「努力してまで恋愛したくない」が令和の恋愛観? <アラサー独女の婚活・恋活市場調査>

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◆アラサーのラブライターが令和の恋愛・婚活を考察

 今の時代、結婚になんの意味があるのだろう。

 世の中は娯楽に溢れ、テクノロジーが普及して便利になった。その反面、若者である私たちにとっては、常に景気は悪く安定しない。終身雇用も消え去り、明日、来年がどうなるか分からない時代。

 そんな時代だからこそ、誰かと支え合って生きていきたいような気もするけれど、そんな時代だからこそ、恋愛のために身を削ることもできない。ストレスの多い長時間労働の後に、気を使う相手との恋愛をするくらいなら、一人YouTubeでゲーム実況を見ている方が楽しい気がしてしまう。令和の時代に流れる恋愛・婚活事情は、そんな調子で混沌と停滞気味だ。

 これは「ラブライター」を名乗り、性愛と結婚に向き合ってきたアラサーの筆者が、令和の時代を生きる「恋愛・婚活消費者」たちを考察していく連載である。自分自身、恋愛や性を消費するばかりで摩耗し続けた女が、自分の幸せを探しながら、令和の婚活・恋活市場のリアルを語る。

◆今を生きる私たちの恋愛観は「暇だからとりあえず恋したい」

 今の恋愛・婚活市場を見ていて、一番に感じるのはその「ガチじゃなさ」だ。

 SNSの普及で人との出会いが簡単になり、知らない人と知り合うことのハードルが下がった。そんなことからか、繁華街ではここ5年くらい、ナンパが再ブーム化している。知らない人から唐突に声をかけられることに、運命より恐怖を感じる日本人が、今こうして飲み屋でのナンパやネット経由でオフ会したりを楽しんでいるというのは、ある意味素晴らしい進展ともいえる。

 出会いそのものは手軽になってきたが、日本の結婚率は上がらない。ここに、その「ガチじゃなさ」が顕著に現れているように感じる。

 ネットやナンパでの手軽な出会いには、責任が発生しない。出会い自体は簡単になったのに、簡単な出会いでは真剣な交際に発展しないのだ。

 お見合いや結婚相談所でなく、ネット出会いやナンパなどの気軽な出会いを希望する人は、恋愛や結婚を”マスト”と捉えているかというと、そうではないだろう、と感じることも多い。

 ネットから出会った相手は、簡単に連絡先をブロックしたり、メッセージを未読のまま数週間放置したりする人が多い。ナンパしてきた相手は、当日アポイントの飲み会に誘うばかりで、お互いを知る会話が生まれない。

 気軽な出会いの場にいる人たちは、必ずしも恋愛へのコミット率が高いかというと、そうでもないように見える。「暇だから」とりあえず出会える場所に行って、気が合わなければ即フェードアウト。そんなドライな出会いが、都会を中心に増殖しているように感じる。せっかく出会える場は増えても、なかなか実になっていかないのが現状だ。

◆結婚と恋愛は「我慢してまで」したいものではなくなった

 私自身、「結婚したい」「恋愛したい」と考えてから、実際にしっかりとした交際相手を得るまでにものすごい時間がかかった。

 学生時代までは、自分の身の回りの「縁恋愛」でなんとかなった。バイト先、学校、サークル……住むところや学びたいこと、偏差値が近い人同士の恋愛は、今考えたらそれほど難しくなかった。身の回りに共通の知り合いが多いと、フェードアウトなんてできないので、必然的にしっかりお互いを見つめ合うことになったものだった。

 が、社会人になってからはそうではない。もちろん、職場という縁のある出会いもあるが、学校より公私混同しづらい空気もあるし、どことなくみんなの中に「でも、別れたら面倒だし」という先入観があるので、なかなか恋愛には発展しない。平日は忙しく働いて、自由があるのは1週間のうちの2日だけ。友人と遊ぶ頻度も減り、休日のうちの1日は、前日の二日酔いを癒やすためにベッドで過ごしたりしてしまう。それでも、「暇すぎる」と感じづらいのが、恋愛が停滞してしまう一つの要因だ。

 Netflixなどのサブスクアプリを開けば、いくらでも好きな音楽や、まだ見たことがない映画を検索して見ることができる。本や漫画もサブスクで読めてしまうし、サブスクを登録していなくても、YouTubeなどを使えば無料で楽しい動画を視聴できてしまう。ネットの普及は、若者たちから「一人は寂しい」という感覚を奪い、「むしろ気楽」という感覚を植え付けた。

 面白くない合コンや飲み会にお金を使うくらいなら、一人で動画を見ている方がコスパがいいし楽だ。一人でいても暇を潰せてしまうユビキタスな社会と、毎週、毎月忙しいブラックな社会のおかげで、恋愛は「したいっちゃあ、したい」くらいのなあなあな存在になった。若者に恋人がほしいかを聞くと、たいていみんな「欲しいっていえば、欲しいんだけどね」というような歯切れの悪い回答をする。

「恋人は欲しいけど、仕事は忙しいし、無駄撃ちはあまりしたくない。自分にも理想の相手像はあるし、妥協してまで恋愛したいか、と言われると、そこまででもないような気がしてくる。なんとなく過ごしている中で、運命的な相手が現れるなら頑張りたい」

 みんな、そうツラに書いてある。「妥協するくらいなら一人でいい」、それが現代の私たちの恋愛・結婚の感覚なのだ。

◆それでも私たちが出会いの場に行く理由

 それでも、マッチングアプリの利用者数は年々増えているし、街コンも日々開催され続けている。妥協したくないといいながら、私たちは根本の欲求に抗えないのだ。

 仕事終わりに疲れた体を、ぎゅっと抱きしめて欲しい。

 美人や美女と、セックスがしたい。

 そんな1次的・2次的な欲求に負けて、我々はふんわりと出会いに課金する。結婚相談所のような場所に、ガッツリの課金してまでしたいものではない。だから、年々出会いの場はコストパフォーマンスが良くなってきている。マッチングアプリなら月1万円程度の課金で済むし、それすらもったいない人は相席タイプのスタンディングバーに行って、都度数千円で飲んでは異性に声をかける。

 結局私たちが、根本から恋愛を諦めるのは難しいのだ。そうして、愛が足らない人々は、面倒に感じながらも出会いの場に出向く。本連載は、筆者がそんな「ガチじゃない」恋愛・婚活市場で見たものを考察していく。足とカネを使って見た令和の恋愛のリアル、とくとご覧あれ。

<文/ミクニシオリ>

【ミクニシオリ】

1992年生まれ・フリーライター。週刊誌などにアングラな性情報、最新出会い事情など寄稿。逆ナンや港区合コンの現場にも乗り込み、恋愛経験を活かしてtwitterで恋愛相談にも回答。カルチャーにも素養がある生粋のサブカル女子。Twitter:ライタ〜ミクニシオリ

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