「日本のドラマで日本語を覚えた」辛い別れを乗り越えて2店舗持つに至った蘇州大?飩店オーナー<越境厨師の肖像>

「日本のドラマで日本語を覚えた」辛い別れを乗り越えて2店舗持つに至った蘇州大?飩店オーナー<越境厨師の肖像>

蘇園?飩オーナーの李文娟さん

◆◆越境厨師の肖像第3回

その内容の是非はさておき、安倍政権下による入管法改正によって、今後ますます日本社会は多文化共生を余儀なくされることになっていくだろう。そのとき必要なのは、お互いを「知ること」だ。

「知る」ことの第一歩は関心を持つこと。とりわけ「食」は多くの人に異文化への関心という門戸を開く役割を果たす。

 本連載「越境厨師の肖像」では、中華料理愛好家としてさまざまなメディアで執筆を行う愛吃(アイチー)さんのガイドで、リアル中華菜の名店の店主が、いかなる思いで日本に来て、店を始めたのか。その実像に迫っている。

 今回は、小手指と大久保に蘇州の大?飩を出す店のオーナーである李 文娟さんにご登場頂いた。

◆日本のトレンディドラマ好きだった少女

「『東京ラブストーリー』『星の金貨』『魔女の条件』……。江蘇省蘇州にて、数々の日本のドラマに釘付けだったあの頃。ストーリー・ドラマの中の日本の雰囲気に興味津々で、夢中で観ているうちに日本語を覚えましたよ。日本語学校は行っていないし、大学の専攻でもなかったのですよ」

 日本のドラマタイトルを次々挙げながら懐かしいねぇと朗らかに笑う李さんはとても流暢な日本語を話す。

 独学で身につけた日本語能力を活かし、蘇州で貿易の仕事に就いていたが、縁あって来日。埼玉県所沢での新生活の幕が開いたのは、2007年末のこと。

 スタートしたての所沢生活で、李さんは「ふたつの楽しみ」を見つけた。

 ひとつめは、市役所主催の外国人交流勉強会。

 週一回開催、基礎的な日本語会話や、生活のルールなどを学ぶ。参加者は、中国のほか、タイ・フィリピン・インドの人々も多く集まり、和やかで楽しく行われていた。のちに「日本の母」と慕える良き師にも出会えた。

 ある日、「日本の母」から、年一回開催される市民フェスティバルに屋台を出店してみないかという提案が。李さんは即参加を決意、得意なケーキを作って出そうと想いを膨らませる。

 ふたつめは、東京の製菓専門学校で学んだこと。

 日本に来て、ひとつのモンブランに出合い、日本のケーキのおいしさに魅了された。すっかり心奪われた李さんは、食べ歩きにのめり込むうちに自身で作れるようになりたいと思うようになったという。

 実はそれは、ゆるやかな趣味としてではなく、「好きなもので手に職をつけ、夫任せになり過ぎず自立した生活を送るのだ」という堅い決意だった。

 そうして本格的に習得したことを活かしカフェを開きたいと目標を立てていた李さんは、早速自分が作ったケーキを食べてもらえる良い機会がやってきて、想いを膨らませたというわけだ。

 が、このあと「母」から再び示された提案が、のちの李さんの人生を大きく動かすことになる。

◆「母」からの提案で自身の「ソウルフード」に注目

「日本の母」から提案された市民フェスティバル屋台のこと。勉強した洋菓子を出そうかと思っていた李さんに、「母」から意外な言葉が飛び出てきた。

「せっかくいろいろな国のみんなが出す屋台だから、それぞれ故郷の料理を出してくれたら来場客も楽しめるし交流のきっかけにもなるのでは? って言われたんです。ああ、なるほど、それは面白そうだと思い、私がまっさきに思い浮かべたのは故郷・蘇州の大?飩(ワンタン)でした」

 蘇州大?飩−−。

 蘇州を代表する名菜や小吃としてなかなか表には挙げられないのだが、家庭では祝い事や正月をはじめ、家族団欒の中心にある欠かせないソウルフードである。皆で作り皆で食べる。李さんも家でよく作っていた得意料理。たっぷり作った時は近所に配ることもよくあるそうなのだが、そんなやり取りの中でも、李さんの家のワンタンは周囲でも評判だったそう。

