2019年もあと51日!「2000年問題」以降の「XX年問題」を振り返ってみた

2019年もあと51日!「2000年問題」以降の「XX年問題」を振り返ってみた

mohamed Hassan via Pixabay

◆2020年まであと一ヶ月半程度に!

 新元号「令和」となった2019年もあと一ヶ月と半分くらいを残すだけになった。

 来年は2020年。21世紀もすでに5分の1になるというから驚きだ。

 こうして西暦を考えるとき、ふと思うのが「XX年問題」のこと。考えてみれば1999年から2000年になるときに「Y2K」、すなわち「2000年問題」が騒がれた以降、実は毎年のように「20XX年問題」があったことはご存知だろうか?

 Y2K以降、どのような「20XX年問題」があったか? それらの一部を振り返り、いま現在その問題がどうなっているのか? そして2020年にはどのような2020年問題があるのかを紹介したい。

◆飛行機墜落や世界恐慌まで不安視された2000年問題

「20XX年」問題の元祖ともいえるのが、「2000年(Y2K)問題」。コンピュータが日付を取り扱う際、西暦を下2ケタで処理していたシステムが多かったため、“2000年”を“1900年”と認識してしまうことでさまざまな誤作動が起きるのではないかと懸念されたのは40代くらいの人には懐かしい話かもしれない。

 1999年の「ノストラダムス大予言」以降、久々の「世紀末ネタ」だったこともあり、停電や医療機器の停止、飛行機の墜落、ミサイルの誤発射などの危険性が現実的なリスクを超えて、必要以上にセンセーショナルに報道された。

 しかし、実際に年が明けて2000年を迎えても、特に大きな混乱は起きず、拍子抜けしたと思った人は多いのではないだろうか?

 もちろん、「何も起きなかった」のは、「何も問題がなかった」からではない。エンジニアの多くがY2K問題対応に従事し、周到に対策が行われた結果である。日本では昭和から平成への改元などのタイミングで事前に2000年問題にも対応されているケースがあったことなども要因だという。 

 決して表に出てこない、対Y2K問題に邁進したエンジニアたちに最大限の敬意を払いたい。

 ちなみに、翌年の2001年には2001年9月9日問題というものも存在した。これは「10億秒(s1g)問題」とも言われるもので、コンピュータの時刻管理の基準である1970年1月1日からの経過秒数が、2001年9月9日にちょうど10億秒で10ケタとなり、表示限界の9ケタを超えるためコンピュータが対応できなくなる、と言われていたものだ。

 こちらは、2000年問題で拍子抜けしたこともあってか、メディアはほとんど騒がずに、実際には大きなトラブルは起きなかった。

◆教育関連の2002年、オフィスビル過剰供給の2003年

 2002年はあまりメジャーではないが、教育関連で2002年問題というのが存在していた。

 これは2002年から実施された新学習指導要領のことで、

・小中学校における学習内容の3割減

・授業時数の削減

・完全週5日制

などが採用された。

 勝手に決めておいてあとから「問題」というのもどうなのかという気がしないでもないが……。

 2003年は六本木ヒルズや汐留エリアや品川駅東口などオフィスビルが数多く竣工した。しかし、その一方で日本経済はまだ低迷時期にあり、真新しいビルも空きテナントばかりになるのではと危惧されたのである。

 しかし、蓋を開けてみればそれらの新築ビルはちゃんと埋まった。その代わり、中小のビルに空き室が増えてしまい、淘汰は起きた。2020年オリンピックを前にそれらの中小ビルが再開発で再び新しい大きなビルに建て替えられている地域もあるが、果たして人口減少が加速する今後、どうなっていくのかは不明だ。

 2004年はオフィスビルではなく、マンションの供給過多で大幅な値崩れが危惧された。しかし、投機や相続税対策の購入が目立ち、大きな値崩れは起きなかった。ただ、オフィスビル同様、2020年のオリンピック以降は不動産業界では値崩れが再び危惧されているようだ。

