大都市が偉い、大企業が偉い、そんな社会に終わりを告げる「電気の地産地消」時代がやってくる!

大都市が偉い、大企業が偉い、そんな社会に終わりを告げる「電気の地産地消」時代がやってくる!

匝瑳メガソーラーシェリング発電所。できる限り地域で産する自然素材を使うことや、地域の景観を損ねないことを心がける

◆ソーラーシェアリングが地域を“絶望”から“希望”に変えた

「ソーラーシェアリング」をご存知だろうか。字面から「太陽の光を分け合う」と解釈できるかもしれないが、意味はわからないだろう。太陽の光を「作物を育てること」と「電気を作ること」で分け合う、ということだ。

 俺の活動拠点となる千葉県匝瑳市の「開畑(かいはた)」というエリアは、ソーラーシェアリングのパイオニアの地として有名になった。開設から5年足らずにも関わらず、国内だけでなく、海外からの視察も絶えない。

「開畑」は地名の通り、かつて山を切り崩して広い畑にした丘陵地。穏やかな緑と茶の丘陵線からなり、そこから立ち上がる白い雲と青く広い空を見ていると、おのずと清々しい気分になる。けれどこの景観にも徐々に衰退の波が襲っていた。

 他の日本中の地域と同じで農家の高齢化が進み、山を削ったゆえの痩せた土で作物はうまく育たない。耕作放棄地が広がり、そこに不法投棄が増える……という悪循環が進んでいたのだ。そこにソーラーシェアリングが登場して“絶望”から“希望”に変わった。

◆農業と発電が両立、収量が上がることも

 ソーラーシェアリングをもう少し説明しよう。畑の上のトラクターが通れるほどの高いところに、細長い太陽光パネルが隙間を開けて並ぶ。1/3がパネルで、2/3が隙間という間隔だ。発電効率や売電収入を優先するなら、もっと隙間を小さくしてパネルで埋め尽くせいばいい。

 しかし、ソーラーシェアリングの目的はそこではなく、農村地域や農業の維持再生だ。パネル間の広い隙間から充分な太陽光が土まで届くので、農業と発電の両立が可能になるわけだ。

 よく心配して質問されることとして「パネルの下で作物が育つのか?」というものがある。どんな作物でもほぼ栽培は可能であり、収量に遜色なく、むしろ収量が上がるものもある。

 そもそも、自然界では樹々や森や山などで日陰と日向は変化する。それが本来の自然の姿であり、そうした中で植物は進化を遂げてきた。ほどよい日陰があることこそ自然で、日陰がないほうが不自然なわけだ。

 ここ、開畑エリアのソーラーシェアリングのパネルの下では、痩せて水はけが悪い農地でも育つ大豆を春から秋に栽培し、冬から梅雨には麦類を栽培する。無農薬で育て、除草剤を使わないので、農地や地域を汚染することもない。収穫した大豆や麦はオーガニックな食材として市場価格より高めに売れる。

◆売電収入が安定すれば、地域のさまざまな場所に利益が

 農家さんの収入は、国民のいのちを支える重要な産業であるのに、他の産業より概して厳しい。ゆえにリスクを背負って新しい試みに取り組みづらい。だから離農が増えて、農家人口の減少が止まらない。

 しかしソーラーシェアリングはその問題を解決する。ソーラーパネルでの売電が安定収入となり、地主さんと耕す農家さんに利益が還元される。売電収入が安定すれば、多少のリスクを背負ってでも新しい試みにチャレンジしやすくなる。農業という仕事を“希望”にしやすくなるのだ。

 有益なのは農家さんや地主さんだけではない。太陽光パネルの設営やその土台の施工、および除草剤を使わないゆえの地道な草取り作業で、地元の方々や移住してくる方々の仕事ができる。

◆売電収入の利益を地域の課題解決につなげる「匝瑳モデル」

 こうして匝瑳市の開畑エリアのソーラーシェアリングは「匝瑳モデル」とも言われ始めた。その所以は「売電収入を地域の課題解決に当てる」という取り組みだ。大手資本の売電事業の利益は、当然のことながら資本家に還元される。地域にお金が残らない。

 しかし開畑のソーラーシェアリングは、地元の個人と移住してきた個人が一緒に立ち上げて周辺地域に還元する目的で事業化している。だから、利益を地域の課題解決に回すことこそが本望なのだ。

 その地域還元額は今現在で年間300万円強。数年後には年間500万円になる予定。子どもたちに、ご年配者に、移住したい人に、農家になりたい人に、社会的起業を試みる人に。また、里山をキレイにしたり、汚れたところをキレイにしたり、困っていることを元より良くしたり、住まう人たちが笑顔になることに、売電収入を振り向けてゆく。

◆電気の地産地消がいよいよ現実的に!?

