台風15号における千葉県の「山武杉」倒木と、忘れられた「昔の知恵」

台風15号における千葉県の「山武杉」倒木と、忘れられた「昔の知恵」

台風15号によって崩壊した山武杉林

◆台風15号の強風で次々と倒れた「山武杉」

 台風15号の襲来から1か月が経過した10月9日、千葉市でトークイベントが行われた。会場となった「土気あすみが丘プラザ」には当初予定された定員を大きく上回る参加者が集結。泊まりがけの人もいて、開催直前に主催者は会場を変更している。参加者達は、林業と土壌の専門家によるクロストークに耳を傾けた。

 台風15号は関東地方に上陸した事例としては観測史上最強級。千葉県を中心に大きな被害を残したのは、報道の通りだ。

 この被害の中でにわかに注目されたのが「山武杉」。千葉県の山武や千葉、印旛、長生、夷隅地域を山地とするこの杉が強風で相次いで倒れた。

 背景には林業の衰退による「スギ非赤枯性溝腐病」の蔓延があるとの指摘もある。県内での停電被害の拡大と復旧作業の妨げの原因となった──そんな説明が一部で流布されてもいる。

 イベントの登壇者は2人。「自伐型林業推進協会」理事長の中嶋健造氏と「地球守」代表理事の高田宏臣氏だ。

 主催者である高田氏は、千葉市内で造園業を営んでいる。国内外で造園設計加工を手がけるかたわら、環境再生の活動もしてきた。水と空気の健全な循環に着目し、住宅地や里山、保安林などの環境改善、環境再生手法の提案、実証を続けている。

 今回のイベント開催のきっかけは、高田氏がブログで発表した「台風15号にともなう風倒被害と山武杉(さんぶすぎ)のお話」だ。

 このテキストにコメントを寄せたのが、高知県いの町で自伐型林業を提唱し、実践する中嶋氏だった。中嶋氏は高田氏に「台風15号による風倒木の被害状況を視察したい」と要請した。

 中嶋氏一行と高田氏、希望者数名で、山武杉を含めた千葉市近郊の被害状況を視察することになった。視察の結果も踏まえ、災害に強い林業の在り方や森林環境のありかたについて両氏が語り合い、参加者と共有する場としてイベントが企画されたのだ。

◆大型高性能林業機器による「皆伐」「大規模間伐」が森を破壊

 まずは中嶋氏が発言。冒頭から毎年のように台風や豪雨による土砂災害が起こっている国内の現状の背景を率直に言明した。

「山で起きている被害の半分以上は、林業が引き起こしているんじゃないでしょうか。千葉の状況もだいたい予想した通り。まだ1日しか見ていないので、全体のことは断言できませんが『今回も林業がかなり(被害を)引き起こしとるな』と思いました」

 中嶋氏が手がける「自伐型林業」とは、本人の言葉によれば「自分でやる林業」だという。ただ、それだけでは定義が十分とは言えない。森林所有者が経営・管理・施業を委託する林業形態から、自家伐採と6次産業による持続可能な森林経営手法だ。

 現在、日本の林業で一般化してるのは「生産性重視」。具体的に言えば、大規模な合板・集成材工場や木質バイオマス発電所への供給を前提とし、大型の高性能林業機器を導入し、「皆伐」や「大規模間伐」を行っている。

 各都道府県では森林環境税で「強度間伐して放置」「人工林を皆伐して広葉樹林への樹種転換」などを推奨している。こうした施業をした林は隙間だらけだ。「この状態が土砂災害を誘発し、森林劣化を巻き起こしている要因だ」と中嶋氏は指摘する。

 従来型の大規模集約型林業では、大型機器で作業できるように幅の広い作業道を通し、過間伐を進めていく。道幅が広いため、切土を高くしなければならない。結果として法面崩壊や盛土崩壊、風倒木被害が起こっている。ちなみに皆伐や作業道敷設には、補助金がつけられている。

 自伐型林業が目指すのは現状とはまったく違う。目標とするのは天然林で、100〜150年もの長期にわたる多間伐施業を行うことで、50年以降はA材、超A材、銘木中心の中高品質材が生産できるようになるという。

「本来、日本の山には高品質材が多い。山が急峻で雨が多く、地質が複雑です。日本の林業には大型高性能林業機器は向きません。それどころか日本林業の特徴を殺し、森を破壊してしまいます。自伐型こそ、日本に最も適している」

◆「健康な木々が、人間の生活と共存する」という知恵

 続いて高田氏が発言した。

「今後、いちばんの問題となってくるのは『山武杉が問題』『病気だ』と一斉に伐採したり、電線を守るために樹木を伐採したりということ。今までやってきたことに意識を持たず、こうしたやり方が大規模に行われる可能性があります」

 山武杉はこれまで、伝統的な自伐林業によって不利な条件を補いながら生産され、価値を保ってきた。大規模伐採は千葉の山林を荒廃させかねない。

「山武地域では今回の台風で瞬間最大風速50メートル超の風が数時間吹き荒れました。しかし、海沿いと比べると、建物への直接的な被害が少なかった。細かく見ていくと、かつてあった知恵が明らかになってきます」

