「生命だけは平等」という理念を実現すべく、清濁併せ呑み行動した男。『ゴッドドクター 徳田虎雄』著者、山岡淳一郎氏に聞く

「生命だけは平等」という理念を実現すべく、清濁併せ呑み行動した男。『ゴッドドクター 徳田虎雄』著者、山岡淳一郎氏に聞く

「生命だけは平等」という理念を実現すべく、清濁併せ呑み行動した男。『ゴッドドクター 徳田虎雄』著者、山岡淳一郎氏に聞くの画像

◆せめて、生命だけは平等だ

―― 山岡さんの新著『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)は、世界屈指の民間病院グループ「徳洲会」を一代で築き上げた徳田虎雄を描いた作品です。なぜ徳田さんに注目したのですか。

山岡淳一郎氏(以下、山岡): 徳田虎雄と言うと、政治とカネのゴタゴタや、いわゆる徳洲会事件のイメージが強いかもしれませんが、徳田氏と彼の伴走者たちが作り上げた徳洲会は、日本の医療史の中で見ても突出したものであり、「医療革命」と呼ぶべきものです。

 もともと日本には江戸時代まで病院らしい病院がありませんでした。そのため、明治時代になると西洋医学が取り入れられ、病院が作られていきます。その際、病院を運営する主体は帝国大学の大学病院や陸海軍病院、都道府県立病院、日本赤十字といったように「官」が中心となり、民間の開業医はその下に位置づけられました。開業医たちは自由開業医制に基づき、どこにでも自由に診療所を開くことが許されましたが、その場所は自ずと都会に集中していきました。

 また、西洋医学とともに日本に入ってきたのが、「医局講座制」という概念です。医局講座制とは、医学部の教育と大学病院の運営を一体的に行うという考え方です。その結果、医学部では教授をトップとして准教授や講師、助教といったヒエラルキーが形成されていますが、この序列がそのまま医療の現場にも反映されることになったのです。

 徳田氏が医者になったとき、医療の世界にはこうした構造が出来上がっていました。そうした中、彼は医療過疎地に目をつけ、次から次へと病院を建てていったのです。それまでも医者一族が特定の地域に民間病院をいくつか建てるといったことはありましたが、民間病院で全国展開したのは徳洲会が初めてでしょう。

 徳田氏は病院を拡大するにあたり、当初は出身大学である大阪大学医学部から医者を派遣してもらっていましたが、医者の数が足りず、医局講座制から弾き飛ばされたアメリカ帰りの医者などをかき集めました。徳洲会の礎はアメリカ帰りの医師たちが築いた。医局講座制とは別の路線を築いたという点でも、革命的だったのです。

◆「怒りと悲しみ」に突き動かされ、辿り着いた理念

―― 徳田さんの原動力は何だったのですか。

山岡:一言で言えば怒りと悲しみです。徳田氏の出身地である徳之島は本土から差別されてきた歴史があります。そのため、徳之島出身者たちは独立不羈の気性を持っています。実際、徳之島からは腕一本で勝負できる医者や弁護士が多く排出されており、それと同時に、ヤクザもたくさん生まれています。ヤクザも腕一本で勝負できるからです。

 また、徳田氏は幼いころに弟を病気で亡くしています。弟が倒れたとき、虎雄少年は真夜中に医者を呼びにいきますが、医者から往診を断られます。そこで別の医者を呼びにいったのですが、間に合わず、弟は亡くなってしまいました。それが「生命だけは平等だ」という徳洲会の理念につながっています。

 実は徳田氏は「生命だけは平等だ」というセリフを吐くとき、頭に「せめて」を添えていたそうです。「せめて、生命だけは平等だ」ということです。残念ながら人間は平等ではありません。生まれにも能力にも差があります。しかし、病気になったときに病院にかかれるという点では、せめて平等でなければならない。金持ちは病院に行けるが、貧乏人は行けないのはおかしい。

 私はこの「せめて」という言葉に、徳田氏と伴走者の全てが詰まっているように感じます。これが徳洲会の原点であり、そこに普遍的な力があったからこそ、徳洲会はこれほど拡大したのだと思います。

◆綺麗事だけでは人は動かせない

―― 徳洲会が医療過疎地を救ってきたことは間違いありませんが、徳田さんの強引な手法は多くの批判を浴びてきました。最終的に、徳田さんは徳洲会の公職選挙法違反事件をめぐって理事長職を退くことになりました。

山岡:確かに徳田氏は聖人君子のような人物ではありません。非常に猜疑心の強い人のようです。デリカシーもなさそうですし、一般的な意味で洗練された人ではありません。また、徳田氏は国政選挙に打って出た際に30億円もの大金をばらまき、地元のヤクザにもお金が渡っています。病院経営においても独裁的な権力を振るってきました。

 しかし、理屈だけでは人を動かせないことも事実です。徳田氏は「人間ウジ虫論」を唱え、人間はウジ虫のように好き勝手に這いずり回り、何をするかわからない生き物だと説いています。そのウジ虫たちをまとめ上げるには、どうしても強烈な統率力やカリスマ性が必要になるのです。

 昨今の日本では綺麗事がはびこり、何か不祥事があるとみんなで責め立て、謝罪しなくてもいいようなことで謝罪に追い込まれる。一方で大悪がまかり通り、権力者が責任を取らない。社会全体で「角を矯めて牛を殺す」状態です。角は角でいい。品行方正は評論家の物言いにすぎません。佐高信さんの批判的造語「まじめナルシシズム」では事は成せない。

 そういう意味では、私の立場は明確に「反・綺麗事」です。今回の本の冒頭で、あえて徳田氏の選挙とヤクザの関わりを描いたのもそのためです。

◆故・中村哲医師との関係

―― 先日アフガニスタンで殺された中村哲医師も徳洲会と関係がありました。中村さんは西側諸国から国際テロ組織と見なされているタリバンと良好な関係を築き、医療活動に取り組んでいました。まさに綺麗事でない世界があったのではないかと想像されます。

山岡:アフガニスタンで活動しようと思えば、極端な話、過激派やテロリストとされる人たちにさえ恩恵を与えなければならない局面もあったはずです。九州の徳洲会は中村さんの活動を支援していましたが、中村さんの活動に感ずるところがあったからバックアップしていたのだと思います。

―― 綺麗事だけでは事を成し遂げられないことを知るためにも、改めて徳洲会のあり方を見直す必要があります。

山岡:徳田氏の根本には「生命だけは平等だ」という、誰が見ても真っ当な理念があります。この理念を現実社会で実現するには、ある種の狂気が必要になります。狂気とはものすごいエネルギーを持つ炎のようなもので、使い方によっては凶器になりますが、その一方で文明を切り開くこともできます。

 いまの日本社会からはこの炎が失われつつあります。これをどうやって取り戻すかということが我々に問われているのだと思います。

(1月25日、聞き手・構成 中村友哉)

山岡淳一郎(やまおか・じゅんいちろう)

1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。一般社団法人デモクラシータイムス同人を務める。近著に『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社文庫)、『生きのびるマンション』(岩波新書)など。

【月刊日本】

げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

関連記事(外部サイト)