全国のモデルだった福岡県春日市の学童保育が危機。踏みにじられた児童、保護者の思いと支援員の雇用

全国のモデルだった福岡県春日市の学童保育が危機。踏みにじられた児童、保護者の思いと支援員の雇用

撮影/みわよしこ

◆放課後児童クラブの指定管理者変更。子どもたちはどうなる?

 前回報じたように、2019年9月、福岡県の春日市議会において、2020年度からの放課後児童クラブの指定管理者の変更が可決された。

 この経緯には数多くの謎がある。最大の謎は、指定管理者が公募され、4事業者が応募し、選定結果が点数化され、最高点を獲得した株式会社「T」が新しい指定管理者として選定されたのだが、公募に応募した事業者は、「T」以外は公表されていないことだ。選定されなかった3事業者のうち1事業者は、現在の春日市の放課後児童クラブの指定管理者であるNPO「子ども未来ネットワーク春日」であることが判明しているが、残る2事業者は現在も不明のままだ。春日市によれば、応募した事業者を公開しない理由は、その事業者の今後の活動に支障が発生する懸念であるという。

 福岡市の南側に位置する春日市は、福岡市のベッドタウンとして発展してきた11万都市である。放課後児童クラブのルーツは、1976年、共働きの保護者たちが自主的に始めた学童保育だった。現在は、市内の小学校12校すべての敷地内に放課後児童クラブがある。利用希望者は全員受け入れる方針であったため、小学校のうち4校には2つの放課後児童クラブがある。

 「春日市の学童」は、「子どもにとって安全で、どの子にも居場所があり、子どもと共感できる保育」を中心としてきた。建前として掲げるだけならともかく、この理想を実現しつづけることは難しい。しかし春日市では実現され続け、保育内容の質の高さによって、全国の放課後児童クラブ関係者の注目を集めてきた。

 春日市の放課後児童クラブは、あくまでも子どもたちを中心に、自由の中で自主性と主体性を育む。支援員をはじめとする大人たちが何かを強制したり、あるいは既存のプログラムをあてがったりすることはない。また保護者にとっては、利用を希望すれば全員が受け入れられるため、小学1年生になった子どもが放課後児童クラブを利用できないことによる「小1の壁」がない。このため、子どもが小学校入学を迎える前に、春日市に転居する共働き世帯もあった。

 ともあれ市議会は、2020年度からの指定管理者の変更を可決した。そして、新しい指定管理者として選定された「T」の保育方針は、他自治体での実績を見る限り、強制と管理で貫かれている。「T」が本来の保育方針を貫いている地域での放課後児童クラブは、まず「全員、正座で百人一首」から始まる。

◆請願署名に託された保護者たちの切実な願い

 放課後児童クラブの指定管理者の変更に関する動きは、2019年5月から表面化した。春日市の保護者たちは、職業・家庭・育児を抱えた多忙な毎日の中で、署名や請願などの活動を開始し、継続してきている。市議会への請願は、9月と12月に行われている。

 子どもたちが放課後や夏休み・冬休み・春休みの日中を過ごす放課後児童クラブの環境は、生涯の基盤となる子ども時代の一部として、まず子どもたち自身にとって重要だ。保護者にとっても「わが子の生活」の一部であり、保護者自身の職業生活を支える重要な基盤でもある。9月の市議会で、指定管理者の変更は決定事項となってしまったが、それでも保護者たちは諦めなかった。

 12月の市議会に、保護者たちは署名とともに、2つの請願を提出した。1つは現在の放課後児童クラブの保育内容の維持を求めるものであり、もう1つは、現在の放課後児童クラブの支援員の継続雇用を求めるものであった。支援員の継続雇用を求める請願は採択されなかったが、保育内容の維持を求める請願は採択された。

 採択された請願は、春日市に対して、以下の内容に関する最大限の留意と注目を求めている。

@新指定管理者による事業開始に向けて、子どもたちに精神的な不安を与えないよう、適切な引継ぎ(たとえば、配置予定のクラブの保育現場において現支援員と新支援員が具体的な引継ぎを実施する等)が実施されるとともに、新支援員と子どもたちとの関係構築に努めること。

A子どもたちに大きな違和感や不安・負担を与えないよう、現状の保育環境を踏まえた子どもたちの生活リズム、支援員の子どもとの関わり方等に充分な配慮がなされること。

B各クラブ内における子どもたちの遊びや過ごし方の現状を踏まえ、子どもたちの意見が聞き入れられ意思が尊重される保育がなされること。

 2020年度も放課後児童クラブを利用する可能性がある現在の小学1年生〜小学5年生、そして保護者たちにとっては、いずれも切実な希望である。子どもたちにとっては、進級と新学期の始まりであり、5月の運動会に向けた練習が始まり、ゴールデンウイークを挟んだ環境の変化があるところに、放課後児童クラブの環境の変化が加わることになる。大人の役割は、指定管理者の変更という「オトナの事情」によって、子どもたちに不安を感じさせたり精神的な負荷感を与えたりすることであろうか?

