入管施設でハンストを続ける被収容者を苦しめる「2週間のみの解放」

入管施設でハンストを続ける被収容者を苦しめる「2週間のみの解放」

法務省、入管でも人道を無視したやり方に避難の声が上がっている

◆2週間の仮放免で再収容される人が続出

 茨城県にある牛久入管(東日本入国管理センター)では、多い時には100名以上の被収容者たちが長期収容による抗議のため、ハンガーストライキを行っていた。この件は、多くのメディアなどで取り上げられ、すでに知る人も多い。

 6月に長崎県にある大村入管で、ハンストをしていたナイジェリア人が餓死をした。この件をきっかけに、多くのハンスト者のいる牛久入管では「命が危ない」と判断された人は次々と仮放免が出るようになった。しかしほとんどの人が、わずか2週間で再び収容された。

 長い収容生活の末にやっと解放されたものの、2週間たったらまた収容されるという恐怖。一時的に自由の身になったとしても、彼らが心休まることは決してなかった。

 難民申請をしているイラン人のサファリさんは、入管から理由も告げられず突然収容され、3年もの長い時を入管の中で過ごした。しかし、解放された2週間後に再収容となった。サファリさんにとって、またハンストを開始するしか収容に抵抗する手段はなかった。

◆ハンストをして身体を痛めつけるしか、解放される道がない

 再収容後、サファリさんは筆者との面会の時に車いすで現れた。やせ細り、腰にはコルセットを巻いていた。ハンストにより筋肉が落ち、腰に痛みが走るようになったそうだ。

「再収容されたことで『また捕まるかもしれない』という恐怖の日々だけはなくなりました。職員に『見せしめのためにやった。帰国しないのなら、また3年収容する』と言われました。だけどその職員は泣いていました。私は良い人だと信じたいんです。

 またハンストを始めたけど、水を飲むのも怖い。水を飲んで体重が増えたら『ハンストじゃない』って思われそうで……怖いんです」

 サファリさんはずっと下を向いて、涙を流していた。

◆入管総務課課長が出した条件は「ハンストを止めれば仮放免を出す」

 みな同じように再収容されていったことで、ハンストをする人が1人、また1人と増えていった。それに業を煮やしたのか、入管総務課課長が直接、被収容者に会いに来たという。

 そして「ハンストを止めれば仮放免を出す」と条件を出してきた。そう言われた人たちはハンストを停止し、仮放免が出るのを待ち続けた。しかしいつまでも待たされ続け、人によっては2か月以上も待たされたままだった。

 これに対して、「騙されたのではないか?」と怒り出した人たちがまたハンストを再開する……という堂々巡りとなっていった。ますます混乱が続き、収集がつかなくなっていく一方だった。

 これには多くの支援団体などが「被収容者の人権に配慮していない」と、入管や法務省に対して次々と抗議声明を出していくことになった。それが功を奏したのかはわからないが、また少しずつ解放される人が出始めた。

 最初にハンストをして仮放免されたものの2週間で再収容されてしまった、イラン人マジッドさんが10月16日に解放されたのだった。しかしまたもや2週間で入管へ出頭しなければならない。

 続いて10月17日にイラン人のサファリさんとシャハラムさんが解放された。この日は合計4名が仮放免されたが、結局全員が2週間のみの解放となった。

◆再度の仮放免に必要な保証金が「値上がり」

 シャハラムさんとサファリさんは、前回は仮放免の保証金が10万円だった。しかし2週間で再収容され、今回の仮放免の保証金は50万円に値上がっていた。

 2人はお金を工面するため、あちこちの友人たちに頼みこんで、必死にかき集めた。今まで収容されていた人たちにとって、決して安くはない金額だ。

 2週間だけ外に出て、また3度目の収容となるのだろうか。そのたびに彼らは保証金を集め、借金を抱えていかなければならない。

 シャハラムさんは解放されたことに対して「仮放免と言われても、全然嬉しくなかった。だってまた捕まるから」と語る。

 サファリさんも「そりゃあ、少しは嬉しかったよ。だけどもまた捕まるのかと考えると怖い。それに50万円も友人に借りて、病院に行くカネもない。首や腰がすごく痛いけど、どうしたらいいかわからない」。

 2人は、なんの希望も持てないという感じだった。

◆やっと解放されても、収容の繰り返しに怯える日々

 現在収容中の、カメルーン人のポールさんもハンストの末、仮放免が決まった。しかし20万円の保証金が払えず、外にでるめどが立たなくて困っていた。

「『引っ越しをする前に、住所の変更を入管に届けなければいけない』というルールに変わっていたことを私は知りませんでした。たったそれだけの理由で収容され、3年4か月もここにいるのです。カメルーンは紛争中で、家族は殺されました。私はカメルーンには帰れない。でも入管はわかってくれない」

 ポールさんと同じように、保証金のめどが立たず、外に出ることができない人も多い。また、ある支援者が「被収容者の代わりに保証金を払う」と申し出たら、100万円を請求されたというケースもある。人によって値段の違う、曖昧な保証金の基準。入管以外、誰にもわからない基準だ。

 マジッドさんの解放から1週間過ぎたころ、筆者は彼に電話をしてみた。

「出頭日が不安だね。夜も眠れないよ。外に出てひとつだけ良かったのは、外の空気を吸えることだけだね」(マジッドさん)

 やっと解放されても、収容の繰り返しに怯える日々は、どれだけの苦痛だろうか。人の1度きりしかない尊い人生を、まるで弄んでいるかのようだ。この歪んだ制度に、この国に住む人たちはいつまで目を背けているのだろうか。

<文・写真/織田朝日>

【織田朝日】

おだあさひ●Twitter ID:@freeasahi。外国人支援団体「編む夢企画」主宰。『となりの難民――日本が認めない99%の人たちのSOS』(旬報社)を11月1日に上梓

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