「民主化の女神」がユーチューバーになった、その切実過ぎる理由

"民主化の女神"こと香港の周庭(アグネス・チョウ)さん"ゆるふわ"動画で政治運動

記事まとめ

  • 香港の政治運動家・周庭(アグネス・チョウ/23歳)さんが、YouTuberデビューし話題に
  • 2月10日に開設されたチャンネルの登録者数は、2週間ですぐに10万人超えた
  • 4か国語を操る政治アイドル系ユーチューバーとして、ゆるふわ動画で政治運動を展開へ

「民主化の女神」がユーチューバーになった、その切実過ぎる理由

「民主化の女神」がユーチューバーになった、その切実過ぎる理由

開設から2週間でチャンネル登録者は12万人以上に。初回は不器用さ丸出しで「香港民主化運動フィギュア」の組み立て、さらに『漫画 香港デモ 激動200日!』を紹介。このほか、香港人向けの日本語講座をテーマにした放送回も

◆政治系YouTuber界に黒船来襲!?

 「政治運動家にしてYouTuber」と聞いて、真っ先に思い浮かべるのは某公共放送をぶっ壊さんとしている人々だろうか。はたまた、右派論客か。いずれにしろ、その界隈で最も幅を利かせているのは、少々いかつい右寄りのおじさんたち。近年、美少女系アバターを用いた政治系VTuberも登場してきているが、その実像は不明なうえに、いまだ少数派だ。

 そんなコアな日本の政治系YouTuber界に、最近、黒船が来襲したのをご存じだろうか? 2月10日に開設されたチャンネルの登録者数は2週間で10万人超え。世界を股にかける発信力を武器に、日本でも数多の支持者を獲得してきた香港の政治運動家・周庭(アグネス・チョウ/23歳)だ。

◆瞬時に10万人超のファンを獲得

 その「周庭チャンネル」は、一見すると政治色が薄い。バレンタインデーにはチョコを手作りする動画を配信し、「日本人にマスクを勧めたい時はどう言えばいい?」という香港人向けの日本語講座もある。初回は不器用な手つきでフィギュアを組み立てた後、日本で発刊された漫画『香港デモ 激動!200日』(扶桑社刊)を紹介するという内容だった。

http://youtu.be/pxgciUuafow

 だが、組み立てたフィギュアは民主化運動の最前線で戦う女性を模したもので、そのフィギュアの利益の8割が「民主化運動を支持する団体に寄付されます」という。漫画の紹介コーナーでは習近平国家主席のイラストを指しながら、「優しいおじいちゃんみたいです」と揶揄するような場面も。一般に中国本土ではYouTubeそのものが見れないが、仮に中国向けに発信しようものなら、即座に閲覧制限がかかる内容と言っていいだろう。

 ただし、瞬時に10万人超のファンを獲得できた理由は、匂い立つ政治色よりも、彼女のポテンシャルにある。第一に、そのビジュアルはアイドルと見紛うほどのレベルだ。彼女をよく知るR氏によれば、「昨年、メイクを覚えてあか抜けた」とかいうから、今後さらに磨きがかかる可能性もあり。

 容姿端麗なうえに、アグネスは広東語、北京語、英語に加えて日本語も堪能だ。番組に入る日本語のテロップは本人自ら打ち込んだものだという。“4か国語”を操る23歳の政治アイドル系ユーチューバーなど、日本ではまずお目にかかれまい。

 だが、最大の魅力は政治運動に賭ける彼女の姿勢にある。

◆ゆるふわ動画に隠れた闘志

 香港の民主化運動に身を投じたのは、わずかに15歳のとき。’12年の反愛国教育運動(中国国民として愛国心を育成する国民教育の導入に抗議する運動)が、彼女の事実上のデビュー戦だ。

 行政長官選挙への普通選挙制の導入を求めて‘14年に起きた雨傘運動では「民主化の女神」と呼ばれ、数多くの海外メディアに登場。同い年の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)とともに学生運動のリーダー的存在として活躍する彼女を、ツイッターやメディアで目にしてきた人も多いだろう。彼女は、非民主的な香港の政治機構を”ぶっ壊そう“と活動し続けてきたのだ。

 そんな彼女は8年間にわたる政治運動で、何度となく香港政府・警察から不当な扱いを受けてきた。’14年の雨傘運動で人生初の逮捕を経験。‘17年にも香港返還20周年式典を前に、北京政府が香港に送ったゴールデン・バウヒニア(ハカマカズラ科の植物)像を黒い布で覆う「ブラック・バウヒニア行動」を決行して、公衆妨害罪で逮捕されている。3度目の逮捕劇は、逃亡犯条例改正案をきっかけに起きた大規模デモ真っ只中の昨年8月30日のこと。その2か月前にデモ隊が警察本部を包囲したことを受けて、その場にいたアグネスは「無許可のデモを扇動した」容疑をかけられたのだ。

◆政治的圧力で自身も仲間も立候補を潰される

 ’18年には立法会(日本の国会に相当)補欠選挙への立候補を表明したものの、選挙を戦うことさえできなかった。彼女が所属する政党「デモシスト(香港衆志)」が「民主自決」を掲げ、住民投票を経て民意を得た場合には香港独立も辞さずという姿勢であったことから、「香港基本法第一条(香港は中国と不可分の部分である)に反する」として、選挙管理委員会から立候補資格の停止を言い渡されたのだ。

