入管により3年以上引き離され続ける母と娘。果たして、ここまでやる必要があるのか

入管により3年以上引き離され続ける母と娘。果たして、ここまでやる必要があるのか

エメリータさん(本人提供)

◆日本人なら罰金刑でも、外国人なら在留資格があっても収容か強制送還

 フィリピン国籍のエメリータさんは、今年11月30日で3年を超える収容となる。

 彼女は痩せこけ骨と皮のみとなっていて、51キロあった体重は35キロまで落ちてしまうという危険な状態に陥っていた。

 エメリータさんは当初、日本で在留資格を持っていたが、ある事件がきっかけで資格を失う事になってしまう。

 フィリピンパブで働いていた彼女は、日本人経営者で友人である彼にパブのママになるよう勧められる。昇格した彼女は、経営者の言われるままに、事務仕事なども含め、スタッフをまとめることになっていた。他人名義の通帳を使うことも経営者の勧めであった。身内と経営者の通帳なので、当人たちの許可は得ていることでエメリータさん本人は、特に悪用するような意思などみじんもなかったと言う。

 のちのち、その些細な事が風営法に引っかかり、経営者とともに警察に連れて行かれてしまったとエメリータさんは説明する。

「私、日本の法律わからない。それが悪いことなんて知らなかった!」

 必死に弁明したが結局、拘置所に2か月、刑務所で1年半も過ごすことになった。やっと仮釈放になったと思ったら、刑務所の前で入管職員が待ち構えていて、そのまま東京入管に収容され、更に3年の月日が過ぎた。

「そんなに悪いことだったの?それでも罪は償ったはず。なのに、何故……」

 彼女は、理解できない境遇に苦しめられていた。

 一緒に捕まった経営者といえば、日本人なので、とうに出所して外で暮らしているらしい。

◆カメラ付きの独房でトイレも着替えも見張られたままという屈辱

 入管にどんなに帰国を迫られても、彼女には日本人の夫と、日本国籍の娘と息子がいる。どうしたって帰ることはできない。

 彼女は4ヵ月食事をまともにとっていない。最初は長期収容に対する抗議のつもりでハンガーストライキを始めた。彼女は、職員たちに監視カメラ付きの狭い独房に閉じ込められ、トイレも着替えも見張られている屈辱的な状態でしばらく過ごすことになった

 それでもハンストを頑なに続けていくうちに、本当に食べられなくなってしまい、何かを口に入れても吐いてしまう拒食症のような症状になってしまった。2週間に1度は点滴を受けなければ危険な状態となってしまった、

◆入院しても入院先も病名も教えない東京入管

 12月2日、夫が面会に来ると、1階の受付職員にエメリータさんは11月29日に入院したと告げられた。しかし、どんなに問い詰めても、病名と入院先を教えてくれることはなかった。

 同日、担当弁護士が4階の総務課に電話し、入院先を教えるよう求めた。しかし何故なのか、どうしても教えようとはしなかった。

「入院先を教えないなんて、法的根拠はないはず。」

と問い詰める弁護士に対し、総務課職員は、

「法的根拠はありません、保安上の問題です。」

の繰り返しであった。

 エメリータさん12月5日に退院したが結局、家族はお見舞いに行くことは叶わなかった。もし家族がお見舞いに行けたら、約4年8ヵ月ぶりに家族が触れ合うことができて、少しでもエメリータさんは元気になることができたかもしれない。その可能性すらも入管は無情にも奪ってしまう。

「本当に入管は好き勝手言う!!」

 弁護士は怒りをにじませていた。

◆仮放免の裁判も長期に渡りエメリータさんの衰弱は止まらない

 現在、エメリータさんは仮放免を求める裁判を始めているが、本人は収容中のため参加ができずにいる。

 12月10日の第二回目の裁判では、弁護士は食事もとれず、入院するほどに衰弱しているエメリータさんを早期の解放するように訴えた。

 それに対し、次回の裁判は2月20日と決まる。裁判が長引くことを危惧した弁護士は「もっと早くできませんか?」と提案したが、入管側は「ちゃんとした資料を作成するにあたり、時間はかかる」とはねのけ、裁判長も同意した。

 傍聴に来ていた長女は、かなり落胆した様子だった。

「私が中学を卒業したあたりで、お母さんが連れて行かれてしまいました。でも、すぐ帰ってくるものだと思ったけど、そうじゃなかった……。

面会は週に1,2回、多いときは週3回行きます。早く出たい、辛いって言っていた。ある日、面会に行くとお母さんは下を向いて黙ってしまい、ただ頭を抱えている時もあった。まだ面会時間はあったけど、わたしはじゃあ行くね、と部屋を出ることもありました。これから面会に行きますが、次の裁判があまりにも先過ぎて、お母さんに伝えたらもっと病気になってしまいます」

 12月13日、筆者との面会でエメリータさんは、痩せこけてはいたが明るい様子を見せていた。裁判の件は辛いが、応援してくれる人たちがいることが支えとなっているようだった、今は、収容所内で買えるチョコと林檎を少しずつかじり、毎日をしのいでいると言う。

「私はもう名前も顔を出してもかまわないよ。ここまで来たんだから、もうなんでもやる。」

と、強い決意を見せてくれた。

 果たして、ここまで収容して家族を引き離されなければならないほどの罪をエメリータさんは犯したのだろうか?

 何年も触れ合う事を許されない母と娘の姿を見ると、本当に罪深いのは果たしてどちらであろうかと考えずにはいられない。

<取材・文・撮影/織田朝日 写真提供/エメリータさん>

【織田朝日】

おだあさひ●Twitter ID:@freeasahi。外国人支援団体「編む夢企画」主宰。『となりの難民――日本が認めない99%の人たちのSOS』(旬報社)を11月1日に上梓

関連記事(外部サイト)