 保護者たちは、採択された請願の中で、「指定管理者変更に伴い、現場を熟知した主任支援員等が離職することが想定され、子どもたちは、親しみのある支援員が一度にいなくなることにショックを受ける」と予想している。さらに厚生労働省が2015年に発行した「放課後児童クラブ運営指針」から、運営主体の変更を行う場合に「育成支援の継続性」を保障すること「子どもへの影響」を最小限にすること、「保護者の理解」を得ることの必要性を引用し、「新支援員と子どもたちとの関係構築、子どもたちの保育環境や生活リズム等に、充分に配慮しながら」の引き継ぎを求めている。

◆「支援員の継続雇用」という希望はどのように踏みにじられたか

 とはいえ、子どもたちの環境の維持のカギは、現在の支援員の継続雇用にある。学童保育や放課後児童クラブで30年にわたるキャリアを持ち、現在、主任支援員(放課後児童クラブの責任者)を務めているベテランは、「スタッフが1人変わるだけでも、子どもたちには負荷になる」という。子どもたちが、家庭や学校や放課後児童クラブで「自分の居場所」という感覚を抱くことができる時、そこには必ず、そこにいる大人との継続的な信頼関係があるはずだ。前述のとおり、保護者たちは現在の支援員の継続雇用を希望していた。「T」も春日市を通じて、保護者たちの願いを承知していたようである。

 「T」は10月と11月に、現在の支援員に対する説明会を開催した。支援員の労働条件が悪化し、収入が減少することは確実なのだが、それでも「子どもたちのために、とりあえず次年度は残留したい」と考える支援員は少なくなかった。12月、「T」が現在の支援員に対する選考を開始すると、主任支援員の半数弱にあたる8名、短時間勤務の支援員の多数が応募し、履歴書を提出した。短時間勤務の支援員は、全員が2019年末までに内定通知を受け取っている。ところが、主任支援員に対する選考結果は、年が明けて2020年になっても示されなかった。

 主任支援員に対しては、1月23日と24日に、改めて面接が行われた。面接を受けた主任支援員たちによると、その場で「筆記試験問題」と記された用紙を渡され、自由記述の作文を求められた。支援員たちがその場で「T」の面接官に趣旨を尋ねたところ、「先生方の思いの丈を書いてもらえればいいので」と口頭で回答されたという。しかし後日、改めて問い合わせると、「採否の参考にする」「不採用や異動もありうる」という回答であったそうだ。

 結局、主任支援員8名に対して結果が通知されたのは、2月14日であった。5名は内定、3名は不採用であった。不採用となった3名は、経験年数が長く保護者たちからの信頼も篤いベテランばかりであった。

 不採用となったベテラン主任支援員の一人は、不採用を通知される前の週、筆者のインタビューに「もう2月も半ばですよ。例年なら、新年度に向けての準備が終わっているはずの時期なんですが」と答えた。子どもたちにとっての放課後児童クラブという「居場所」のコアとなる主任支援員たちは、次年度の自分自身の雇用が不明で、新しい指定管理者に引き継ぎを行いたくとも行えない状況に置かれながら、子どもたちの次年度の環境を懸念していたのである。主任支援員が不採用となると、その放課後児童クラブで働いていたパート支援員たちも、「それなら」と一斉に退職してしまうかもしれない。

 採用内定となった5名の主任支援員も、2月までの経緯を振り返ると、「T」のもとで支援員を続けたいという気持ちを持ち続けることは困難であろう。筆者は、自分自身の郷里でもある春日市の子どもたちのために、できれば5名全員が2020年度も留まってほしいと願う。しかし、子どもたちと共にいる主任支援員が、自分自身とこれまでを尊重されない状況に留まることが、長期的に「子どもたちのためになる」と言えるだろうか。まことに悩ましい。むろん、最も望ましい成り行きは、主任支援員を含む現在の支援員たちが過去と現在を尊重され、子どもたちの現在までの環境が維持されることである。しかし少なくとも「T」が、引き継ぎらしい引き継ぎが行える状況を作って来たとは筆者には思えない。

◆「子どもは慣れる、親は諦める」?

 「T」が選定されてから現在までの現主任支援員に対する採用の経緯を見る限り、当事者である小学生たち自身を尊重する思いがあるとは、筆者には思えない。現在、主任支援員を務めている人々に対して不安や圧迫感を与えるということは、現在の主任支援員の業務の遂行には関心がないということ、すなわち「子どもたちの発達や成長には関心がない」ということではないだろうか。

 一部始終を見てきた春日市議の一人は、筆者のこの疑問に対して、次のように答えた。

「『T』さんは、放課後児童クラブを手荷物の一時預かりと同じように考えているのかもしれませんね。何時間か預かって、傷をつけずにお返しするということなのでしょう」

 納得する説明ではある。しかし、子どもたちは手荷物ではなく自分の感情と意思をもった人間だ。「T」が放課後児童クラブの指定管理者になった福岡県内の別の自治体では、その年度の4月と5月だけで、小学4年生以上の児童が全員、クラブを退所したという。小学3年生以下の児童は、保護者が必要としている以上、嫌でも「T」の放課後児童クラブにとどまることになる。「正座で百人一首」をはじめとする数多くの強制に対して、服従するか、抵抗するか、あるいは要領よく大人の顔色を読んで立ち回るか。「T」の放課後児童クラブに支援員として勤務した経験者によると、放課後、小学低学年の子どもが教室の机にしがみついて泣きながら抵抗しているところを、担任教諭が無理やりにクラブに連れてきたこともあったという。

 放課後児童クラブに通っていた子どもを持つ春日市の保護者の一人は、嘆息しながら次のように述べる。

「結局、『子どもは慣れる、親は諦める』と思われているのかもしれませんね……春日市に」

◆歪められる地方行政。ある学童保育の危機 2

<取材・文・写真/みわよしこ>

【みわよしこ】

みわよしこ●福岡市長浜生まれ。1990年、東京理科大学大学院修士課程(物理学専攻)修了後、電機メーカで半導体デバイスの研究・開発に10年間従事。在職中より執筆活動を開始、2000年より著述業に専念。コンピュータ全般から近年では自身に運動障害が発生(2007年に障害認定)したことから、社会保障・社会福祉に問題意識を向け精力的に取材・執筆を重ねる。Twitter ID:@miwachan_info

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