放射線防護の上で最大の脅威となっています。福島第一原子力発電所では、1日平均四千人の労働者がはたらいていますが、この不安定な小型タンクの中にある1PBqというトリチウムの存在は大きな被曝リスクを労働者に及ぼします。

 大きな事故や災害でこのタンクが崩壊した場合、それは労働者の被曝に直結します。また時間がたつにつれて士気が低下することは組織の常で、近い将来、ずさんな管理で労働者がトリチウム雰囲気に長期間暴露される可能性は「無い」とは言えません。

 まさに、「ありえないなんて事はありえない」の真理です。

 原子力業界ではシブチンで名にし負う東京電力は、お金がもったいないからかタンクは規格の低いものばかり設置し、お金を小出しにし続けるというまさに「戦力逐次投入」という最悪の事を行っており、そのさきにあるのは大敗北(破綻)かなし崩しの「ALPS不完全処理水環境放出」でしょう。

 少なくともなすべき事は、1号炉から3号炉地下への地下水流入の完全停止ですが、最初から失敗が分かっていた凍土壁工法の大失敗が尾を引いており、相当な長期間の持久を要します。

 その時間を稼ぐために必要なことは、次の二点でしょう。

1)ALPS不完全処理水をより安定した保管方法に移行する

2)ALPS不完全処理水を当初目標水準まで処理を完遂し、大幅に減容する

 現在、東京電力、環境省、原子力規制委員会、経産省が目指しているものは上記の2に一見見えますが、次の四点の大きな欠陥を持ちます。

1)100万トンのうち約80万トンが汚染水の処理に失敗した他核種汚染水=ALPS不完全処理水である

2)放射能量がトリチウムのみで1PBqときわめて莫大である上に現在も毎年50〜80TBq増加し続けている

3)大破した原子炉建屋への地下水流入停止に失敗し、放射能汚水の増加を停止できる見込みが無い

4)ALPSの処理能力が80万トンという莫大な「ALPS不完全処理水」の量に比して不足しており、現在の2倍にALPSを増強して、増強分を「再浄化」専用としても10年近い処理期間を要する可能性がある。結果、間に合わない

◆社会的合意を取る努力を放棄して嘘で塗り固める東電

 これらの欠陥により、次の問題が生じています。これらについて容認するという社会的合意は全くありませんし、合意を得るための努力もなされていません。あるのは、「トリチウム水」という嘘に基づく虚構、まさに「ヒノマルゲンパツPA」(Japan’s Voo-doo Nuclear Public Acceptance: JVNPA)のみです。

1)トリチウム水という説明と全く異なり、多核種放射能汚水としての環境へのリスクが顕在する

2)量論的に、東電が守ると宣伝している従前の環境基準、目標値を遵守すると、処理には最低でも50年前後を要する(原子力規制委、東電、環境省、経産省は7年での処理完了を主張)

3) 東電、環境省、経産省が提示する処理費用が極端な過少見積もりである。「原子力3倍ドン、更に3倍ドン」で9倍(約10倍)という原子力むつや核燃料サイクルで典型の費用インフレの法則があるが、本件はそれより更に程度が悪く「原子力10倍ドン、更に10倍ドン」で100倍もあり得る

4)原子力・核開発の歴史において、実力に見合わない拙速な計画は、かならず破綻し、大規模核災害や大規模核汚染を引き起こす。典型事例が英国と日本の原子力・核開発史である

 これらを念頭に置いて、現在官民から提示されている「処理水」=「ALPS不完全処理水」対策について次回から更にピーチクパーチク*と論じます。経産担当官僚人士には、JVNPAで自己催眠にかかった目を覚ましてもらいましょう。

<*経産担当官僚が汚染水問題の議論を「ピーチクパーチク」と表現 フェイスブック投稿後に削除2019/09/30AERA dot. (アエラドット)>

『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』「トリチウム水海洋放出問題」再び編3

<文/牧田寛>

【牧田寛】

Twitter ID:@BB45_Colorado

まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中

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