ライブハウス、楽器店、語学教室…渋谷再開発で「文化発信拠点」は何処へ移転した?

ライブハウス、楽器店、語学教室…渋谷再開発で「文化発信拠点」は何処へ移転した?

桜並木のなか、解体が進む桜丘町。 右側の街区も数年後には消えてしまう。

◆雑多な文化発信基地だった渋谷・桜丘

 再開発工事が進み、日に日に建物が少なくなっていく渋谷・桜丘。

 桜丘は渋谷駅に近いながらも東京大空襲で焼け残り、坂と狭い路地で構成される街並みとなっていたが、東急グループの主導で2018年末から大型再開発が実施中だ。その開発面積は1期部分(渋谷駅桜丘口地区第一種市街地再開発)が約2.6ヘクタール、2期部分(仮称:ネクスト渋谷桜丘地区市街地再開発)が約2.1ヘクタールで、合わせると東京ドームの面積よりも少し広いほど。1期部分だけでも、立ち退き対象・解体となる物件は約60棟にも上る。

 桜丘地区は駅から横断陸橋を渡らないとアクセスできず、また街路も狭く複雑で、渋谷の駅チカにしては家賃水準が低かった。そのため、ライブハウスや楽器店をはじめ、ミュージックバー、ホビーショップ、種目に特化したスポーツ用品店、言語に特化した語学教室など、個性的でマニアックな店舗が多く集まっており、渋谷の「文化発信拠点」としても知られていた。以前、桜丘では「老舗」や「大手チェーン店」については移転せずに「閉店」となった店舗が多いことについて触れたが、その一方で桜丘から移転し、すでに新天地での営業を開始しているという店舗も少なくない。

 そこで、今回は「音楽・趣味関連」、「習い事教室」など、渋谷の「文化発信拠点」ともいうべき業種を中心に、2018年末に着工された桜丘の1期再開発地区から新天地へと移った店舗たちの「移転先」について調べていく。

◆移転先が判明した店舗のうち「半数」が「音楽・趣味・教育関連」

 桜丘の1期再開発地区で、2018年から2019年春までの約1年間に「店舗移転」となった店舗やオフィスのうち、筆者の調査で2019年春までに移転先が判明したものは67店舗あった。なお、近隣他店と統合となった店舗については、統合店の大幅拡張などをしていない限りは「移転」に含んでいない。

 今回の調査では、その67店舗を「文化発信拠点」と位置付けられる「音楽・趣味・教育関連」と、「その他(音楽・趣味・教育関連以外)」に分類。さらに、「音楽・趣味・教育関連」を「ライブハウス・ホール」、「物販店(楽器店、スポーツ用品店、ホビー店など)」、「飲食店(ジャズバーなど)」、「オフィス・サービス(音楽・芸能関連など)」、「教室・塾」「アミューズメント等」に、「その他」を「物販店」、「飲食店」、「オフィス・サービス」、「医療関連」、「その他」に分類し、統計を取った。また、一部の店舗や関係者には聞き取り調査もおこなった。

 移転先が判明した全67店舗のうち、「音楽・趣味・教育関連」は半数以上の34店舗を占め、桜丘において文化発信拠点と位置付けられる店舗の比重がいかに高かったかを伺い知らされる結果となった。

 移転先が判明した67店舗の全てが東京23区内、そして多くは渋谷エリア内への移転であった。そのため、今回は移転先を「渋谷:駅チカ・繁華街」、「渋谷:桜丘地区周辺」、「渋谷:道玄坂周辺」、そして「渋谷エリア外」の4地域に分け、「どのような業種がどこに移転する事例が多かったのか」を分析してみる。

◆「駅チカ移転」は少数――「比較的大きな企業」が中心

 渋谷のなかでも最も利便性が高い渋谷駅周辺〜センター街周辺あたりの「駅チカ・繁華街エリア」への移転となったものは、67店舗中12店舗のみに留まった。

 このエリアは桜丘からも比較的近く、多くの移転店舗にとって「移転検討先」の1つになると思われた。しかし、渋谷駅周辺は大型再開発の真っただ中であり、地価の上昇率も高く、家賃も非常に高い。桜丘という比較的家賃が安いエリアからの移転であるがゆえ、駅チカには「移転したくてもできない」店舗が多かったのではないだろうか。

 今回の1期再開発で最も影響を受けた企業が、桜丘地区を拠点としていた大手楽器店「イケベ楽器」だ。同社は千代田区に本社を置き、関東と関西に約30店舗を展開しているが、桜丘地区には全店舗の約半数にあたる16店舗を有しており、桜丘を音楽文化の発信拠点として有名にさせる役割を担っていた企業の1つであった。しかし、そのうち12店舗が桜丘地区の1期再開発エリアにあり、店舗の移転を余儀なくされることとなった。今回、桜丘地区から駅チカに移転した12店舗のうち、3店舗をこのイケベ楽器の系列店が占める。このほかにも趣味関連の店舗では、東京都内と沖縄に展開するダイビング用品店「AQROS」が渋谷駅新南口近くの明治通り沿いに、人狼ゲームブームの波に乗る全国展開のゲームサロン「人狼HOUSE」が渋谷駅東口の青山通り沿いに移転している。このように、駅チカに移転した音楽・趣味関連の店舗は「複数店を構えるチェーン店」が多かった。