 結果、フェスティバルではそれを紹介しよう、ということになった。

 そして迎えたフェスティバル当日、ワンタンは大好評! そこで李さんは新たな手応えを感じたという。

「ワンタンの提供を通して故郷蘇州を紹介しながら、ケーキも楽しめる気軽な雰囲気のカフェ。そんなお店を持ちたいと思うようになったんです」

 この構想を一歩ずつ着々と進め、2014年6月、小手指駅そばに『ダイニングカフェ 蘇(スー)』を開業した。

◆厳しいスタート。フェスティバル時の手応えはどこへ……

 いざ始めてみると、蘇州のワンタンがなかなか受け入れられない。

 というのも、ワンタンと聞き、心得ているつもりで注文したら、認識と全く異なる姿のワンタンが目の前にやってくるために、日本人のお客さんは戸惑ってしまうようだった。

 それもそのはず。日本の、ひらりと幅広めな皮の小ぶりなワンタンに比べ、蘇州をはじめとする中国江南地方のワンタンは、餡ぎっしりの大きなもので、元宝(昔のお金;銀錠・馬蹄銀などの呼称もあり)型のボリュームたっぷり大ぶりなワンタンなのだ。

 この解説を加えたポスターを作成し店頭に貼ってみても、見て立ち去ってしまう人ばかり。チャレンジしてみようと勇気を持って入ってきてくれた客からも、食後好反応を得られない。「中国の料理屋さんだから麻婆豆腐とか炒飯があるかと思った」という人もあり……。

「当時提供していたワンタンは『肉野菜』と『コーン』の2種類だけだったんです。あと、見た目も地味でした。そこで、数少ないけどお越しいただいたお客様の声を聴きながら、抜本的な商品の見直しにとりかかったんです」

 試作と検証を繰り返した末に生まれたアイデア。それは目にも楽しい5色のワンタンだった。

◆仕切り直しと奮起するも、さらに押し寄せる試練

 さぁ改めて仕切り直しだ!そう心新たに動き出そうという時に、再び試練が李さんに襲いかかる。

「日本に来てからずっと支えになってくれた義弟の病が発覚したんです。日本人の夫は仕事に追われており、世話をするのは私しかいませんでした。病院・店のこと・娘のこと(学校の宿題や習い事の送迎など)もあり、どれに対しても時間が足りなくて、なんとかこなしていましたが、どんどん気力も体力も失われていってしまいました」

 もう辞めた方がいいかも−−。店をたたむ選択肢が頭をよぎるようになったという。

 それを感じ取ったのか、病床の義弟が李さんへ一言かけてくれた。

「これまでのせっかくの努力をゼロにしちゃダメだよ」

 そして、それを最後の言葉に、この世を去ったという。

 義弟の看病と最期の言葉・パワーを失った自分自身。それらの経験を通じた李さんは、「健康の大切さ」をひしひしと感じ、そのことを食材選び・皮作りのテーマに掲げ、再びワンタンの改良に取り組み始めた。

◆試練をこえ、誕生した5色のワンタン

 悲しい体験を乗り越えて李さんが作り上げたのは、見た目が美しいだけでなく、健康を念頭に素材までこだわりぬいた5色のワンタンだった。

 5色のラインナップは、白:ナズナ(?菜)・黄:コーン(玉米)・緑:キノコ(香磨j・ピンク:エビ(?仁)・オレンジ:キムチ(泡菜)。店で選べる調理方法は「ゆで」「スープ」「焼き」の3つ。

 この他にも、こんなこだわりを詰め込んだ。

◎地元埼玉の食材を活用

◎季節によって餡に使う具材のバランスを調整

◎餡に使う豚肉は、バラとモモ。機械を使わず包丁で刻むことで滑らかな口当たりに。

◎スープワンタンのスープは、鶏ガラで丁寧にとった優しい味。

◎キムチは、大阪出身の元スタッフから教わったおすすめのものを使用

◎皮の色は野菜からとったもので着色料を使わない

 5色ワンタンが動き出すとともに、口コミも広がりだし「こちらのワンタンが美味しいと聞いて」との声が増えた。

 次いで日本駐在の人民日報インタビュー、さらには中国中央電視台4国際チャンネルの『華人世界』にも出演するなど中国メディアに続々登場したことにより、店舗近隣以外の遠方からの利用も急増したという。

