理不尽すぎる収容。罪なき夫を人質にし、家族全員の帰国を狙う。理不尽で血の通わない入管の行政処分

理不尽すぎる収容。罪なき夫を人質にし、家族全員の帰国を狙う。理不尽で血の通わない入管の行政処分

理不尽すぎる収容。罪なき夫を人質にし、家族全員の帰国を狙う。理不尽で血の通わない入管の行政処分の画像

◆入管は何か問題が起こると「厳格化」を打ち出す

 昨年末、元ニッサン会長のカルロス・ゴーン氏の海外逃亡が大ニュースとなった。「ゴーンは卑怯だ」「日本の司法制度にも問題がある」などさまざまな情報が流れる中、2019年3月末に18年間勤務した入管を辞めた市民団体「入管問題救援センター」の木下洋一代表(55歳)は以下のコメントをフェイスブックに寄せていた(要約)。

「入管が今回の件に乗じて、出国手続の厳格化みたいなことを言い出したら要注意です。入管は何か問題が起こると、何かと『厳格化』を打ち出します。他人に厳しく自らにはとことん甘い入管の打ち出す厳格化が成功した試しなどなく、むしろ、混乱の上にさらなる混乱を招き、事態を悪化させるばかりです」

 木下さんは、まさにその「厳格化」に違和感を覚えて入管を辞めたのだ。

◆木下さん「僕が知る限りで、もっとも理不尽なケース」

 2回目のセミナーの3日前の昨年11月15日。筆者は木下さんを連れて入管収容所の一つ「東日本入国管理センター」(茨城県牛久市)を訪ねた。というのは、木下さんは18年間入管職員として実態調査、上陸審査、そして横浜審判部門で働いたが、収容部門に携わったことはなく、実際の被収容者に会いたいと要望していたからだ。

 木下さんにはぜひ会いたいと思っている人がいた。牛久にもう3年8か月も収容されている中国人男性Aさんだ。きっかけは、木下さんの活動をネットで知った、Aさんの中国人妻のBさんが木下さんにコンタクトをとり、Aさんについて話したことだった。木下さんは「僕が知る限りで、もっとも理不尽なケース」と言う。

 Aさんは不法就労も不法滞在もしていなかった。日本では正式な在留資格で学問を学び、一般企業にも正社員として就職するなど、まじめに生きてきた。だが、妻Bさんが不法滞在をしていたことで、なぜかBさんは収容されず夫のAさんが収容されてしまったのだ。

 筆者と木下さんは面会手続きを済ませると、アクリル板で隔てられた面会室に入った。しばらく待つと、短髪でこざっぱりとした服装に身を包み、健康的な体を有したAさんが現れた。

「できる限り体を動かすようにして、心身を健康に保っていますので」と朗らかに笑ったAさんだったが、彼が語ってくれた話はじつに理不尽なものだった。

◆不法滞在を「助長」したという理由でAさんが収容される

 AさんとBさんは中国にいたときから交際していた。2000年、Bさんは日本語学校で学ぶために来日し、Aさんも同じ目的で3、4か月後に来日。Aさんはその後、専門学校、短大へと進み、日本の会社に正社員として就職する。

 Bさんは日本語学校に通うよりもアルバイトに時間を割くようになり、オーバーステイをしてしまう。だがAさんが日本で働き始めると、ゆくゆくは不法滞在者の妻との立場での結婚は避けようと、いったん中国に帰って改めて正式入国しようと決めた。

 2006年、Bさんは東京出入国在留管理局(東京都港区。以下、東京入管)に出頭したうえで自主帰還した。入管から言われたことは「再入国には1年待たねばならない」ということだった。

 ところがいざ帰国すると、Bさんは「他の女性が彼に言い寄らないか」と心配するようになり、1年を待ちきれずに姉の旅券を使って来日してしまったのだ。「なぜ待てなかったの」とAさんはBさんを叱った。とはいえ帰すわけにもいかず、2人はそのまま結婚して娘も生まれた。

 月日が流れ、常々「人間はウソをついてはいけない」と娘を育ててきたBさんは、「そんな私自身が姉の名前で生きている」ことに良心の呵責を覚える。そして、これからは本名で生きようと、東京入管に出頭してすべてを正直に話した。