 残る8店舗は、飲食店のなかでは比較的客単価が高く万人受けすると思われる焼肉店やカフェバー、医療関係、理容室などであった。渋谷区周辺をエリアとするコミュニティFMラジオ放送局「渋谷のラジオ」も駅チカの渋谷ストリーム近くに移転している。また、今回調査した67店舗には含まれないが、永年渋谷駅と桜丘を繋ぐ横断陸橋前にあった大手旅行代理店「JTB」についても、再開発準備組合設立後に渋谷スクランブル交差点前へと移っている(JTBはこのほか渋谷ヒカリエなどにも出店)。

 このように「桜丘地区から駅チカへの移転」は、比較的大きな企業やチェーン店、客単価が高い店、ブームに乗った成長株などでないと難しかったとみられる。

◆「文化発信拠点」「個性の強い店」は桜丘周辺や道玄坂に

 桜丘地区からの移転先として最も選ばれたのは「桜丘地区周辺」であった。移転先が判明した67店舗のうち、桜丘地区周辺への移転を決めた店舗は半分近い30店舗にも上る。そのうち実に20店舗が、楽器店や習い事教室など「文化発信拠点」というべき業種だ。

 とくに、イケベ楽器は「イケベ楽器村プロショップタワー」と称して桜丘さくら通り入口のビルに系列の楽器店9店舗を集積させたほか、飲食店についてもクレイジーキャッツ石橋エータロー氏がオーナーをつとめるこだわりの海鮮居酒屋「三漁洞」、立呑み酒場「富士屋本店」のワインバー、沖縄料理専門店「テヤンデー」など、飲食店のなかでも比較的「個性が強い店舗」の多くが桜丘地区周辺への移転となった。飲食店全体を見ると、移転先が判明した全14店舗のうち半数の7店舗が桜丘地区周辺を移転先に選んでいる。

 このほか、特徴的なのが「専門学校・塾・習いごと教室」だ。桜丘にはイタリア語教室「日伊学院」、ドイツ語教室「欧日協会ドイツ語ゼミナール」など多くの習いごと教室・塾などがあり、これらも音楽・趣味関連の店舗と同様に「文化発信拠点」の一端を担っていたが、これらは移転先が判明した8店舗(8校)のうち7店舗が桜丘地区周辺への移転を選んだ。

 一方で、移転先が判明したオフィス・サービス関連15店舗(15社)のうち、桜丘地区周辺に残ったものは僅か3店舗。オフィスは殆どが「桜丘から去る」ことを選択したことになる。なお、桜丘に残ったオフィスのうち1社は「音楽関係者専門の旅行代理店」という、いかにも「桜丘らしい」業態の企業であった。

 また、桜丘地区や渋谷駅から少し離れたエリアへの移転を余儀なくされた店舗も少なくない。桜丘と同様に、移転先が判明した店のうち「音楽・趣味関連」の割合が高かったのが渋谷区道玄坂地区周辺だ。

 道玄坂地区は桜丘や渋谷駅から徒歩10〜20分ほどと桜丘よりも駅から少し遠く、目的を持った客しか足を運ばないエリアだ。道玄坂は桜丘と同様に坂と狭い路地で構成されており、桜丘に似た雰囲気を感じさせられる場所も多い。地価も渋谷駅周辺に比べるとかなり安く、家賃水準は桜丘と同等か、それよりも安い場合もある。

 桜丘から道玄坂に移転したのは、卓球用品店「国際卓球」、中古テニス用品店「テニス846シブヤ」、ライブハウスの「DESEO」と「DESEO mini」、そして医療機関やスナックなど9店舗。多くが目的を持った客しか足を運ばない個性の強い店舗といえる。

 道玄坂の円山町周辺には以前から多くのライブハウスが集積する場所があり、桜丘とともに渋谷の音楽文化発信拠点の1つとなっている。ライブハウス2店舗が移転したのもこの円山町になる。一般的に小型のライブハウスは薄利であり、「家賃高騰」は非常に頭が痛い問題だ。しかも、移転先となりうる建物は限られるうえ、夜遅くまで多くの人が集まる施設であるため移転できうる場所も限られてくる。そのため、家賃が比較的安く、すでにライブハウスの集積がある道玄坂・円山町を移転先に選んだのは必然的であった。

 このほか、桜丘において「夜の文化発信拠点」となっていたともいうべきスナックやバーについても3店舗が道玄坂への移転を選んでいる。全体を通して、道玄坂への移転を選んだ店舗は「夜型」の傾向が強いともいえる。

◆新たな再開発で「再移転」も?

