小田急の学生駅員バイト、時給1100円は妥当? 同一価値労働同一賃金の原則から

小田急の学生駅員バイト、時給1100円は妥当? 同一価値労働同一賃金の原則から

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 2019年4月28日の読売新聞の記事によると、小田急電鉄の全駅員1700人のうち、700人が学生駅員です。この間小田急電鉄の学生駅員の労働環境改善のために団体交渉をしている「首都圏学生ユニオン」は、学生駅員の時給1100円では、業務内容や責任に見合わないとしてその引き上げを求めています。

 対して小田急電鉄は、「時給1100円という金額は、現在の最低賃金との間に十分な格差があり妥当である」として、賃上げ要求を拒否しています。現在の東京の最低賃金は1013円、神奈川県の最低賃金は1011円です。学生ユニオンは小田急電鉄の主張に対して、「1100円は最低賃金スレスレの金額であり、低すぎる」と反論していますが、果たして学生駅員の時給1100円という金額は妥当でしょうか?

◆小田急電鉄学生駅員の業務内容

 学生ユニオンは、現在の時給1100円は、学生駅員の業務内容や責任の重さに見合わないとしています。では小田急電鉄の学生駅員はどのような業務を行っているのでしょうか?

 2019年10月14日の朝日新聞の記事では、自身も大学生のころに小田急電鉄の学生駅員をしていたという記者が、自身の経験を振り返っています。仕事内容にも触れられているので、少し引用しましょう。

「駅員アルバイトというと、通勤ラッシュ時に扉の中へ乗客や荷物を押し込む仕事が想像されるかもしれないが、小田急の場合、仕事は幅広い。(中略)混雑するホームではスムーズな乗降を促す。担当する車両の扉が閉まった時に乗客や荷物が挟まっていないかを確認し、責任者の社員に合図を送る。(中略)他には改札横の窓口で、ICカードのトラブルや切符の乗り越し精算に対応したり、車いすを使う人の乗降を介助したり。忘れ物の捜索、トイレや嘔吐(おうと)物の清掃もあった」

 この記者は現在も小田急電鉄の学生駅員として勤務している学生ユニオンのメンバーにも話を聞いており、「仕事の内容はほとんど変わっていない」としています。「学生アルバイト」とはいえかなり多様な仕事をしていることが分かると思いますが、全駅員1700人中700人が学生駅員であることを考えれば当然ともいえるでしょう。

 また、電車遅延が生じると振り替え輸送や乗客からの問い合わせへの対応など膨大な追加業務が発生しますが、小田急電鉄いわく、そうしたトラブル時を想定した駅員の人員配置はしていないため、膨大な追加業務は学生駅員を含めた駅員の時間外の労働によって対応されざるを得ません。学生ユニオンメンバーによれば、遅延発生時には学生駅員が数時間の残業を強いられ、それによって大学の授業に出られなくなることもしばしばだと言います。

 以上見てきたことからわかるように、学生駅員は鉄道という非常に重要な社会インフラの主要な担い手としてその運行を支えています。鉄道の主要な担い手たる労働者の賃金が時給1100円というのは果たして妥当だと言えるでしょうか。

◆最低賃金の引き上げによる賃金格差の縮小

 上述のかつて小田急電鉄の学生駅員をしていたという記者によると、当時の時給は1000円だったそうです。現在32歳の記者なので、恐らく約10年前に学生駅員をしていたと思われますが、約10年の間に学生駅員の時給は100円しか上がっていないことになります。

 対して最低賃金は大幅に引き上げられています。その記者が学生駅員をしていた時期の神奈川県の最低賃金は700円台だったそうですが、現在の神奈川県の最低賃金は1011円ですから、最低賃金は約300円引き上げられていることになります。

