台東区、野宿者の避難所利用拒否の二重三重の問題点。求められる検証と改善

【台風19号】台東区が野宿者の避難所利用を拒否 区側が野宿者を住所と身なりで判断も

記事まとめ

  • 台風19号で都内で河川氾濫等の被害がおきたが、台東区は野宿者の避難所利用を拒否した
  • 区側は、野宿者とそうでない人を『住所と身なりで見分ける』と言ったという
  • 渋谷区は当初避難所が野宿者を受入れなかったが、抗議して受入れられることになった

台東区、野宿者の避難所利用拒否の二重三重の問題点。求められる検証と改善

台東区、野宿者の避難所利用拒否の二重三重の問題点。求められる検証と改善

野宿者拒否があった避難所(台東区・忍岡小学校、13日撮影)

 台風19号の影響で都内でも河川の氾濫などの被害が出た10月12日から13日にかけて、台東区が野宿者の避難所利用を拒否したことについて、ネット上で批判があがっている。

 これについて12日に私が台東区災害対策課に確認したところ、「区民を優先する」との答えだった。しかし、より具体的な回答を得るために「区民の入場が完了するまで、野宿者が来ても待たせるという意味か」と尋ねると、「そうだ」とのことだった。野宿者に対する利用拒否である。

◆2名の野宿者の利用を拒否

 台東区では11日に4カ所の「自主避難所」を設置。うち2つの中学校を12日夕方に土砂災害に備えるための「避難所」に格上げした。

 13日に台東区広報課に確認したところ、避難所のうち忍岡小学校で2名の野宿者について利用を拒否したという。

「来所者には避難者カードに記入していただくのですが、その際、住所がないので住所を書けないという方がいらっしゃって、それでは利用できないということでお帰りいただいたと聞いています。その時間帯が確認できておらず、忍岡小学校が自主避難所だった時間帯なのか避難所に格上げされた後なのか、現時点ではわかりません」(広報課の担当者)

 台風が過ぎ去った13日朝、野宿者拒否があった忍岡小学校に行ってみた。小学校の向かい側、不忍池の前の歩道では折れた街路樹の撤去作業が行われていた。屋外にいるだけで危険だったことを示すものが、避難所の目の前にあった。

 忍岡小学校で話を聞かせてくれた区職員は、前日に野宿者が来たことを把握しておらず「12日夜中から私がここに来て以降は(野宿者は)来ていない」とのことだった。

「こちらの避難所の利用者は約20名。区民が優先ではありますが、スペースには余裕があったので、もし野宿者の方が来ていれば拒否はしなかった」

 少なくともこの職員は、柔軟に対応する意志を持っていたようだ。もう一つの避難所となった別の小学校にいた区職員は、こう語る。

「こちらの利用者は約90人でした。避難所は区民と帰宅困難者のためという位置づけ。また地震と違って、災害からの復旧後すぐに小学校として使えるようにしなければならないという状況でした。ただ、ここは避難者が増えた場合は1,500人までスペースを拡張できる施設です。もちろん命に関わる状況であれば野宿者に対しても拒否はしなかったと思う」

 現場の職員はこのように考える人もいたのに、拒否された人がいたのは返す返すも残念であり許される事態ではない。

◆「拒否された人の背後に多くの人がいる」

 台東区による野宿者拒否の情報をTwitterで報告した山谷労働者福祉会館(台東区日本堤)は昨日、施設を避難所として開放。約20人が避難してきたという。同館のメンバーは、こう語る。

「渋谷区でも当初、避難所が野宿者を受け入れていなかった。それはおかしいと抗議してようやく受け入れてもらいました。台東区については12日に、山谷労働者福祉会館を避難所として利用できるというビラを配布していた際、野宿者に区でも避難所を開設していると話したら『オレたちはダメなんだよ』と言われた。まさかそんなことが、と思い区に電話して聞いてみると、『野宿者はお断り』『タダで使われちゃ困る』などと言われたんです」

 これが事実なら、区の対応はかなり露骨だったことになる。

「区側は、『川が氾濫するなど、どうしても危険だとなったら現場判断で対応する』と答えていました。野宿者とそうでない人をどう見分けるのかと尋ねると、『住所と身なりで見分ける』と言うんです」(同)

 避難所や区広報に確認したところ避難所では身分証の提示などは求めないが、前述のように「避難者カード」を書かせる。そこで住所がないと判明したり、身なりが野宿者っぽかったりすると、追い返されてしまうというわけだ。

「実際に追い返された人が少数であっても、その背後には無数の人達がいるんです。そして『どうせ自分たちは入れてもらえない』と諦めて、避難所に行こうともしない人を生み出している。野宿者の多くはネットやテレビを使える環境にありません。主な情報源はラジオです。単に野宿者も受け入れるという方針にするだけではなく、ラジオや広報車で周知するなど野宿者に伝わるようにする必要もある。隣の墨田区に確認したら野宿者でも受け入れると言っていましたよ」(同)

