元ドライバーが京急踏切トラック事故現場を再訪して検証する、4つの「たられば」

元ドライバーが京急踏切トラック事故現場を再訪して検証する、4つの「たられば」

京急踏切事故現場。遺されたタイヤ跡が事故の凄惨さを物語る

◆6度目の事故現場再訪

 筆者が現場を歩くのは、これで6度目になる。

 踏切で立ち往生したトラックが京浜急行線下りの快特電車と衝突し、67歳のドライバーが死亡した、いわゆる「京急踏切事故」の現場だ。

 あれから1か月余り。電車の中からスマホで踏切を撮影しようとする乗客が時折目に入るものの、当初そこかしこにいた取材記者もすでに姿を消し、現場はまるで何事もなかったかのように、平穏な状態に戻りつつある。ベニヤ板の仮壁とタイヤ痕、茶色く枯れ果てたいくつもの献花を残して。

◆「社会が起こした事故」だと痛感せずにはいられない

 この事故に関しては、既に各媒体で見解を述べている。ハーバービジネスオンラインにも、事故の数日後に考察記事(京急脱線事故のトラックは、なぜ小道に迷い込んだのか。ドライバー視点で考察する)を寄稿済みだ。

 が、筆者はその後もこの事故をなかなか消化しきれず、現場に赴いては、事故を起こしたドライバーの軌跡や心理を探る日々が続いている。

 本件にここまで入れ込むのは、これが「立ち往生したトラックが電車と衝突した」だけの事故ではなく、「ドライバーの高齢化」「過酷な労働環境」といった運送業界の現状と、「踏切の存在」「標識の立て方」などの道路が抱える課題が複合的に絡んだ、「社会が起こした事故」だと痛感するからだ。

 そして何より、自分自身も極度の方向音痴で、彼と同じように大きなトラックで見知らぬ土地にさ迷い、幾度となく立ち往生しては、言葉にできぬ強いプレッシャーを感じてきたからだろう。

 十数秒おきに鳴る現場の踏切。地面に残るタイヤ痕やえぐられた傷の上に立つたびに、「怖かっただろうな」という思いに襲われ、胸が締め付けられるのだ。

 近年稀に見る大きな踏切事故。乗客側に死者が出なかったことは唯一の救いだが、一方、「ドライバーの死は免れなかったのか」という視点から振り返ると、いくつもの回避ポイントがあるように思えてならない。

 今回は、現場を走って思う同事故における「たられば」から、今後検討すべき対策を見出していきたい。

◆1:標識がもっと分かりやすかったら

 現場を走ると感じるのは、小道手前の道路にあった2枚の標識の「情報量の多さ」だ。

 その道路の制限速度は、時速40km。同時速のクルマは、1秒で約11m進む。そんな中、情報が凝縮された標識を早朝4時から働き始めた67歳が瞬時に見て理解するのは、決して簡単なことではない。

 また、その標識は現在、2枚とも道路の奥のほうに設置されているのだが、実はそれよりも手前に、大型車でも余裕を持って回避できそうな側道がある。

「最終警告」ともなるこの標識が、もしこの側道よりも手前にあったら、回避のチャンスが1つ増えていたのではと思えてならない。

 さらにもう1つ気になったのは、標識に街路樹の葉がかかっていたことだ。今回の事故の直接的な原因にはなったとは考えづらくも、こうした行政による街路樹の管理は徹底してほしいと改めて思う。

◆2:4軸低床車でなければ

 トラックに乗ったことのない人にはあまり気付かれないのだが、大型トラックには種類がある。現在よく使用されているのは、「4軸低床車」と「3軸高床車」だ。

「4軸車」は、横から見るとタイヤが4列(前輪2軸、後輪2軸)、「3軸車」は3列(前輪1軸、後輪2軸)になっている。

「低床車」は文字通り、トラックの荷台の底が低く、「高床車」はそれが高い。今回事故を起こしたトラックは、タイヤが4列で床が低い「4軸低床車」だった。

 決してこの4軸低床車自体が悪いわけではないが、事故車が同車だと知った瞬間、真っ先に浮かんだのが、もし今回のトラックが3軸高床車だったら、彼は立ち往生しなかったのでは、という思いだった。

