献血ポスター論争、見落とされているもう一つの視点。問われる日赤の倫理規範

献血ポスター論争、見落とされているもう一つの視点。問われる日赤の倫理規範

秋葉原献血ルームakiba:Fを施設外から撮影。2019年10月21日編集部撮影

◆献血ポスター批判・擁護論を巡る3つの論点

 今月に入り、日本赤十字社による献血コラボレーションポスターが話題です。当初は、TwitterなどのSNSでの論争でしたが、先週頃から一般メディアに波及し、収束の様子が見えません。

 今回のポスターに関して論争となっていることは、概ね二つで、その論点は次に集約されます。

a)女性の描き方(女性表象)が性差別的であり、見る側への環境セクシャルハラスメントにあたる

b)コラボレーションイベントで献血者(ドナー)に渡されるグッズ(記念品)が過剰な”報酬”にあたるのではないか

 上記二つの論争の中で、更に次の三つ目の論点が少なからず現れたのが目に付きました。

c)売血制度にすれば良いではないか

 a)については、HBOLにおいて北守(藤崎剛人)氏が論じていますので、本稿では触れません。昨今では、もはや石礫(いしつぶて)どころか糞尿をまき散らす、千早・赤阪城攻防戦の様相ですが、北守氏により非常に良く論考されていると思います。

 b)については、後述もしますがアルコールや換金性の高い特殊景品のようなものでなければ基本的に問題はないというのが筆者の考えです。趣味性の高いものは、ヤフーオークションやメルカリで高額換金できるという意見も見かけますが、二束三文に終わる可能性もきわめて高いオークションでのごく小規模の個人間取引は、考慮する必要は無いと考えます。

 c)については後述します。

 筆者は、件の「宇崎ちゃんは遊びたい」×献血コラボレーションキャンペーンポスターをしっかりと見たとき、「あぁ、これはやっちまったな、作品がかわいそう」という感想を持ちました。

 それはなぜかについて本稿では論じます。

◆ポスターから受けた強い違和感

 少子高齢化による若者の急速な減少もあり、ドナーの最大供給源と言える10代後半から20代を対象とした様々なイベントが行われています。現状では、とくに血液製剤向けの供給が慢性的に不足気味であり、つねに逼迫していると言って良いと思います。

 これが今回のコラボポスター騒動の一つの背景と言って良いでしょう。

 筆者は、地方在住かつ、自身の海外居住履歴などの為に血液のドナー(血液提供者)から外れている為、今回のコラボポスターの実物を見る機会はありません。従って、公式ホームページと冒頭にも挙げた編集部撮影の実物写真をもとに論じます。

 このことは、国産血液が世界的に安全性が高いという意味ではなく、血液に限らず移植用臓器は、ドナー(提供者)から始まる臨床までの全流通過程によってその安全性は大きく左右されるという意味です。先にご紹介した「献血と輸血に関する倫理綱領」も、人類が経験してきた幾多の重大な失敗の上に成り立っており、自由意志と透明性の確保、責任の明確化がその核心です。この「献血と輸血に関する倫理綱領」は、採択が2000年7月12日で、2006年9月5日に修正されています。

 これらは多くをドナーの善意と血液事業関係者の倫理に依存しており、とくに血液事業体には高い倫理規範と使命感によるたゆまぬ事業の倫理的前進が求められています。

 この前提に立つと、今回のコラボポスターにおける吹き出しの中の文には強い拒否感を持たずにはいられないのです。これは、作品や作者の問題ではなく、日赤の問題です。冒頭で示した「作品がかわいそう」という筆者の感想はこのような背景によるものです。

 次回は、ノベルティ(記念品)問題についてなぜ議論が何度も再燃するか、売血がなぜいけないかについて歴史的経緯をもとに論じます。

◆コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」緊急シリーズ・日本赤十字社献血コラボポスターに見る日赤の基本原則からの逸脱1

<文/牧田寛>

【牧田寛】

Twitter ID:@BB45_Colorado

まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中

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