「渋谷駅前の電車を秋田に移設」に賛否両論―― 一体なぜ?

「渋谷駅前の電車を秋田に移設」に賛否両論―― 一体なぜ?

渋谷駅前・ハチ公前ひろばでお馴染みとなった緑の電車

 渋谷駅前のハチ公前広場に置かれたあの「緑の電車」が秋田・大館へと送られることになり、ネット上では「賛否両論」が飛び交っている。

 果たしてあの電車は何なのか、そしてなぜ秋田へと運ばれることとなり、そして賛否両論を生む結果となっているのだろうか。

◆東京の戦後復興に貢献した「青ガエル」――「技術の粋」がつぎ込まれた旧5000系

 あの「緑の電車」の正体は東急電鉄5000系(2002年に二代目の5000系が登場したことにより、現在は「旧5000系」「初代5000系」と呼ばれる)のトップナンバー・5001号(デハ5001)だ。

 東急旧5000系・5001号がデビューしたのは1954年の鉄道の日(10月14日)。当時はまだ終戦から9年。「第五福竜丸事件」や「洞爺丸台風」など痛ましい事件が相次いだ一方で、「ゴジラ」や「日本初の缶ジュース」が生まれたのもこの年であった。

 この旧5000系の特徴は何といっても世界の最新技術を導入した新性能電車であったこと。

 当時の電車といえば、鉄道模型などと同様にモーターから車輪に直接動力を伝える「吊り掛け駆動方式」を用いた旧性能電車が主流であったが、旧5000系は当時の最新技術であった「直角カルダン駆動方式」を採用。このほかにも電気ブレーキの採用やメンテナンスフリーを目指した機械構造とするなど当時の常識を覆す最新技術を導入し、当時の通勤電車としては画期的な加速度の高さや静寂さを実現した。

 また、当時の電車といえば車体一面がリベット(鋲)で覆われ、茶色などの暗い色のものが多かったが、旧5000系は戦前に航空産業によって培われたモノコック構造による「丸みを帯びたデザイン」に、さらに外装も明るい緑色(のちに少し明度が落とされ現在の色調)となり、大いに人々の目を惹いた。

◆他社にも大きな影響を与えた「アマカエル」

 この旧5000系の成功は他の大手私鉄各社にも大きな影響を与えることとなり、日本で本格的な新性能電車時代が幕を明けた。そして、旧5000系はたちまち東横線のシンボル的存在となり、沿線住民から「アマカエル」「青ガエル」などと呼ばれて親しまれた。また、青ガエルが人気となって以降、東急電鉄は電車の車体色を緑色と定め、現在の「ステンレス+赤帯」の車輌が登場するまで永年に亘って「東急の電車=緑色」というのが沿線住民の常識となった。

 その後、旧5000系は1959年まで製造が続けられ、高度経済成長期の通勤輸送を支えた。さらに、のちに田園都市線や(旧)新玉川線、大井町線などにも活躍の場を拡大。丸みを帯びた愛嬌のある顔は東急沿線各地でお馴染みとなった。

 つまり、あの旧5000系は戦後の東京における「通勤輸送改革の立役者」であり、高度経済成長期にかけての東京の通勤輸送を支える役割を持った電車の記念すべき初号機だったのだ。

◆信州から横浜に、そして切断されて渋谷へ…数奇な運命を辿った5001号

 旧5000系は1986年を以て東急各線から引退。その後、短編成でも運用できるなど使い勝手の良さから各地で第二の人生を歩むこととなり、北は福島県から南は熊本県まで全国の中小私鉄で見られるようになった。

 5001号は1986年に真田幸村で知られる長野県上田市の上田交通(現:上田電鉄)に譲渡され、上田駅と別所温泉を結ぶ通勤・観光の足として親しまれたが、1993年に引退。引退後は「5000系のトップナンバー」ということもあり、東急が引き取り、横浜市緑区長津田の車庫に保管されることとなった。

 里帰り後は上田交通カラーから東急時代の緑一色に復元され、高度成長期の東急のシンボルとして末永く保存され、博物館などで展示される…かに思われた。

 しかし、2006年に驚きのニュースが飛び込んでくる。それは、「渋谷区が5001号を引き取り、車体を切断した上で渋谷駅前の「民間交番」として活用する」というもの。

 東急ファンの間では「歴史的に重要な車輌を切断するとは信じられない」として反対運動も起きたものの、5001号は渋谷区に譲渡され、2006年10月に機器や台車を外し、車体を切断・短縮した状態で渋谷駅前にモニュメントとして設置されることとなった。設置当初は「民間交番」としての活用を目指したというが、現在は「青ガエル観光案内所」として、英語対応の観光案内所・休憩所として活用されている。

 設置から14年が経過した5001号車は、今や向かいにある「ハチ公」と並んで待ち合わせの定番スポットとなっており、また時おりサンリオやNHK等とのコラボが行われ多くの人を集めるなど、すっかり渋谷の名物としての地位を獲得。その一方で、2016年には車輌全体にスプレーで文字を書かれるなど、渋谷という立地ゆえに何度も落書きをされたり、窓ガラスが割られるなど、痛々しい姿を晒すこともあった。

◆最後は駅前の邪魔者扱い!?――秋田が「安住の地」となるか

 では、5001号はなぜ「秋田・大館に送られる」のだろうか。その最も大きな理由は「電車の置き場所が無くなるから」だ。

 各地で再開発が進む渋谷。現在5001号がある渋谷駅前も例外ではなく、電車が設置されている東急百貨店東横店の解体・再開発、JR渋谷駅のハチ公前改札の移設も予定されるなど、ハチ公前広場自体が大きく姿を変えることになる。

 渋谷区が5001号の譲渡先に選んだのは「忠犬ハチ公」が縁で交流がある秋田県大館市。今後、5001号は5月下旬から移設作業がはじまる予定で、7月からはJR大館駅前にある「秋田犬の里」(2019年開業)の休憩所となり、また車内では忠犬ハチ公を中心に渋谷と大館の歴史変遷の展示もおこなう計画だという。

 切断されたとはいえ東横線のターミナルである渋谷に残り、そして待ち合わせスポットとしても定着していただけに、「5001号にとっては全く縁もゆかりもない秋田県への譲渡」に対して賛否両論の声が聞かれるのも無理はない。

 言うなれば、早い話が「渋谷区が駅前整備の邪魔になる電車を大館市に引き取って貰った」というべき状況だが、貴重な電車が残っただけ良かったというべきものなのかも知れない。

 戦後の東京復興の立役者として活躍したのち長野県に亘り、そして引退後は横浜で保存車となったものの車体をカットされて渋谷のモニュメントとなり、さらに用途も「民間交番」から「観光案内所・休憩所」に、そして遠く離れた秋田県への旅立ち――何とも数奇な運命を辿ることとなった5001号。

 今後は「大館駅前のシンボル」として末永く活躍してくれることを願って止まない。

【参考文献】

『私鉄の車両4 東京急行電鉄』(保育社)※復刻版はネコ・パブリッシングより

『東急電鉄まるごと探見』(JTBパブリッシング)

<取材・文・撮影/若杉優貴(都市商業研究所)>

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