 大型トラックの全高(クルマの高さ)は、法律で「3.8m以内」と決まっている。

 一方、現場は少しでも多くの荷物を運びたい。そのため、天井を上げる代わりに荷台の床を下げ、スペースを広げた。

 こうして床を低くすれば、必然とタイヤも小さくする必要がある。タイヤを小さくする分、その数を増やして荷の重さに耐えられるようにした。これが「4軸低床車」だ。

 そのため同車は、多くの荷物を運べるだけでなく、タイヤの数が多くなることで接地面積も増えるため、ブレーキの効きもよく、直進運転が安定。床が低い分荷積みも幾分楽になる。ゆえに同車は、精密機械の輸送や、それほど重くないものを大量に運ぶのに重宝されている。

 が、その反面、前に2軸、後ろに2軸タイヤがあることで、3軸車と比べると「小回り」が利きにくくなるというデメリットが生じる。今回の事故は、それが仇となった可能性が考えられるのだ。

 この推察について、現役のトラックドライバーに意見を求めたところ、多くの同意があった一方、「あの道は4低じゃなくても曲がれなかっただろう」、「3軸車だったら左折はできたのでは」という意見もあった。

 いずれにしても、やはりあれほどの小道に車長のある大型貨物トラックが進入するのは無理がある。

 現時点では、車長の短い大型ダンプなども通るためか、当該の小道は大型車の進入が禁止されていないが、今後、全国の小道・路地含め、進入可能車の確認や細分化、見直しなどを検討していくべきだろう。

◆3:警察を呼んでいれば

 トラックドライバーは世間から「運転のプロ」とみなされる。無論、ドライバー本人たちにも、プロ意識が強い人がほとんどだ。

 が、トラックドライバーも人間である以上、時には大なり小なりミスはする。

 今回のドライバーも大きなミスを犯した。が、それは世間の言う「小道に入ったこと」でも、「踏切を右折したこと」でもない。「無理だとすぐに判断できなかったこと」だ。

 この件でも現役ドライバーに、どうすれば今回の事故は防げたか意見を聞いたところ、「手前の道路で早めにUターンするべきだった」、「小道をバックして戻るべきだった」といった声のほか、「警察を呼ぶべきだった」という回答が多数出た。

 トラックは車体が大きいため、立ち往生すると周囲に多大な迷惑を掛ける。その時のプレッシャーは、普通車の比ではない。

 が、そこで無理をして周囲のクルマにぶつけたり、歩行者と接触したりすれば、どんな言い訳もきかなくなる。

 それゆえ、立ち往生した時は潔くプライドを捨てて自力での脱出を諦め、警察に誘導要請するべきであり、それができる人こそが、「真のプロドライバー」だというのが、多くの現役ドライバーの意見だった。

 ちなみに、警察を呼ぶべきなのは、トラックドライバーや踏切での立ち往生に限ったことではなく、普通車がどんな道を通った際でも同じだ。

 交通課の警察は、「交通整備」も職務の一環であるため、誘導要請のために110番しても叱られたり、違反切符を切られたりすることはない。

◆4:トラックを降りていれば

 今回の事故で何よりも残念なのは、彼が最後までトラックを降りなかったことだ。

 どちらにせよ電車との衝突が避けられなかったのならば、彼にはせめて衝突前に脱出していてほしかった。

 警報機が鳴り始めて電車が衝突するまでは約30秒。彼はこの時間を、逃げるためではなく、現状を挽回するためのものとして捉えたのだ。

 トラックドライバーは、世間からその印象を「強引」「ヤンチャ」「自分勝手」などとされがちだが、実際は、非常に繊細で責任感の強い人が多い。

 ましてや彼は、67歳で入社1年足らず。トラックに傷をつけてはいけない、会社や社会に迷惑を掛けてはいけない、という心理が強く働いたに違いない。

 幹線道路から突如現れる小道、大型トラックの大容量化、ドライバーの高年齢化。

 踏切に付いた黒いタイヤ痕から、車体が引きずられ止まったベニヤ板の仮壁までの約20m。この1か月、踏切の音を背に何度も歩いて見えたのは、やはり日本社会の縮図だった。

 少しの工夫で避けられた彼の死。今回の事故が、少しでも今後の物流や道路環境改善の教訓として活かされることを切に願わずにはいられない。

<取材・文・撮影/橋本愛喜>

【橋本愛喜】

フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。日本語教育やセミナーを通じて得た60か国4,000人以上の外国人駐在員や留学生と交流をもつ。滞在していたニューヨークや韓国との文化的差異を元に執筆中。

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