エリート官僚の長男はなぜ家庭内暴力に走ったのか。エリート家庭の子ほど囚われる「自己不全感」という牢獄

エリート官僚の長男はなぜ家庭内暴力に走ったのか。エリート家庭の子ほど囚われる「自己不全感」という牢獄

yukiotoko / PIXTA(ピクスタ)

◆エリート家庭に多い「自己不全感」を抱く子

 ’19年6月、40代の長男を殺害した70代の父親に、東京地裁が下した判決は懲役6年だった。この長男は長年、家庭内暴力を繰り返していたとして、弁護側は執行猶予つきの判決を求めていた。裁判長は「強固な殺意に基づく危険な犯行」としながらも、「長男からの暴行に恐怖を感じた背景は考慮すべき」と述べ、検察が求刑していた懲役8年よりは軽い刑とした。

 この父親は東大を出て官僚になり、農水省の事務次官まで上り詰めた。母親の親族には医師も多いという。長男も進学校として知られる私立中学に進んだが、父親ほどの優等生ではない。発達障害という診断を受けていたとされるが、大学に進学して卒業しているので、それほど重とくな状態ではなかったと考えられる。

 これほどのエリート家系に生まれなければ、それなりに就職して独立できたかもしれない。しかし、長男は定職に就くこともなく、イラストで身を立てようとして挫折。ゲームにのめり込み、親が用意したマンションから出る機会も少なくなった。

◆「お父さんはいいよね」と彼は言った

 裁判では、’19年5月、マンションから実家に生活の拠点を移した翌日、長男がこう言って泣きだしたことが明らかになった。

「お父さんはいいよね。何でも人生、自由になって。(自分の)44年の人生は何だったんだ」

 そしてそのあと父親に暴力を振るい、結局はそれが6月1日の殺害につながったのだ。

 もちろん、実家から手厚い世話を受けながら仕事に就こうと努力することもなく、逆に親の優秀さを恨んで暴れるなど、とても許されたことではない。しかし、エリートの家に生まれたがゆえに、“そこそこの人生”では満足できず、周囲からの視線にも冷たさを感じて次第に被害者意識を強める息子や娘は、実は少なくない。

 客観的には「恵まれた子のワガママ」でしかないのだが、本人にとってはまさに「自分の人生は何だったんだ」と叫びたいほど苦しく、自分や他人を傷つけたくなる衝動にかられたり、ドラッグなどにおぼれたりするケースを数多く見てきた。

◆自己不全感から荒れ狂う子を持つ親の苦しみ

「親は親、自分は自分」とその人生を切り離し、「オレはこれで満足だから」と自分のやりたいように生きる、という心の強さを持つ子弟のほうがむしろ少ないといえる。

 一方で貧困に苦しみ、教育の機会すら与えられない子もいれば、反対にエリート家庭ゆえの自己不全感に苦しみ、人生の破滅を招く子もいる。あまりにやるせないが、これが今の日本の現実なのだ。

 では、どうすれば長男はここまで荒れ狂わず、父親もわが子を手にかけずにすんだのか。そこに必要なのは「他人」だ。日本では「子育ては親の責任」という意識が強すぎるが、このような状況では長男は親から遠く離れて、自分のよい点を見てくれる他人のところで過ごすべきだ。できれば誰かの役に立つような仕事に就いて、すり減っている自尊感情を少しずつでも回復させていくことが望ましい。

 “愛憎の圧力鍋”のような状態にならないよう、困っているケースほどお互い距離を置くべき。もちろん言うほど簡単には実行できないだろうが、「親が子を始末」などという悲劇を防ぐためにはそれしかない、と臨床経験を通じて強く思うのである。

<文/香山リカ>

【香山リカ】

’60年、北海道生まれ。東京医科大学卒業。立教大学現代心理学部教授も務める。豊富な臨床経験を生かし、現代人の心の問題を中心にさまざまなメディアで発言を続ける。音声アプリ「ヒマラヤ」で「香山リカのココロのほぐし方」を配信中。最新刊『オジサンはなぜカン違いするのか』

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