「主人が怒るから……」モラハラ被害妻を縛る”洗脳”<モラ夫バスターな日々34>

「主人が怒るから……」モラハラ被害妻を縛る”洗脳”<モラ夫バスターな日々34>

まんが/榎本まみ

◆弁護士・大貫憲介の「モラ夫バスターな日々<34>

「それは、おツラい状況ですね」

 私が声をかけると、相談に来た妻(40代)の目から大粒の涙が溢れ、ポロポロとこぼれた。

 夫は、些細なことで怒り、大声を出すという。10数年前の結婚当初、言い返したら顔面を殴られた。それ以降、妻は逆らわず、夫の機嫌を伺い、怒らせないように努力してきた。

 中学1年生と小学校3年生の息子たち2人も、夫に怯え、夫が帰宅すると、無口になってしまう。

「あなたもお子さんたちも壊れてしまう。別居、離婚を考えて下さい」と水を向けると相談者は、「でも、主人が怒ると思います」と否定する。

「そうですね、おそらく、激しく怒るでしょうね」と私が同調すると、相談者の顔がこわばった。

◆決断力を奪われる被害妻

 モラ被害を受け続けている被害妻たちにとって、離婚のハードルは高い。

1、夫が怒るかどうかが行動基準になっている

 被害妻たちは、長年、夫を怒らせないように行動してきており、それが身に沁みついている。

 したがって、夫が激しく怒ると思うと、別居、離婚へ踏み切ることが難しい。別居や離婚を夫にお願いし続ける妻もいるが、モラ夫は、自分自身に再婚を約束した愛人ができるなど特別な事情のない限り、離婚を認めない。

 別居、離婚を進めるには、「怒るかどうか」を基準にしてはいけない。

2、夫を怒らせる私にも落ち度がある

 「俺を怒らすお前が悪い」は、モラ夫の常套句である。落ち度を指摘され、怒られ続けると、妻たちは、「私にも落ち度がある」「(夫を怒らせる)私も悪い」と思い込んでしまう。

 一種の洗脳である。「怒らせるかどうか」の基準の次は、この「洗脳」の問題が控えている。

 例えば、法律相談などで、担当弁護士が、「そんなことで怒る彼が問題」「あなたは、悪くない」と言っただけでは、被害妻たちの「洗脳」は解けない。「私の掃除はいい加減」「料理が下手、手抜き」などと、被害妻の口から、次々に出てくる「落ち度」「夫が怒る理由」を一つ一つ潰していく必要がある。

 事案によるが、この洗脳を解く作業のために、数ヶ月にわたる法律相談を継続することもある。

◆子どもは母やきょうだいを守るため、モラ父の機嫌をとる

3、別居、離婚できない理由も際限がない

 被害妻たちは、別居、離婚できない「理由」に囚われることがある。よくあるのは、上記の2つだ。つまり、

1:夫が怒るので別居、離婚できない。同意を得ない別居など怖くてできない。

2:私にも落ち度があるので、離婚できない。

 そのほか、よく挙げられる理由には、次のものがある。

3:子どものためには、両親が揃っていた方がよい。私(妻)が我慢すれば家庭が維持できる。

4:転校させたら、子が可哀想だ。

5:生活費、学費が不安である。

 まず、1については、同居を継続し今後も怒られ続けられることを考えれば、乗り越えるしかない。モラ夫との離婚に慣れた弁護士に交渉を任せれば、モラ夫からの直接加害を防いでくれるはずだ。家裁実務では、別居し婚姻破綻が認められれば離婚できるので、2も気にする必要はない。

 次に、3、4は、モラ被害とその悪影響をどの程度とみるかの問題である。母親の不幸せや父の母へのモラ加害は、子どもに甚大な悪影響がある。心身の発達が阻害され、本来の才能が抑え込まれることもある。

 子によっては、母やきょうだいを守るために、或いは、自分自身を守るために、モラ父の機嫌を取ることがある。この場合表面的には、父子関係が良好にみえる。

 ところが、別居後しばらく経つと、子は、モラ父の恐怖から解放されて、父がどんなに怖かったかを語り始めることがある。

 反対に、モラ父に完全に同調する子どもは将来、モラ男になる可能性が高いだろう。すなわち、モラ夫との婚姻生活の継続が、本当に子どものためかどうか、よく考える必要がある。

◆自分の「落ち度」を一つひとつ潰さなければ前に進めない被害妻たち

 冒頭の事例に戻ろう。私は、

「受任後は私が矢面に立つので、彼から直接怒られることはありません。私が彼の怒りを受け止めます」

 と述べた。相談者は、安堵の表情を浮かべた。

 そして、相談者は、離婚をアドバイスした私に対し、次々と自分の「落ち度」を持ち出してきた。長年、夫から責め続けられた「落ち度」を一つ一つ潰さなければ、前に進めないのだ。

 そして、「落ち度」を潰す作業が終わると、「離婚できない理由」との闘いが始まる。長年のモラ被害により、判断力が削られてきたので、相談者の思考は、しばしば堂々巡りになる。これらを乗り越えると、ようやく、自らの将来を思い描けるようになっていく。

 以上、離婚へのハードルは低くない。しかし、そもそも幸せになるために結婚をしたのであって、妻だけが我慢を強いられる結婚は間違っている。洗脳が解ければ、法手続きとしてのモラ離婚自体は難しくはない(第23回 暴力や不貞がなくとも、数年別居しなくともモラハラ夫との離婚は可能)。

 決断に遅過ぎることも早過ぎることもない。決断したときが前に進むときである。

【大貫憲介】

弁護士、東京第二弁護士会所属。92年、さつき法律事務所を設立。離婚、相続、ハーグ条約、入管/ビザ、外国人案件等などを主に扱う。著書に『入管実務マニュアル』(現代人文社)、『国際結婚マニュアルQ&A』(海風書房)、『アフガニスタンから来たモハメッド君のおはなし〜モハメッド君を助けよう〜』(つげ書房)。ツイッター(@SatsukiLaw)にてモラ夫の実態を公開中

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