 同会館近くで、昨夜はドヤ(簡易宿泊所)で過ごしたという男性に話を聞いた。

「この辺りは野宿者が多い。1泊2,000円以下のドヤもあるが、そこに泊まるカネがない人だっている。普段ならそのへんの道路で寝ている人も多いが、昨日みたいな日は外にいるだけでも危ない。でも避難所が使えなければ行くところなんかないよ」

◆広報担当者「野宿者への観点が欠けていた」

 台東区は上記の自主避難所と避難所の他に、外国人観光客向けに「外国人観光客等の緊急滞在施設」も12日の午後1時に開設していた。外国人や帰宅困難者といった区民以外の人々にも手を差し伸べた。にもかかわらず野宿者は度外視されていた。

「命に関わる状況になれば」

 区職員たちの言葉は、河川の氾濫や土砂災害など、いざ切羽詰まった状況が生まれれば柔軟に対応する可能性があったことをうかがわせる。しかし問題は、川の氾濫や土砂災害の有無に関わらず屋外にいること自体が実際に危険だったという前提には立っていない点だ。

 台風19号が記録的な暴風雨を伴っていることは事前にわかっていたし、12日夕方には気象庁が大雨特別警報を発した際には「直ちに命を守るための行動を」と呼びかけていた。前述のように屋外では街路樹が折れて落ちてくることもあれば、看板などが外れて飛んでくることだってある。当たれば怪我をしかねないし、打ち所が悪ければ死ぬ。

 野宿者にとっては、家がある人の感覚ではわからない「命の危険」がある。それに、死ななければいいというものではない。命さえあれば人権が守られたことになるわけではないだろう。

 現場の職員たちには同情する。そもそも野宿者を拒否した自主避難所や避難所は、区が区民のために開設したという建前があった。相当切羽詰まった状況にならなければ現場で独自に判断するのは難しい。

 個々の職員ではなく区の方針の問題だ。

「今回は住所不定の方への援助という観点が欠けており、援助の対象から漏れてしまいました。その点も含め、こういう場面でどのようにして命を守っていくのかということについて、今後、区として検討していきたいと考えております」(区広報課の担当者)

 区側も問題は感じているようだ。

 今回は、台風19号の暴風雨が吹き荒れている真っ最中に、Twitterで台東区の対応を問題視する声があがり、抗議の電話をする人もいた。私も12日のうちに事実確認(取材)のつもりで災害対策課に電話をかけたが、電話を切る前に一言「命に関わるから方針を変えるべきだ」と意見を言った。Twitterでは、共産党の台東区議・秋間洋氏が区の災害対策本部に電話で抗議し改善を求めたが方針が撤回されなかったと報告している。

「自治体は法律上滞在者もまもる義務もある、と反論しましたが、結論は、今回は受けられない、次の教訓にする、と方針撤回しませんでした」(秋間氏のTwitterより)

 内閣府は災害救助法に関連する「災害救助事務取扱要領」(平成31年4月)の中で、「法による救助の原則」として「被災者の経済的な要件等は必ずしも問われず、現に救助を要しているか否かにより判断されるべきであり、現に救助を要する場合には平等に行われるべきである」(平等の原則)、「住民はもとより、旅行者、一般家庭の訪問客、その他その土地の通過者等を含め、全ての被災者に対して、その現在地を所管する都道府県知事(又は市町村長)が救助を行う」(現在地救助の原則)としている。また同要領には「法による救助の性格」として、「法による救助は、現に災害により救助を要する状態の者に対して緊急的かつ一時的に行われるもので、当該市町村の住民であるか否かは問わない」とも書かれている。同要領の平成29年版も同内容となっており、昨日今日にできた原則ではない。

 法や制度の不備ではない。台東区の方針が、従来からある法の趣旨に明らかに反していた。

 にもかかわらず抗議を受けても方針を変えず、台風が通過し避難所を閉鎖するまで押し通してしまったこともまた、問題点のひとつだ。「次の教訓」で済ませていては、いまその場で助けを必要としている人を救うことはできない。

 同じことが繰り返されないよう、必ず検証と改善がなされるべきだ。

<取材・文・撮影/藤倉善郎>

【藤倉善郎】

ふじくらよしろう●やや日刊カルト新聞総裁兼刑事被告人 Twitter ID:@daily_cult3。1974年、東京生まれ。北海道大学文学部中退。在学中から「北海道大学新聞会」で自己啓発セミナーを取材し、中退後、東京でフリーライターとしてカルト問題のほか、チベット問題やチェルノブイリ・福島第一両原発事故の現場を取材。ライター活動と並行して2009年からニュースサイト「やや日刊カルト新聞」(記者9名)を開設し、主筆として活動。著書に『「カルト宗教」取材したらこうだった』(宝島社新書)

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