「今の香港で私が議員になる方法はないんです」

 民主派が8割超の議席を獲得した昨年の香港区議会議員選挙の直前に、アグネスが漏らした言葉だ。

 その区議会議員選挙には、デモシスト事務局長で彼女の盟友ともいえるジョシュアが立候補を表明していたが、同じく選管から立候補無効を言い渡されている。このとき、政治的な理由で無効になったのは、ジョシュアただ一人だった。

「実は’16年につくったデモシストは、いまだに政党として認められていないんです。厳密にいえば、香港には日本の政党のような仕組みがありません。いずれの政党も会社を設立して、その会社を政党として運営しています。しかし、香港政府は『有限会社デモシスト』として登記することさえ許可しない。完全な政治弾圧です。だから、異なる名前の会社をつくって口座を用意し、デモシストという名の政治運動を行っているんです」(アグネス)

 法的に政党として認められない組織の一員として、政治運動を続けることは容易ではない。親中派の政党はもとより、議会で一定の議席を握る政党には大口支援者が少なくないが、デモシストの支援者は一般市民に限られるのだ。

「だから、六四(天安門事件の追悼集会)や7月1日(香港返還式典)に合わせた街頭活動で寄付を募る。100香港ドル(約1400円)単位の寄付を積み上げて、1年間の活動費をまかなっているんです」(同)

 デモシストは数ある香港の政党の中でも人気政党だ。「比較的多くの寄付が集まる」という。それでも、「報酬が発生するのは、SNSなどのメディアの管理を行っているフルタイムのスタッフや、デザイン業務などに携わっている一部のスタッフのみ。常務委員を務めていた時も含めて、私は一度もデモシストからお給料をもらったことがない」(同)。

 過去には「アメリカからお金をもらっている」「CIAのスパイ」などの根も葉もない噂を立てられたが、実際のところは貧乏学生。日本のアニメやアイドルにハマるオタク気質のアグネスだが、「高画質で見たいのに、お金がないからNetflixは(画質の劣る)一番安いプラン」だとか。

 そのため、彼女には実家近くのステーキレストランやカフェ、家庭教師のアルバイトなどをしながら政治運動を続けていた時期がある。’16年9月の立法会選挙でデモシストから出馬した羅冠聡(ネイサン・ロー)が史上最年少当選(当時23歳)を果たしてからは、ネイサン議員の政策研究補佐として収入を得ていた時期もある。

 だが、一連の政治運動で彼女の生活が安定することはなかった。

◆弾圧に次ぐ弾圧。折れぬ心

 ’16年の立法会選挙の後、香港の律政司(香港の法律行政を所管する官庁)は「香港独立」を主張する2人の民主派議員の議会宣誓に不備があったとして司法審査を請求。同年11月に中国の全人代が「規定に沿わない宣誓は無効で、直ちに議員資格を失う」とする香港基本法に関する“新たな解釈”を示したことで、2人の議員資格がはく奪され、さらにネイサンを含む4人の民主派議員の資格までもはく奪されたのだ。おのずと、アグネスは政策研究補佐の職を追われることになる。

 ’18年の立法会補選で当選した民主派の区諾軒(アウ・ノックヒン)のもとでも政策補佐を務めたが、翌年12月のアウ議員の資格停止に伴い、またも彼女は職を追われている。前述のとおり、その立法会補選ではアグネスの立候補資格が停止されたため、その判断が不当だと訴えた結果、裁判所が「反論の機会を与えずに資格停止したのは手続き上、妥当ではなかった」と判断。当時の選管の判断ミスを口実に、アウ議員にも「当選不適当」が言い渡されたのだ。

「私が自分で自分のボスをクビにしてしまったようなもの……」

 そう自虐的に話すアグネスだが、すっかり中国の傀儡となった香港政府の意向が働いたことは疑いようもない。というのも、発信力のある民主化運動家の彼女やジョシュア、デモシストの関係者は絶えず政府や親中派の監視の目に晒されてきたのだ。

「盗聴・盗撮は日常茶飯事。だから、デモシストの会議のときは、みんなのスマホを集めて別の部屋に保管して、賛美歌を流すなどの対策をとってきました。盗聴する人が、悔い改めてくれたらなぁとお経を流したこともありました(苦笑)。逮捕されたらスマホが没収され、データが抜き取られるので、情報を残しすぎないようにする必要もある。雨傘運動以降、私たちはずっとそうやって警戒しながら生きてきたんです」(同)

◆たどり着いた「生き残り」の策

 「周庭チャンネル」は、政党としての認可もえられず、選挙には出馬できず、議員のサポートもできず、政治弾圧に晒され続ける彼女がひねり出した生き残り策とも言える。

「私は今年で大学を卒業する予定ですが、フルタイムの仕事に就いてしまったら政治運動を思うように続けられなくなる。フレキシブルに働ける方法の一つとして、思いついたのがYouTuberでした」(同)

 もちろん、YouTuberとして大成するにしても、大きな壁がある。香港の企業の大半が大陸と取り引きしている以上、香港企業の広告出稿はまず望めない。アンチや親中派と思しき人による、嫌がらせや誹謗中傷コメントも後を絶たない。政治をテーマにした番組は少なめだが、彼女の肩書はもはや数多のYouTuberの一人として振舞うことを許さない。

 そんな閉塞状況をいかにしてぶっ壊すのか? おそらく中国当局までウォッチしているであろう「周庭チャンネル」の今後に注目したい!

<取材・文/池垣完 撮影/初沢亜利>

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