週休3日制をいち早く導入したバー店主の提言「もうそろそろ、頑張るのはやめよう」

週休3日制をいち早く導入したバー店主の提言「もうそろそろ、頑張るのはやめよう」

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◆週休3日制を導入しようとする企業が続々と

 最近、「週休3日」という文字が踊るニュースが増えてきた。大手企業では、ヤフー、アマゾン、マイクロソフト、アクセンチュア、ファーストリテイリング(ユニクロ)、佐川急便などがすでに導入したり、導入しようとしたりしている。

 その波は、ITや通信、コンサルティングや流通など、さまざまな業界にまたがっている。その中身や思惑は少しずつ違えども、働き方や働かせ方が多様化してきている証だ。政府が提唱する「働き方改革」も後押ししていることだろう。

 週休3日制を導入、試験実験や検討している企業を見ていくと、主に以下の3パターンに分けられる。

A:労働時間が減った分、給与も減る

B:労働時間は減るが、給与はそのまま

C:総労働時間と給与は変えない(例えば、1日の労働時間が8時間から10時間になるなど)

 Aは、余った時間を育児や介護などに充てやすいというメリットがあるが、収入が減る、キャリアリスクがあるということがデメリット。

 Bは、労働時間が減るのに給与が変わらないのはメリットだ。しかし、仕事量や成果目標が変わらないとすれば、時間あたりの労働生産性や効率性を1.25倍に上げなければならない。その意味で、労働者負担やストレスが増すことがデメリット。

 Cは、休日は増えるけれども、その分、出勤日の労働時間が増えるだけ。

 経営側がいろいろと苦慮しながら従業員に報いようとするなど、労働時間を減らすためにさまざまな工夫や業務改善に取り組んでいることは見てとれる。働く側からすると、ワークライフバランス、兼業・副業解禁、育児や介護に充てられるなど、働く自由度が高まる可能性はある。

◆俺が週休3日を先駆けて導入した理由

 さて、俺が2004年に開業して14年間営んできたオーガニックバー「たまにはTSUKIでも眺めましょ」(通称「たまTSUKI」)は、当初は月曜定休の週休1日だった。2008年に定休日を日・月曜日にして週休2日へ。2012年には定休日を土・日・月曜日として、週休3日へと移行した。

 当然、売り上げは下がった。それでも、少なくなった営業日を目指して来てくれるお客様がいた。そのため、営業日が減った分と比例して売り上げが減るわけではなく、その減り方はなだらかだった。

 とはいえ、売り上げが減ることを受け入れての決断と実践。特に、土曜日を定休日にするリスクにはかなり迷いがあった。当然、いちばん売り上げが見込める日だからだ。

 その店は俺1人で営んでいた。たかだか14席のチッポケな街外れのバーであり、繁盛していたわけでもない。それなのに当時、こんな小さな週休3日の取り組みを、さまざまなメディアやニュースが取り上げてくれたのは、時代を少しだけ先取りしたからだろう。

 テレビではNHKが数回、フジテレビなどの民放やラジオでも数回、そのほか雑誌記事やネットニュースなども、幾度となく我がバーの週休3日を報じてくれた。

 俺が定休日を徐々に増やして週休3日にしたのには、大きく3つのワケがあった。

1:現代人、特に日本人は働きすぎで疲弊しているから

2:経済成長がなく人口が減少していく時代にあって、売り上げや収入が小さくとも、豊かさを享受するメソッドを示したかったから

3:上記を理由に、“あまり働かない世の中”へと牽引したかったから

 1に関しては、昨今の週休3日の流れと目的が同じだ。だが2と3は、似て非なるものだ。

◆売り上げが減り、低収入でも「幸せ」は増えた

 昨今の北極圏やアマゾンの森林火災や大型台風化、海のプラスチックゴミ問題など、人類の未来を脅かすさまざまな問題は、「経済成長を目指してきたこと」が原因となって引き起こされている。

 つまり気候変動や環境破壊は、人類の大量生産・大量販売・大量消費・大量廃棄が大きな要因だ。人口減少や趣味嗜好の多様化などで、マクロ市場が大きくなることはない。市場拡大を目指す経済成長はもう無理だ。それなのに市場拡大を目指すから、人類を脅かす問題が加速してしまう。