 10年前ならば、小田急電鉄の賃金は「他のアルバイトと比べてちょっと時給が高いバイト」だったのかもしれません。しかし、最低賃金の上昇により周囲のアルバイトの賃金相場が引き上げられているにもかかわらず、小田急電鉄の学生駅員のアルバイトがほとんど変化しなかったことで、もはや「他と比べてちょっと時給が高いアルバイト」とは言えなくなっています。小田急電鉄は、学生駅員の時給は「最低賃金との間に十分な格差がある」としていますが、業務内容がここ10年間で変わっていないにもかかわらず学生駅員の時給と最低賃金との格差は大きく縮小しているために、賃金への不満が大きくなっているのです。

◆同一価値労働同一賃金と最低賃金

 ここまで読んできて、「業務内容が変わらずに賃金が100円上がっているのならいいのではないか。最低賃金との格差を気にする意味はあるのか」と疑問に思う方もいるかもしれません。この点について賃金の原則に立ち返って考えてみましょう。

 国際的に認められた賃金原則は、「同一価値労働同一賃金」です。これはすなわち、賃金は労働者が行っている労働の価値(労働の難しさ、きつさ、責任など)が同一の場合には同一の賃金が支払われねばならないという原則です。反対に言えば、より難しい、より責任の重い、よりきつい仕事を行っている労働者にはそれだけ高い賃金が支払われるべきということです。

 したがってこの同一価値労働同一賃金の原則は、ある労働者の賃金は、他の労働者の賃金と比べてどの程度高く・低くあるべきかを、「労働の価値」を基準に判断する原則だと言えます。

 最低賃金は、あらゆる労働に適用される最下限の賃金です。より具体的にいえば、最も簡単で、最も軽度で、最も責任の軽い仕事の賃金です。同一価値労働同一賃金原則からすれば、よりきつい、より難しい、より責任の重い労働を行う労働者には、この最低賃金に上乗せした賃金が支払われるべきとなります。ですから最低賃金との格差を問題にすることは、同一労働同一賃金原則からすれば当然のことなのです。

 小田急電鉄は、現在の学生駅員の賃金は「最低賃金と十分な格差があり妥当である」としています。しかし、10年前には業務内容はほとんど変わっていないにもかかわらずその格差ははるかに大きいものでした。学生ユニオンは「学生駅員の労働に伴う責任の重さを考えれば、最低賃金との格差は小さすぎる」として賃上げを要求しています。果たしてどちらの主張が妥当でしょうか。

◆最低賃金との賃金格差問題の広がり

 小田急電鉄の学生駅員のような問題−最低賃金の上昇によりかつての最低賃金との格差が縮小し賃金についての不満が生ずる−は、この間、小田急電鉄以外にも、あるいは鉄道産業以外にも広がっていると思われます。

 図表1では神奈川県の5人以上企業の時給分布と最低賃金との関係が2007年と2017年について分かるようになっていますが、これを見ると、2007年から2017年年にかけて、最低賃金付近の労働者が急増していることが一目瞭然でしょう。「最低賃金よりもちょっと高い賃金の仕事」から「最低賃金すれすれの仕事」への変化が大規模に生じています。

 これは最低賃金の上昇に応じた賃金格差の調整が行われていないことの現れですが、この賃金格差の調整は自然には行われません。労働組合運動によって行われる必要があります。

 例えば戦後のイギリスでは、下層労働者がインフレによる生活費の高騰に応じて賃金の引き上げを勝ち取ると、より高い熟練の仕事に就く労働者が、「従来の下層労働者との賃金格差を維持せよ」と賃上げ運動を行い、その賃金格差を調整していました。

 この間の日本では最低賃金引き上げの運動が様々に形成され始めていますが、これに呼応して最低賃金の上昇に応じた賃金格差の調整を担う労働運動が必要ではないでしょうか。実際、筆者が事務局次長を務める首都圏青年ユニオンでは、「労働に見合った賃金を」という要求とそれに基づいた運動に取り組み始めています。このような運動が普及していく必要性と可能性が、この間大きく広がっているように感じています。

<文/栗原耕平>

【栗原耕平】

1995年8月15日生まれ。2000年に結成された労働組合、首都圏青年ユニオンの事務局次長として労働問題に取り組んでいる。

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