 2005年はEUが主体となって国際会計基準(以下IFRS)を適用しようとする動きが起こり、日本も対応を迫られた年である。結局賛否は分かれたが問題は先送りにされたので大きな問題にはならなかった。

◆「2006年」問題は再び教育関連が浮上

 2002年問題で取り上げられた授業時間を削減された世代が大学に進学することで危惧された問題。勝手に改革して授業時間削減をしておいてあとで「問題」だと言うとは、その教育を受けた世代にとってははた迷惑なことこの上ないが、日本の教育は常にこういうことを繰り返してきたとも言える。

 このとき、大学教員が、従来は高校で履修していた学習内容を教える必要が生じるなど、現場の混乱が懸念された。

 確かに大学によっては、何らかの対応を迫られたところもあったようだが、この時期は少子化が進んでおり、大学側も受験生獲得のためAO入試を筆頭に入学試験の多様化を行っており、入学する生徒の学力差が大きくなった時期でもある。

 ゆとり教育が大きな影響を与えると言われた「2006年問題」だが、実際には大学が少子化時代に対応できたか否か、勝ち組と負け組の差が明確になったことこそが本当の問題だったのかもしれない。 

 人口動態の変化が「問題」となったのは「2007年問題」も同様だ。

 2007年は1947年(昭和22年)〜1949年(昭和24年)の第一次ベビーブームに生まれた世代、すなわち団塊の世代が定年となる60歳を迎える年だった。そのため、労働力人口の減少や技能・技術継承の断絶、大量の退職金受給に伴う企業収益低下などが懸念された。

 しかし、年金受給年齢の引き上げが行われたり、政府が定年後再雇用や雇用継続、定年の廃止などを求めたこともあり、大きな影響はなかったと言える。

◆不況を脱せない中で迎えた2008〜2010

 2008年は実は国家財政の危機を迎えていた。それが’98年に大量発行された10年国債の償還期限が到来したことによる「2008年問題」だ。償還額は40兆円。恐ろしい規模だ。一般的には財政投融資の導入などの対応策が講じられていたために回避されたという。ちなみに、この年、忘れられないもう一つの、世界的な経済的な出来事が発生する。「リーマン・ショック」である。

 2009年はいわゆる「派遣切り」の問題だ。2004年の労働者派遣法の規制緩和により、製造業への労働者派遣が認められるようになり、それに伴い2007年に派遣期間が「原則1年、最長3年」へと延長になった。そしてもう一つ重要なのが、この間、2006年に偽装請負の問題が社会問題化したことである。これにより、企業側は規制が厳しい請負から派遣へと移行したため、派遣契約の労働者が一気に増大した。その増大した派遣労働者を3年の期間で正規雇用に移行する企業などは少なく、一気に契約を切られるのではないかと危惧された問題だ。

 実際、派遣切りも問題だったが、リーマン・ショックの都合もあり、3年を待たずして派遣を切られることもあり、「一気に派遣切り」は出なかったが、非正規雇用にとって不利な状況はこの頃も今も変わりがない状況は続いている。

 2010年は再びコンピューターの年数処理でバグが生じるという「2010年問題」が密かに発覚していた。シチズンのワールドタイムで日付が誤判定されたり、プレステ3で2010年がうるう年と判定される、いくつかのシステムでICカードが不能になるなどの問題が生じた。

 また、アメリカ政府標準暗号の切替が行われたことも事前には「2010年問題」と言われたが、移行はスムーズに行われて大きなトラブルもなく完了したという。

 製薬業界にも「2010年問題」はあった。これは年間売り上げ1000億円クラスの医薬品の特許切れが世界的に集中し、医療メーカーに大きな影響をもたらすと言われたものだ。

 予想通り、大手の有名医薬品はジェネリックとシェアを分配することになり、打撃を受ける結果に。業界再編が行われる結果になった。

 以上、足早に2000年から2010年までの「XX年問題」を振り返ってみたが、後編では2011年から2020年以降の「XX問題」について見てみたい。

<文/HBO編集部>

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