 だとしたら、経済や生産や消費を減らさねばならない。そう言うと、「人間の欲望を抑制することはできない」という批判も出ることだろう。だからこそ俺は、週休3日にして労働時間も売り上げも収入も減らしてなお、豊かさや満足感や幸せ感を高める働き方=生き方を示したかったのだ。適量生産・適量販売・適量消費・廃棄ゼロを目指しつつ、人の幸福度が高まる世の中にしたいという思いがあった。

 休みを増やして営業日を減らした結果、労働時間が減ったが収入も減った。しかし、新たにできた時間で、お米や大豆や野菜の自給を始めた。余った時間を利用して、「自分でできること」を少しずつ増やしていったのだ。自分1人ではできないことは、コミュニティの仲間と協力して、やれることを増やしていった。

 その結果、新鮮で安全で美味しいものを日々食べられるようになり、多くのモノを自分でこしらえることができるようになり、地域に「支え合える仲間がいる」という安心感を得ることができた。

「消費」という他力依存でなく、「自分の手でできることが増える」というのは、大変さよりも楽しさや満足度のほうが勝る。おかげさまで、消費する欲望もほとんどなくなってきた。

 消費欲望・購買選択・所有物による他者との比較優劣、買って使わなくなったモノの処分などは、実は大きなストレスと時間ロスだということにも気づいた。ストレスは少ない方がいいし、時間は他に使った方がいい。こうして「収入が減っても大丈夫。幸せに生きられる」という確信を持てるようになってきたわけだ。

 そんな俺の生活からみると、「B:労働時間は減るが、給与はそのまま」や「C:総労働時間と給与は変えない」というのは、本質からズレているように思える。Bは一見良いように見えても、負担やストレスは変わらない。それどころか、増える側面が大きいと見る。当然だが、企業側は労働時間を減らしても、売り上げは減らしたくない。労働者にいま以上の負荷がかかることが予想されるからだ。Cは、形が変わるだけで実態は「現状維持」ということだ。

◆「頑張って働いても、失うものばかり」ということに気づこう

 格差貧困が広がる現代社会にあって、俺は単に収入が減ることを歓迎しているわけではない。むしろ内部留保をため込んでいる企業などは賃金を上げるべき、という考えだ。最低時給が上がることにも賛成だ。低所得だとしても安心して暮らせる仕組みを政治・経済・社会でシステムとして充実させねばならない。

 一方で文明論として、俺たちの社会は曲がり角にきている。人類はこれまで、働く時間や過酷な労働を少なくして豊かになるために、利便性やスピードを発展させてきたのではないか。ところが、その豊かさを享受したというのに、働く時間も過酷な労働も旧時代と形は違えど逆に増えてしまった。

 利便性やスピードで空いた時間を自分の暮らしのために使わず、なぜかさらに働く時間に充ててしまうという道を歩んでしまった人類。おまけに、より働いた結果として、人類が生き延びていくための条件を自ら脅かしている。これまた愚の骨頂じゃないか。シュールだが、笑えるようで笑えない。

 俺の好きな唄(『小さなトマト』)の歌詞で、こんな節がある。

 頑張って働けば 山が死んでゆく

 頑張って働けば 川が死んでゆく

 頑張って働いても 失うばかりなのに

 それなのになぜ 人は頑張るの?

 (歌詞:内田ボブ氏)

 昨今話題の週休3日だが、人類の持続可能性や地球環境という視点でも捉え直して注意深く見てほしい。もしアナタが「そうだよね。オカシイよね、この経済成長システム!」と思われるなら、週休3日どうのこうのを超えて、過分で余計な仕事を積極的に減らしていってほしい。

 過分に頑張る必要はない。低収入を恥じる必要もない。むしろ過分な経済活動をしない分、人類の持続可能性に寄与しているのだから、誇りになるじゃないか。そして徐々に、消費に依存せず自らができることを増やす生き方に変え、その楽しさや豊かさを、周囲の方々に後ろ姿で示してほしい。

【たまTSUKI物語 第21回】

<文/坂勝>

【坂勝】

1970年生まれ。30歳で大手企業を退社、1人で営む小さなオーガニックバーを開店。今年3月に閉店し、現在は千葉県匝瑳市で「脱会社・脱消費・脱東京」をテーマに、さまざまな試みを行っている。著書に『次の時代を、先に生きる〜まだ成長しなければ、ダメだと思っている君へ』(ワニブックス)など。また、筆者の「誰にでも簡単に美味しい料理ができる」調理方法とレシピをYoutube「タマツキテキトー料理 動画&レシピブック」で公開中。

【sosa project】

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