 これまで、畑の縁に防風帯を細かく区切りながら住めるようにしてきた。山武地域では中世以前からかなりの密度で居住がなされてきた歴史があるという。

「防風帯は、今回の台風でも確かに折れるものは折れました。でも、被害は非常に少なかった。防風に使われる木の多くは山武杉。決して風に弱いわけではない。こういう使われ方をずっとしてきたんです」

 防風帯の木々は決して風を「止めている」わけではない。止めてしまうと、その風はさらに勢いを増して他の地域に押し寄せる。木々がしなり、そよそよと吹かせることで風の力を調節するのだ。

 さらに木々はたくさんの水を地中から吸い上げる。吸い上げた水は気化熱を奪い、地表の温度と差を作る。これによってそよ風が常に流れ、空気を澱ませなくする。これが防風帯の働きだ。

「木々が健康に生きて、町や私たちと共存していく。昔の人が体感的に得てきた知恵です。これが吹きさらしの大地を豊かな環境に変え、暮らしを保たせてきました。そうした知恵を今こそ、もう一度しっかり思い出す必要があります。失ってしまってからでは遅いんです」

◆自然の摂理に抗えば、かえって環境を悪化させる

 山武杉の特徴は「挿し木」であること。いわば、すべてが「クローン」だ。ねじれながら成長していく。これが強さの秘密でもある。全国の杉材の中でも、伝統的に土台に使われてきた例は他にはほぼない。

「林野庁は『山武杉のスギ非赤枯性溝腐病が森林被害を助長した。森林管理を急ぐべし』と結論づけるに決まっています。『スギ非赤枯性溝腐病』とは何か。東京の四谷から高井戸、杉並の一帯は、かつて吉野に匹敵する杉の産地として知られていました。

 この四谷林業地を壊滅させたのが『スギ赤枯性溝腐病』と言われています。ただ、実際には都市化のため、自然の摂理の中で杉は消えていった。『スギ非赤枯性溝腐病』とは『赤枯病菌によらない溝腐病』の意味です。

 恐らく山武杉を皆伐した後には『スギ非赤枯性溝腐病に強い木を植えよう』ということになる。これでは駄目。今度は『スギ非非赤枯性溝腐病』が出てくるだけです」

 人間は自然の摂理に従って生きるしかない。それに抗おうとしても、かえって環境を弱体化させるだけだ。結果として暮らしそのものを壊すことにつながる。

◆頭で考えた知識で「排除」するのではなく、体感や「昔の知恵」を大事に

 質疑応答の中で「林業従事者ではない個人ができること」を問われた際の両氏の回答が印象に残った。

「千葉は小さい山が多い。どこかでまとめていかないといけないので、集落単位かなと。集落で山をまとめて、所有者ができないのであれば、山を任せる『山守』を置く。その山守はずっと山を見ていく。

 そうすると、自分の山であるかのようにやり始めます。その山固定でずっと経営できる状況になる。そこをうまく行政や集落が知恵を出して、ある程度経営できる面積を確保していく必要があります。

 これをいかにやるか。行政の支援も必要でしょう。千葉は道がいたるところにあって、傾斜も緩い。林業はやりやすい環境です。その代わり、風が当たるリスクもあります。

 そうした面も集落で考え、山守さんと相談しながらやっていくシステムを作り上げるのが重要でしょう」(中嶋氏)

「今回、僕はここ3週間、杉林の倒木被害地調査で100か所以上回っています。その中で思ったのは、まず、そういう崩壊する林分に立ったときの空気感の悪さ。快適じゃないわけです。山に入った心地よさがない。

 それは植物もすべて感じていることです。そういうところには下草もなく、荒地に近い環境です。まず、この感じるということ。いわゆる専門家が頭で考えた知識に振り回されると、どうしても『これが悪い』『排除しよう』という発想になってきます。

 そうではなくて、入ったときに気持ちいいか、よくないか。これは人間が持つ命、本能の働きとしてあるものです。気持ちのいい環境であれば、子供たちも自然に走り出す。昔はそんな環境はたくさんありました。

 今は夏なんか、外は過酷で走り回れません。そんな環境ばかりになってくる中で、僕らは自然への体感を失ってしまいました。体感は頭で導く結論に勝ります。僕らは身近でこういうことがあれば、現場を見て回る。

 そのときに意味があって自然界では現象が起こってくるわけです。その不動の摂理の中で起きてくる。それに沿った経営が伝統的な林業の中では行われてきました。それは環境を保つことにも繋がっています。そうでなければ、持続しません。

 今回の災害で山武杉に目を向けていただきたい。その中で大切なものは何か、昔の知恵は何かを感じる。それを取り戻していくことが大事だし、誰でもできることではないでしょうか」(高田氏)

<文/片田直久 写真/高田宏臣>

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