 義弟の遺言通り、途中までの努力をゼロにせず、挑戦することによって事態は好転へ。李さんの目に見えてくる景色が変わってきた。

 スープワンタンをテーブルへ運んだ瞬間、その彩りや香りに歓声をあげ、食べ終えたらわざわざ李さんのもとへ来てお礼を言いに来てくれた人もいた。

 子供たちが口にするなり率直に「おいしーい!」と言いながら頬張る様子。ワンタンを食べた人から喜びの声を聞けること。それが李さんの活力となる。

◆新たな挑戦は、東京への新店舗開業

 微信(Wechat)のコミュニティを通し、中国人客を中心に5色ワンタンの美味しい噂は近隣にとどまらず広域に拡大していった。

「たくさんの人が小手指の店に関心を持ったり、来てくれるようになって、より多くの人々に故郷蘇州の味を伝えたい、同郷の人々に懐かしんでほしいという気持ちが強くなったんです。そんな中、新しい挑戦をしたいという気持ちが強くなってきました」

 小手指の店舗が軌道に乗ってきて、李さんにとって新たな挑戦が始まった。

 東京へ新店舗を出す! そう決めてから1年間、小手指の店舗を回しながら、条件のいい物件を探し回ったという。

 およそ1年間探した末に決まった新天地は、大久保に決まった。駅からも近くアクセス良好。

 10月7日にめでたくオープンを果たしたばかりだ。

 エントランス・看板・店内の水郷風景の壁紙は全て蘇州にて調達。箸は『蘇園?飩』の刻字入り。細部にもこだわりがある。

 再利用の空き瓶を活かした小さな花飾りは李さんのアイデア。卓上にさりげなく華やかさをという心配りだ。

 オープン日、李さんは蘇州で縫製されたチャイナドレスで華やかに接客した。

◆挑戦することによって見えてくる景色がある

 故郷・蘇州の食文化だけではない。日本で学んだ製菓技術もここで活かすべく、他の中国料理店ではないようなケーキも揃えているのが李さんらしさだ。

 ケーキは、フワッフワな野菜のシフォンケーキやとろける濃厚さのチョコレートケーキなどが、入り口そばのショーケースに並ぶ。

 流行りのタピオカミルクティー(K糖珍珠?茶、通称は???茶)も揃えている。さらには、グランドオープン直後で忙しいはずなのに、新商品の「2色の芋ペースト入りミルクティー(双色芋泥?茶)をもデビューさせ、疲れを感じさせぬ勢いを見せる。

 食事に、おやつに、ワンタンを。

 食後やカフェタイムに、ケーキやミルクティーを。

 彼女が育った中国のこと、そして日本に来てからの生活。そこから出てきた「夢」の結晶と言えるような店舗なのだ。

「挑戦することによって見えてくる景色がある」

 李さんが、自己紹介として添えている言葉だ。

 この言葉を常に胸に、李さんは歩みを止めることなく進み続ける。

 蘇州大?飩を挑戦しに食べに行ってみると、初めて食すワンタンの世界の扉が開き、新たに見えてくる景色と出合えるかもしれない。

<取材・文・撮影/愛吃(アイチー)>

【愛吃(アイチー)】

あいちー●Twitter ID:@aichi_chuka。大陸を感じることができるところを特に愛す。 思い立ったら弾丸構わず全国・中国・他の国…あちこちすっ飛び食べ歩く。自身のブログ、「アイチーの、中華悠游記。」を経て、食通の厳選グルメキュレーションマガジン「メシコレ」キュレーター、Rettyグルメニュース連載「旅する中華」を経て、現在は、中華料理関連のあれこれ(監修・コーディネイター・アドバイザーなど)で活躍中。中国各地方の特色ある料理を楽しむ『中華地方菜研究会〜旅するように中華を食べ歩こう』主宰でもある

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