 さて、先日、びっくりしたニュースが流れてきた。

【再生エネ 配電に免許制 工場・家庭向けに地域完結】

「経済産業省は企業が特定の地域で工場や家庭までの電力供給に参入できる新たな仕組みをつくる方針だ。太陽光や風力などの再生可能エネルギーの事業者を念頭に配電の免許制度を設け、地域で生み出す電力を工場や家庭に直接届ける。電力大手が独占してきた配電に、他業種から参入できる。再生エネの普及を促すとともに、災害時の停電リスクを分散する」

(11/7 『日本経済新聞』のウェブニュースより抜粋)

 今までは、大手電力会社が大規模発電(火力や原子力など)で、全国の電線を通じて電気を消費者に届けてきた。だから、俺らが支払う電気代は大手電力会社やその関連会社に吸い上げられて、地域に残らなかった。

 しかし上記のニュースによると、2020年代の実現を念頭に、地域の消費者(家庭や事業所など)につながる電線の管理運営を免許制にする。そして、請け負う地域企業が太陽光や風力で作る電気を、地域の電線を通じて消費者に届けられるようにするというのだ。

 しかも数百世帯の地域ごとに分散してゆく姿をイメージしているという。つまり、「(東京)集中」から「(地域)分散」へと舵を切るということだ。

 これが実現すれば、本質的な「電気の地産地消」が可能になる。例えば匝瑳市開畑エリアのソーラーシェアリングがある豊和地区は500〜600世帯で、そのほぼ全ての電気の消費量はソーラーシェアリングの発電量とだいたい一致する。しかしながら、ほとんどの世帯が東京電力に電気代を支払っている。

 もう少し説明しよう。発電された電気は電線で繋がった近い場所に流れて消費されるゆえ、この開畑エリアのソーラーシェアリングで作られた電気は、いちばん近い豊和地区で使われていると言ってほぼ間違いない。

 しかしお金の流れで見ると、豊和地区のほぼ全ての世帯は東京電力に電気代を支払い、ここのソーラーシェアリングの売電収入は東京電力や首都圏の提携企業などから送金されてくる。

 つまりは、近くで作って・売って・買ってという当たり前のシンプルな形ではなく、地域から遠く離れた「東京という場所」や「大企業という器」にお金をわざわざ迂回させているわけだ。その理由は、利益や既得権益や権力を、大都市や大企業や国に集中させるためだ。

 でもこの政策が実現すれば、記事の通り、その地域で電気を作ってその地域で電気を実質で使ってもらい、その地域から直接にお金が入ってくるという循環になるのだ。

◆縦型の従属システムから、水平型の公正なシステムへ

 先に述べた「集中」は電気だけの話ではない。ガソリン代も、携帯電話代も、酒代も、外食代も、買い物も、地域で支払うお金のほぼ全てが東京資本や外国資本の大企業に吸い上げられてきた。そして地域に根ざしていた小さな商売や職人、農林水産に関わる生業や中小企業は、必然的に淘汰されてしまった。

 お金を払う先が大手企業だけになってしまったわけだ。せっかく地域の働く人に給料が入り、ご年配者に年金が入り、地方行政に補助金が入っても、そのお金はまた大手企業に使われて地域から出て行ってしまう。

 消費者が住む地域にお金が循環しなくなってしまった。それが、戦後のこの社会で起きてきた地方衰退と格差拡大の一番の原因だ。日本中の地域が元気を取り戻すには、地産地消を高めていくしかない。

 文化的な生活を支える電気から地産地消システムに変化していけば、自ずとさまざまなヒエラルキー(階級)の下克上が始まる。地域で電気を作れて、地域で電気を融通することができれば、東京の政治家や大企業を通じずとも自立できることになるからだ。

 ピラミッド型の従属システムから、水平型の民主主義的で公正なシステムへの流れに変わっていく“静かな革命”である。

 と、大げさな話を書いてしまったが、油断は禁物だ。素晴らしい構想は得てして横槍が入り、いつの間にか大企業優遇や既得権益にすり替えられかねない。既存システムからの変革は大きな課題も山積みだ。せっかくの流れが止まらないように、俺たちは地域から注視し、地域から行動し、地域からアウトプットしていかねばならない。

【たまTSUKI物語 第22回】

文・写真/坂勝 写真提供・協力/山口勝則 Shunsuke 市民エネルギーちば株式会社

【坂勝】

1970年生まれ。30歳で大手企業を退社、1人で営む小さなオーガニックバーを開店。今年3月に閉店し、現在は千葉県匝瑳市で「脱会社・脱消費・脱東京」をテーマに、さまざまな試みを行っている。著書に『次の時代を、先に生きる〜まだ成長しなければ、ダメだと思っている君へ』(ワニブックス)など。また、筆者の「誰にでも簡単に美味しい料理ができる」調理方法とレシピをYoutube「タマツキテキトー料理 動画&レシピブック」で公開中。

【sosa project】

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