 このときはBさんが少なくとも「在留特別許可」(法務大臣の裁量で在留を認める措置。以下、在特)はもらえると予想していた。ところが2016年4月、Aさんが東京入管に呼び出されて出頭すると、その場で収容されてしまう。理由は、「妻(Bさん)が日本での生活に必要な数々の手続きで、偽名を使ったのを知っていたはず。不法滞在を『助長』した」というものだった。

◆Aさんも在留資格剥奪され、一家全員就労禁止に

 こうして、一家3人は全員が在留資格をはく奪され、「仮放免者」として生きることになる。つまり「就労禁止」となったことで、収容されたAさんはもちろんのこと、Bさんもアルバイトすらできず、娘もこの先大学を出たとしても就職ができない身分に置かれたのだ。

 ルール違反をしたのはBさんであり、Aさんではない。Aさんは一点のミスも犯していないのだ。なぜBさんが収容されなかったのか? おそらく小学生(当時)の娘の面倒を見る人間が必要との判断があったのかもしれない。

 だがAさんとの面会では、Aさんは3年8か月も長期収容されているのに、Bさんのことを恨んでいなかった。Aさんはこう語った。

「私は助長していません。でも妻の不法滞在を知っていたのは事実ですから、それは否定できません」

 Aさんは、Bさんの十分すぎるほどに心苦しい立場を理解しているのだ。

◆日本で生まれた中学生の娘のためにも、中国には帰れない

 その3日後のセミナーでは、Bさんがゲストスピーカーとして登壇した。Bさんは懺悔の思いを語った。

「私は本当に悪いことをしてしまいました。夫が積み上げてきたものを水の泡にしてしまいました。今思うのは中学生の娘の将来を潰したくないことです。日本にいさせてあげたい。娘の成長を見守りたいです」

 

 もともと、母国で迫害など受けていない夫婦は帰ろうと思えば帰れる。だが帰らないのは、日本で生まれ育った娘がいて、今さら中国での生活ができないからだ。Aさんはアクリル板の向こうからこう語った。

「娘がいるから、3年8か月も頑張ってこれたんです」

 セミナーで、木下さんはこの状態を「二重の拷問」だと説明した。

「一つは夫への拷問。入管は間違いなく、夫を人質にして家族全員の帰国を狙っています。そして妻への拷問です。Bさんは『収容するなら私を!』との思いに今も苦しんでいるんです」

 Aさん一家は今、在特の付与を求めて裁判を起こしている。Aさんの情報によると、裁判所は、娘だけは在特を得て在留できる方向で考えているとのことだが、AさんもBさんもそれは仕方ないと断言した。

◆正規在留者でも、ある日突然その権利を奪われる

「娘が寄宿舎のある学校に入学できればいい。在特があれば将来日本で働くこともできる。それなら、私たち両親も帰国する覚悟はあります」(Aさん)

 木下さんは「確かにBさんが収容されてもおかしくない事例だけど、日本には偽名で暮らす外国人がたくさんいる。でもBさんは、あえて自分を偽るまいと正直に入管に出頭した。正直者が馬鹿を見たわけですが、Bさんの行為は親子を引き離すまでのことだとは僕には思えません」と同情を禁じえなかった。

 Aさんは何のルール違反も犯していない。それでも、入管制度はこの正規在留者の生活も一変させた。こういった正規在留者でも、ある日突然在留資格をはく奪されたり、収容されたりする。これは氷山の一角だ。

 ほかにも、夫が非正規滞在であったがために、妻のフィリピン人女性の在留資格「永住権」がはく奪されたばかりか、収容までされてしまった事例もある。

 2021年3月に姉妹2人揃って専門学校の卒業を予定していながら、父親の在留資格の更新が突如不許可となったため、父は仕事を失い、一家全員が「仮放免者」となったことで、卒業後も就職ができない姉妹もいる。

 あまりにも理不尽で、血の通わない入管の行政処分。これは是正されなければならない。

<文・写真/樫田秀樹>

【樫田秀樹】

かしだひでき●Twitter ID:@kashidahideki。フリージャーナリスト。社会問題や環境問題、リニア中央新幹線などを精力的に取材している。『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)で2015年度JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。

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