 しかし、新たな「再開発の波」は移転先となったエリアにも容赦なく襲ってくる。2023年度に予定される桜丘1期開発地区の完成後には、その西側で2期再開発「ネクスト渋谷桜丘地区市街地再開発事業」が開始される。そのため、「イケベ楽器プロショップタワー」をはじめ、1期再開発地区から移転した店舗の多くが2期再開発地区にかかってしまい、数年後には「再移転」を余儀なくされてしまうことになる。

 桜丘地区周辺への移転を決めた30店舗のうち、2期再開発地区に含まれており「再移転」となることが確実な店舗はなんと23店舗。イケベ楽器も「プロショップタワーは2020年までの期間限定営業」としており、それ以降は再移転となる。2期再開発地区の再開発準備組合が設立されたのは昨年11月であり、2期計画を知らずに開発地域内へと移転した店舗もあるようであったが、2期開発は約4年以上先のことであり、調査した限りでは「2期開発開始後の明確な移転先を決めている」という回答が得られた店舗はなかった。

 また、永年再開発とは無縁だった道玄坂についても再開発の波が迫ってきている。2017年末にはドン・キホーテグループが東急百貨店近くの旧「ドン・キホーテ渋谷店」とその周辺一帯を再開発し、ホテルや商業施設を核とする超高層ビルを建設する計画を発表。さらに、向かいの東急百貨店も大部分が1967年に建設された建物であるため老朽化が進行しており、近い将来再開発がおこなわれる可能性もある。

 桜丘や道玄坂では、再開発地区外においても再開発地区の完成後には地価・家賃が高騰することが予想される。道路が狭く古い建物が多いため、防災面での不安があるエリアも多く、数年後には再び新たな「街が一変」するような大型再開発計画が持ち上がるかも知れない。

◆オフィスは半数が「都心」へ−「企業インキュベーションの地」にもなっていた桜丘

 さて、ここまでは渋谷エリア内へと移転した店舗について触れたが、再開発を機に「渋谷の街から離れる」という決断をした事例も少なくなく、67店舗中16店舗がそれに該当した。

 とくに渋谷の街から離れた店舗が多かった業種はオフィス・サービス関連だ。今回移転先が分かったオフィス・サービス関連16店舗(16社)のうち、渋谷エリアに残ったものは5店舗のみで、多くが渋谷から離れることとなった。そのうち、約半数の6店舗が渋谷から3〜5キロメートルほど南の「恵比寿・目黒」方面に移転。残りの5店舗は、新宿や丸の内など、利便性が高い「都心エリア」への移転となった。

 それに対して、音楽・趣味・教育関連の店舗では渋谷を離れたものは少なかった。渋谷を離れた店舗の例を挙げると、ヤマハ運営の音楽ホール「ヤマハエレクトーンシティ(旧ヤマハエピキュラス)」が目黒区下目黒に、プロミュージシャンを顧客に持つ有名ギターショップ「G' Seven Guitars」が新宿区曙橋に移転している。

 調査の全体を通してみると、「飲食店」は「桜丘残留」を、そして「音楽・趣味」など文化発信拠点というべき店舗はある程度分散したものの桜丘を含めた「渋谷周辺エリアに移転」を選んだ店舗が多い。一方で、「オフィス・サービス業」については渋谷を離れる選択をしたものが多かった。オフィスのなかには、桜丘で成長を遂げて都心エリアへと移転したとみられるものもあり、渋谷のなかでも比較的地価・家賃が安い桜丘が「文化発信拠点」のみならず「企業インキュベーションの地」としても機能していたことが伺える結果となった。

◆未だに移転先が決まらない「人気ライブハウス」も…

 さて、移転先が判明した67店舗以外にも、取材を行った時点で移転先が発表されておらず、営業を継続しているのかどうか分からなかった店舗、そして、移転先を見つけることができず「当面のあいだ休業」を発表している店舗もいくつかあった。

 その1つが、新人バンドの登竜門として知られた人気ライブハウス「渋谷club乙-kinoto-」だ。

 次回以降は、この「渋谷club乙-kinoto-」をはじめとして、多くが「消滅の危機」に直面しているという「桜丘のライブハウス事情」に焦点を当てていきたい。

<取材・文・撮影・図版作成/若杉優貴(都市商業研究所)>

【都市商業研究所】

若手研究者で作る「商業」と「まちづくり」の研究団体『都市商業研究所』。Webサイト「都商研ニュース」では、研究員の独自取材や各社のプレスリリースなどを基に、商業とまちづくりに興味がある人に対して「都市」と「商業」の動きを分かりやすく解説している。Twitterアカウントは「@toshouken」

関連記事(外部サイト)